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敵と認識されていそう


 魔法で眠る王女のいる離宮に迷い込んでから、ユリアナは散策場所を変えていた。足を踏み入れていないのに、知らない間に離宮の温室へ誘導されていたことを心配したフレデリックが禁止したためだ。


 前の場所よりも少し小さめの庭になるが手入れは行き届いており、散策するには丁度いい。しかもこの庭からは離宮は見えないので安心できる。


「すごく短気の癖に、心配性よね」


 いつものようにアレシアとミンターを連れて、ゆっくりと歩く。祖国にいた時に比べたら圧倒的に動くことが少なくなっていて、できる限り動きたいと考えていた。体は使わないとなまるし、何かあった時に体が衰えていたら困る。

 勉強の一環としてダンスの練習をしているが毎日踊っているわけではないので、運動としては微妙。本当は馬に乗ったりしたいのだけども、流石に外に遊びに行きたいとは言えなかった。


「それだけ大切に思っているのです」

「そうね、それはわかるわ。面白いぐらいちゃんと言ってくれるし」

「……王妃殿下にだけですよ、あのような砕けた態度を取るのは」


 アレシアの返事に、ユリアナは振り返った。アレシアは子供になるフレデリックを知る数少ない一人だ。あの感情の振れ幅を見ている。


「うふふふ。夜になると素直で可愛らしいのよね」


 魔法によって幼児になってしまうフレデリックは実際はとても感情豊かで激情家だった。気持ちが抑えられないのか、すぐに態度に出るからかなりわかりやすい。しかもひねくれているような態度をとっても、顔が真っ赤になっていたりするのでそれもまた見ていて楽しい。


「お二人の仲がいいので安心しました」

「そうね、こんな風になるとは思っていなかったわ。国を出た時には死なないためにはどうしたらいいか真剣に悩んでいたし」

「気持ちはわからなくもありません。わたしも王妃殿下がいらっしゃる前は恐ろしい方だと思っておりました」


 気持ち小さな声でそんなことを言ってくる。誰もが心から思っていることで、フレデリックも自分が周囲から恐れられることを知っている。だからといって無礼な真似をすればすぐに逆鱗に触れてしまうだろうけど。


「王妃殿下」


 のんびりと歩いていれば、声を掛けられた。そちらを見れば、珍しい人がいる。


「マクレガー、珍しいわね。どうしたの?」

「少しお話ししたいことが」

「お話?」


 内容は、とユリアナの無言の問いかけに対して、マクレガーは唇の端をわずかに持ち上げて微笑んだだけだった。マクレガーがユリアナを害することはないとわかっているので、仕方がないと四阿の方を見る。


「お茶の用意がしてあるはずなの。一緒にどうかしら?」

「ありがとうございます」


 四阿へ誘えばすぐに頷いた。マクレガーがユリアナに会う必要のある用事など思いつかない。無言で歩きながら、あれこれと考える。


 マクレガーが一人で出てこなくてはいけなくて、さらにはフレデリックに言えないこと――例えば激高してしまうから聞かせることができない、とか。


 そう考えて、一つだけ心当たりがあった。調子のいい日和見の父親を思い出し、顔が引きつる。


 冷遇されているわけでもなく生きている、もしかしたら気に入られたかもしれない、ちょっとおねだりしてみようか。


 あり得なくはない。ユリアナの父親は単純な思考をしている上に、何故か自分の利になることには目敏い。王族の矜持とか、男としてのプライドとかそういうものは一切持ち合わせていない。とにかく楽に生きていきたい、そういう考えだ。


 一人冷や汗をかきながら、四阿にたどり着いた。とにかく落ち着こう。大きく息を吸い、マクレガーが祖国のおねだりのことを口にしたら、なりふり構わず謝ろう。そして、無視してくれていいと言わなければ。


 ユリアナが座れば、マクレガーも腰を下ろす。アレシアが手際よくお茶を淹れた。ぽこぽことカップに注がれる柔らかな音と爽やかなお茶の香りに癒されながら、覚悟を決めて真正面のマクレガーを見る。


