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これが噂の冷酷王


 ああ、なんて美しい空なの。

 とうとうここまで来てしまった。そろそろ覚悟を決めなければ。


 なんてね。

 覚悟なんてあるわけないじゃない。死にたくないし。


 ユリアナは馬車の窓から空を睨みつけていた。


 天気が良すぎて、神様に呪詛を呟いてしまいたくなる。

 雲一つない、澄み渡った青い空はユリアナを天に迎える準備をしているようだ。

 もちろん冷酷王と対面したからといって死ぬとは限らないが、極めて死に近い位置に立っている。すべては彼の機嫌によるのだ。


 国を出てからすでに二ヵ月。何度、国に帰りたいと思ったことか。だけど嫁ぐために国を出たユリアナにはすでに帰る場所はない。別れ際のヘラヘラした国王を思い出し、ぎりぎりと歯ぎしりする。


 今生の別れになるかもしれないにもかかわらず、万が一、冷酷王に我儘を言えるぐらい仲良くなったら大国に招待してほしいと言ってきやがった。人生に一度でいいから、大陸一の栄華を誇る国でお金を気にすることなく贅沢に過ごしてみたいそうだ。言いたいことはわかる。


 ユリアナの祖国はド底辺と言っていいほどの小国で貧乏。

 二百年ほど前、あの場所で生きていくために人をまとめていただけの一族で、国にした方が色々と便利だという理由で王族になっただけだ。

 人口も領地も非常に小さく、贅沢と言えば収穫祭の祭りや誰かの祝い事のときに食卓の品が一つ増える程度。慎ましくも楽しく幸せに暮らしてきたのだから、十分であった。


 祖国の素朴さと貧乏さを懐かしく思い、涙が滲んだ。祖国からついてきてくれた護衛や侍女たちは国境を超えた時にすでに返されてしまって今は一人。


 これから大国の貴族たちともやり合わなくてはいけない。ユリアナには後ろ盾になる祖国も弱く、ほぼないに等しい。どれだけ過酷なやり取りがあるのかと考えると、やはり心細くなってくる。


「到着いたしました」


 馬車が止まった。ゆっくりと扉が開かれる。

 ユリアナは目を閉じると大きく息を吸って、気持ちを整えた。泣いても嘆いてももう誰も助けてはくれない。頼りになるのは自分自身だけ。それをしっかりと心に刻む。


 差し出された御者の手を掴み、外に出た。


 馬車の入り口からは紅い絨毯が長く敷かれており、その両脇に並んだ沢山の貴族たち。覚悟していたよりも歓迎されているような雰囲気がある。


 どんな状況でも立ち向かって見せると意気込んでいたので、少し拍子抜けした。もっと蔑むような眼差しを向けられると思っていたのだ。小国の王女に頭を下げるつもりはない、と横柄な態度を取られても仕方がないのだから。


 だからこの状況に目を白黒させ、それでも隙を見せないように微笑みを崩さず、促されるまましずしずと歩く。初めて彼女を見る人には、北国特有の色素の薄さからとても儚げに見えるはず。


 貴族たちの先頭にいる人物が恭しく頭を下げた。


「ようこそおいでくださいました。ユリアナ王女殿下」

「頭を上げてちょうだい」


 意識してゆっくりとした口調で声を出す。下げられていた頭がすっと持ち上がった。フレームの細い眼鏡をかけ少し神経質な顔立ちをしており、無言で人を圧倒する雰囲気を持っている。兄である王太子と似たような線の細さだけど、この男性の方がもっと手ごわそうだ。絶対に敵に回さないようにしよう。


「はじめまして。私は宰相を務めておりますマクレガーと言います。どうぞよしなに」

「ユリアナよ。出迎え、ありがとう」

「それではこちらに。ご案内します」


 マクレガーに促されるまま歩いた。

 大きな窓から陽の光の差し込む長い回廊を抜け、重厚な扉の前に導かれる。扉の前には二人の騎士が姿勢よく立っていた。


 城も、騎士も、空気も、何もかもが違う。


 一歩一歩足を進めるごとに、緊張は次第に高まっていった。たった一人、このような場所に来てしまった。そのことがひどく苦しく、どうにかなってしまいそうだ。


 先導していたマクレガーは騎士に指示を出す前に、ユリアナを振り返った。


「この先が謁見の間でございます。我が国王陛下がお待ちしておりますが……恐らく態度がとてつもなく悪いと思われます。何を言われても怒らずに笑顔で乗り切ってください」


 ひどく軽い調子で言われて、顔が引きつった。


 言われている意味がさっぱりわからない。何か別の言語を話しているのではないかと思われるほど、頭の中で意味をなさなかった。


「ええ?」

「申し訳ないことですが、我が君は商売女以外とはあまり親しくしたことがありません。根本的に女性を悦ばせようという気質もありません。ないものを強請っても仕方がないと諦めて、与えられた職務を全うしていただきたい」


