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どうやら愛人がいるらしい


 朝食後のお茶をゆっくりと飲んでいると、控えめなノックの音が聞こえた。ちらりと時計を見れば、侍女たちが来る時間より少し早い。


 時間までは一人でいたいと返事をせずにいれば、再びノックをされた。先ほどよりもやや大きめの音に、ため息を漏らす。


 小国育ちのユリアナにとって、常に侍女たちが部屋に控えている状態は堅苦しい。朝食後のお茶の時間だけは一人になりたくて、王妃になってから真っ先にこの時間の確保をした。


 かなり渋られたが、本当に一杯のお茶を飲む時間だけだからと無理を押し通した。侍女たちは人に傅かれることに慣れていない貧乏くさい主人だと呆れたかもしれないが、それよりも何よりも自分の体調の方が大切だ。我慢は精神的によくない。


「入ってちょうだい」


 声を掛ければ、静かに扉が開いた。いつもなら三人ほどの侍女がやってくるのだが、今日はきりっとした表情の隙のない様子の侍女と不愛想な騎士の二人が入ってきた。王妃になってから関わる使用人を紹介されていたが、一度も顔を合わせたことのない二人。


 うーん、誰だろう。


 ユリアナが心の中で首を傾げていれば、二人はすぐ側までやってきた。


「本日から王妃殿下付きになりました護衛のホランド・ミンターです」

「同じく王妃殿下付きになりました侍女のアレシア・ブロンテです」


 畏まった様子で挨拶されて、目を丸くした。


「王妃付きということは、専属?」

「はい」


 結婚してこの国の王妃になってからすでに十日。今になって専属の護衛と侍女がやってきた。


「驚いた。専属なんてつかないと思っていたのに」


 ついつい本音が漏れる。あからさまなほど、じろじろと二人を観察した。値踏みするような目を向けているにもかかわらず、二人とも隙のない様子でじっと立っていた。どうやらできる人間をユリアナの側に配置したようだ。ユリアナの安全のためか、もしくは監視するためか。


 面倒くさいのが来たなと思いつつ、とりあえず余所行きの笑顔を浮かべた。


「ユリアナよ。よろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします。早速ですが、今日のご予定をお伺いしても?」


 ミンターが淡々とした口調で聞いてくる。


「午前中はこの国についての勉強、午後はいつもサロンにいるわ。夕方には陛下が来るわね」

「……もう一度お願いします」

「午前は勉強、午後は陛下が来る準備。夕方から二時間くらい陛下が来る。その後、夕食。以上よ」


 肩をすくめて簡単に言い直せば、ミンターの口元が引きつった。アレシアも目元がぴくぴくしている。二人の態度から、どうやらフレデリックの行動を知らなかったようだ。フレデリックがユリアナの予定を説明しているとは思えないから、仕方がないのかもしれない。


「この国の王族は夕方に閨を共にして、夜は一緒に過ごさないのね」


 二人が気まずそうな顔で視線を落とす。どうやら普通は一緒に過ごすものらしい。


「ああ! そういうこと? もしかしたらお気に入りの女性がいるのね? そう言えば、マクレガーも商売女性ばかりを相手にしているので、女性に優しくないと言っていたわ」


 納得。


 やるだけやって部屋を出ていくのは何故だろうと思っていた。

 だけど、他に気に入った女性がいるのならそれも当然だ。ユリアナとの閨は義務でしかなければ、長居をする必要もないし、親睦を深める必要もない。


「嫌だわ、そこを思いつかないなんて。わたしったらどれだけ鈍感なのよ」


 恥ずかしさに顔が熱くなる。隠さずに教えてくれたらよかったのに、とユリアナはマクレガーを心の中で責めた。


「あの……質問よろしいでしょうか」


 アレシアが恥ずかしさに悶えるユリアナに声をかけた。慌てて顔を上げて、アレシアを見る。


「何かしら?」

「陛下が他の女性の所に通うなんて、嫌ではありませんか?」


 思わぬ質問に目を瞬いた。


「嫌じゃないわよ? だっていつ殺されるか、わからないし。でもそういう仲の女性がいるならわたしなんていらないわよね。でも子供を産めと言われていたわね。もしかしたら人妻かしら?」