「それでお話は何かしら?」

「陛下のことです」

「え?」


 前のめり気味になっていた体が揺れた。何度か瞬いて、マクレガーを凝視する。マクレガーはおかしそうに笑った。


「何を言われると思っていたのです?」

「え、あの。だって、わざわざマクレガーが一人で来るから」

「そうですね、陛下についてのお話なので陛下には山ほどの仕事を押し付けてきました」


 山ほどの仕事、と言われて気の毒になる。フレデリックは書類仕事が苦手そうであるが、そこまで書類仕事ができないわけではない。与えられたことは全力で処理する。


 これはここしばらく一緒に夜寝るようになってから知ったことだ。彼はユリアナにも見せても問題がない仕事は部屋によく持ち込んでいる。


「――てっきり、祖国の父が恥知らずにもおねだりしてきたのかと」

「おねだりは先日ありましたね」

「え!?」


 ぎょっとして声を上げれば、彼は涼し気にカップを持ち上げた。


「適当に見繕って送っておきました。王妃殿下の様子から、お菓子類が不足していると思われたので今流行りの日持ちのするお菓子を贈っております」

「聞いていない」

「言っておりませんから。あ、でもこれは陛下の指示ですよ。愛されていますね」


 秘密だと言いながら一言添えられて、ユリアナは顔を真っ赤にした。ユリアナだけではなく、祖国にも気を遣ってくれるのが嬉しいやら恥ずかしいやらで、どんな顔をしていいのかわからない。叫びながら走りたい気分を大きく深呼吸することで無理やり押し殺す。


「そ、それで話というのは……」

「ええ、離宮の方のことで」


 離宮の方――魔法で眠っている王女についてと言われて、ユリアナは真顔になった。マクレガーは驚くほど変わらない様子で、そこに座っている。ユリアナは探るようにして彼を見ていた。


「どのような内容を陛下から聞いているのか、確認しておこうと思いましてね」

「陛下が夜になると子供になるという程度しか知らないわ」

「なるほど」


 マクレガーは軽く頷く。だが彼の様子から、魔法はそれだけではないことが察せられた。見えない深みにはまっていそうな感覚に、ユリアナはげんなりした。


「他にも魔法がかけられているのね」

「そうです。私は王妃殿下にもかけられていると考えています」

「ええ? 流石にそれは無理があると思うわ」


 会ったことのないユリアナに昏睡している王女が魔法をかけるなんてありえないとユリアナは笑い飛ばした。


「では、離宮に迷い込んだのをどうお考えで?」

「たまたまじゃないかしら。あの場所に近づいたものは具合を悪くして寝込んでいるのでしょう? わたしも近寄ったから、引き寄せられたと考えた方が自然だわ」

「それならばどんなによかったか」


 マクレガーの言葉にユリアナは顔色を悪くした。彼の判断を覆す何かがあったのだろうかと不安がこみあげてくる。


「ああ、そう恐ろしく思わなくても大丈夫です」

「どうしてそう言い切れるのよ」

「王妃殿下はクマをも狩ると聞いているので、きっと魔法なんてガンガン弾き飛ばしていきそうですので」

「ひどい思い込みだわ」


 揶揄われたのか、ユリアナはむっと唇を尖らせた。


「冗談はともかく、あの魔法は陛下を支配するための魔法なのです。それゆえ、陛下に愛する女性として認識されたのではないかと研究者たちは考えています」

「愛する女性!?」


 あまりにも驚きすぎて、はしたないほど大きな声をあげてしまった。慌てて自分の口を押さえ、声を小さくした。


「ちょっと待ってよ。確かに陛下には気に入られていると思っているけど……どこをどうやったら愛しているという言葉が出てくるのよ」

「わかりませんか?」

「……側にいるからということよね、きっと」


 うわー、とユリアナは空を見上げた。確かに他の人から見たらフレデリックが冷遇することなく妃として側に置いているため、ユリアナを愛しているのだと判断する。だからこそ、貴族令嬢が相応しくないからと突撃してくるわけだ。


「それで少しだけ注意をしておいてほしいのです」

「注意と言われても、相手は魔法を使うのでしょう? 何もできないじゃない」

「そうかもしれませんが、知らないよりは動けるはずです」


 マクレガーの言うことも分かるが、ユリアナとしては平穏無事な生活がしたい。フレデリックに気に入られることで敵認識されるぐらいなら、もっと冷遇されてのうのうと暮らしたかった。


「やっぱりお姉さまに聖水をお願いしよう」


 ぐるぐると考えた結果、たどり着いたのはお守り代わりの聖水だ。マクレガーはそれを聞いて笑った。


「それはいいですね。この国の聖水なんて、値段が高いばかりの綺麗な瓶に入った井戸水ですからね」

「そういうことを言っていいの?」

「公然の秘密というやつですよ」


 頼りにならないことを言うので、対抗する方法を聞くのをやめた。あるのなら先に言ってくるはずだから、何も言わないということはそういうことなのだ。


 ユリアナは部屋に戻ったら姉に手紙を書くことにした。


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