 なんという無茶ぶり。

 頭が混乱するが、冷静になる時間は与えられなかった。マクレガーはにこりとほほ笑むと、扉の前にいた騎士に扉を開けさせた。


「ご武運を。きっと王女殿下なら大丈夫です。刃物に訴えるかもしれませんが、笑顔で乗り切ってください」


 婚姻のための顔合わせなのに、ご武運をなんて言葉を餞にするなんておかしいでしょう!

 そっちが結婚したいと言ってきたから泣く泣くやってきたはずよね?

 なんで剣を向けられる前提なのよ。


「お前がユリアナ王女か」


 心の準備なんて全くできていない状態で声をかけられた。恐ろしく不機嫌そうな冷ややかな声音に背中に汗が伝う。冷静になれと忙しく頭を回転させながら、先ほどと同じく優雅に見えるような笑みを湛え頭を下げた。


 そうそう、顔さえ見えなければ優雅に見えるはず。

 震えるな!

 怖気づいたらダメだ。


「初めまして。ユリアナと申します」

「……こちらに来い」

「はい」


 許可が下りたので、背筋を伸ばし謁見の間に一歩足を踏み入れる。音を立てずにゆっくりと歩いた。フレデリック王はだるそうに体を起こし、玉座から立ち上がる。


 彼が動いたことで自然と立ち止まってしまったユリアナに近寄ると、乱暴な手つきで顎を掴んだ。無理やり顔を上げさせ、視線が交わる。赤みを帯びた濃い茶色の瞳をまともに見てしまった。


 こ、わ、い!

 何でこんなに殺気立っているの!

 まだ何もしていないよね?


「好みから外れるが顔はまあまあだな。第四王女だったか。あまり物だというから、どんな女が来るかと思っていたが。少なくとも、色の薄い髪と瞳は珍しい」


 失礼ね! あまり物なんて余計だわ。それにこれはプラチナブロンドというのよ。薄い髪なんて量がないように聞こえるじゃない!


 恐怖心を忘れ、内心イラっとした。だが口を開いてしまえば余計なことを間違いなく言ってしまう。暴言を吐かないよう気合を入れながら、ユリアナは困ったように目を伏せた。


「お前を王妃にするのは仕方がなくだ。跡継ぎを産むことだけを考えていればいい」

「……承知しました」


 バカにしたような要求に言い返したくなったが、それも我慢する。国王は興味をなくしたようにマクレガーに部屋に案内するようにと告げるとさっさといなくなった。


 完全に国王が去ったと思われる程度の時間が経った頃。


 どっと緊張がほどけた。


「ユリアナ王女殿下、おめでとうございます! 第一関門突破です!」

「第一関門?」

「ええ! 前回の姫君は陛下の言葉に反抗したため、首がすぐに飛んでしまわれたので。いや、よかったよかった。後は無事、婚儀を終えられたら私の苦労も少しは報われます」

「首が、飛ぶ?」

「丁度その場所で。こう、すぱっと」


 マクレガーは自分の手で首を斬る真似をした。その仕草で何が起こったのかを理解して、血の気が引く。


「本当に?」

「本当に。あの辺りに飛んで落ちましたね。そろそろどの国も王女を妃として出すことを嫌がり始めたので、心底困っていたんですよ。ユリアナ王女殿下が聡い方でよかった」

「……もしかして貴族たちが歓迎していた理由って」

「お察しの通り。別に他国の王女でなくてもよかったのですが。国内の令嬢たちは陛下を怖がってさっさと嫁ぐか、修道院に駆け込みまして。このままでは王妃になる女性がいなくなるのではないかと危惧していたところです」

「……」


 後宮の粛清の噂は尾びれ背びれがついて肥大化したのだと思っていた。フレデリックをよく知るこの国の令嬢達が逃げ出すということは、誇張されたわけではない事実ということで――。


 色々と理解するにつれて、ユリアナの顔色が白くなった。


「ユリアナ王女殿下」

「何かしら?」


 改まって名前を呼ばれて、マクレガーを見た。彼は神のような慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。


「我々は貴女を歓迎いたします。ですから、是非とも陛下に殺されないように頑張ってください」


 いやです。

 お願いですから国に返してください。のんびりまったり寿命まで生きていたい。


 叶わぬ願いと知りながらも、願わずにはいられなかった。


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