「そういうことではないかと」

「違うの? では、出自の分からない平民だから結婚できないのかしら?」


 平民だからなんて、相手を馬鹿にしたようなことを自分で言っていて恥ずかしくなる。大体田舎の小国の王女なんて、国外に出れば芋以下だ。誇るほどの血筋ではない。

 だがそれでもユリアナが後継者を産まなければいけない状態となると……フレデリックの意中の彼女は結婚すら認められない不味い出自しか考えられない。


「他にお気に入りがいるのなら、閨なんて一か月に一、二回ほど共にする程度でいいじゃない。そう思わない?」


 とてもいいアイディアに思えた。アレシアは微妙な顔つきでユリアナを見ている。


「何か言いたいことでも?」

「言いたいことというよりも、そのことを陛下に提案するのですか?」

「もちろんさりげなくよ。陛下の居心地が悪くなるような態度を取っていたら、だんだん足が遠のくと思うのよ」

「……」


 何か言いたそうな顔をしているので、ユリアナは意識して眼差しに力を入れて、話せと圧力をかける。アレシアは渋々と口を開いた。


「怖くはないのですか?」

「怖い?」

「はい。陛下はその……気に入らないと思い切りの良い方なので」


 確かに。


「怖いかどうかと言われたら怖いわね。まだ死にたくないし。でも、この程度なら大丈夫かなって」


 とてつもなく変な顔をされた。でも本当に理由はないけれども、小さなことで怒ったりしないと思っている。こればかりは感覚的なもので、わかってもらえるような説明ができない。


 彼女は難しい顔で黙っていたが、ある程度気持ちに整理がついたのか、息を大きく吐いた。


「わかりました。陛下は王妃殿下を認められたと判断させていただきます」

「認められている? それはすっごく疑問だわ」


 アレシアの言葉が不可解すぎて、眉根が寄った。この宮殿から出たこともない。しかもフレデリックと顔を合わせるのは子作りのためだけだ。この状態を認められているとは言えないと思うのだ。


 しかもユリアナの一日は淡々としていた。だけどそれを不満に思ったことはなかった。命の危機はあるが、フレデリックと顔を合わせていなければその危険性も限りなくゼロに近くなる。


 食事は美味しいし、王妃教育の専属の先生がいて、規則正しい生活を送っていた。あとは街をうろつく程度の自由を許してもらいたいが、殺されないという最低限の目標を維持するために余計なことを言うつもりはない。


「いいえ。今までやってきた王女の中では破格の扱いです」

「そうなの? 貴女がそう思うのならそれでもいいんだけど」


 曖昧に微笑んでおいた。認められたというけれど、王妃としては一切期待されていない。宣言通り、子供を産むだけにいるようなものだ。こういう扱いって女性としてはどうかと思うけど、王政の国ではよくある考え方だ。


 ユリアナの祖国ではそれこそ仲が良くないと苦境を乗り越えていけないため、自然と恋愛結婚が多い。ちなみにユリアナの母である王妃は子爵家の長女だった。しかも母方の祖母は裕福な商家出身の平民だ。当然、他国では王族に嫁げるような身分ではない。我が国だからこそ、国民あげて祝福されるのだ。


 ちゃんと仕事をしてくれれば彼女が心の中で何を思っていてもいいわけで、ユリアナは話題を変えた。


「ところで、さっきの続きだけども。お気に入りの女性はどこに住んでいるの?」

「どこに住んでいるとはどういうことでしょうか?」

「挨拶は必要でしょう? わたし、気にしていないと伝えておかないと。王妃がいるのだからと変に遠慮されるのは困るわ」


 どのような女性だろうかと思いながら説明すれば、アレシアが項垂れた。


「……挨拶は必要ないかと」


 力なく声を出すアレシアを見て、これは聞いてはいけない内容だったと理解した。ユリアナは彼女が気に病まないように頷いて見せた。


「わかったわ。貴女がそういうのなら、やめておく」

「理解していただいてありがとうございます」


 それでも時期を見て、こっそりと会いに行くつもりだ。一度くらいはどんな女性か見てみたい。もし仲良くできる女性ならフレデリックとうまくいくように応援するのもいい。

 確率は低いかもしれないが、二人の仲がうまくいけばユリアナの離縁にも協力してもらえるかもしれないと仄かな期待もある。お飾り王妃になるよりも離縁の方がよっぽどいいだろう。


 神経質なアレシアに気が付かれないように、まずはその女性が暮らしている場所を突き止めないといけない。


 この城は自室とその隣にあるフレデリックの私室があることしか知らない。散歩でもして探っていくことを決めた。


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