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最後に勝つのは聖水でしょう



 魔法に関する資料をもらって十日。

 とうとうユリアナは資料を放り出した。毎日朝から晩まで読み続けていたけど、まったくわからない。理解したと言えば、創世記とか英雄譚とか、物語的な事柄ばかり。


 独特な言い回しに慣れてしまえば、あれほどつまらないと思っていたものも読んでいて面白くなってくる。現実にはあり得ないような数々の試練にただただ応援したくなった。手汗を握り、一緒になって勝利を祈ってしまうほど。


 だがそれは、物語を楽しむにあたっては正しいと言えるが、呪いを解くための手がかりを掴むという意味では正しくない。


「やっぱりわたしには無理。ここからどうやって呪いの種類を特定するのかしら」

「それがわかれば苦労はしない」


 いつものように夕方やってきたフレデリックにユリアナは撤退宣言をした。フレデリックは元々ユリアナができるとは思っていなかったのか、あっさりと頷く。それもまた悔しいと思うが、実際、楽しく物語を読んでいるだけで肝心の呪いまでたどり着かない。


「専門家の方たちはどのぐらい進んでいるのかしら?」

「あの女の王族はとある怪しげな呪術師の系譜だったというところまでだな」

「そのとある怪しげな呪術師、ということは残された魔法も特定できているの?」


 ユリアナが読んだ本よりもはるかに手っ取り早そうだ。そして一つの結論に行きつく。


「……もしかして、わたし、適当な資料を渡されただけ?」

「適当ではないが、だいぶ前に結論が出た資料だな」


 当然と言った顔で言われて、ユリアナは泣きたくなる。邪魔をされたくない専門家たちの気持ちも分からなくもないが、やらなくてもいいことをやらされたことが悲しい。

 ユリアナは長椅子にぐったりと沈み込む。


「どうした?」

「本気で聞いているの?」


 フレデリックの無神経な言葉に、力が抜けそうだ。ユリアナは自分が本当に何も期待されていないのだと思い知った。ただフレデリックが気に入っているだけの人形のようなもの。そう考えると、胸の奥がぐっと詰まってくる。


「俺は人の気持ちに、特に女の気持ちには疎い。はっきり言ってもらった方がありがたい」


 人の気持ちを察することが弱いのは本当のことだろう。だが若いうちに王となって人をまとめているのだから、全く理解できないはずはない。きっとするつもりがないのだろうと一人心の中で結論付けた。


「自分がいかに必要じゃない人間か理解して力が抜けただけ。だから放っておいて」

「必要か、必要じゃないかと言われれば、お前は確実に必要な人間だ」


 きっぱりと言い切られたが、ユリアナは疑わしい目を向けた。


「跡取りを産む王妃は必要でしょうね」

「それだけではない」

「では、どんなところが?」


 追求すれば、フレデリックは首を傾げた。その傾げ具合から、適当なことを言ったのだろうと当たりをつける。ため息をついて、立ち上がった。ずっと座って資料を読んでいたので体がカチコチだ。大きく伸びをする。


「話を戻すけど、お話としては面白かったわ」

「そうか」

「超絶極悪な敵がいて、それに向かう勇者や聖女がいる。愛と友情と信念と祈りの物語で、彼らが試練を乗り越えるたびにすごく感動するわ」


 ユリアナは読んだ感想を雑にまとめると、フレデリックを見た。


「ところで、教会に行きたいのだけど」

「……何をしに行くのだ」

「物語ではね、最後には悪は聖なる祈りに勝てなかったの。だから聖水を手元に置いておきたくて」


 フレデリックは聖水、と呟いた。ユリアナは信心深くないだろう彼に丁寧に教える。


「ええ。聖水は祈りの力で浄化されているので悪を払う力があるみたい。どの本の聖女も聖水を仲間に持たせていたわ」

「うちの国の教会は金を積まねば聖水を出さないぞ」

「はい?」


 予想外の答えにユリアナは唖然とした。フレデリックはつまらなそうな顔で肩をすくめる。


「戦争ばかりしている国だからな。当然、教会も腐敗している」

「え、ええ?」

「お前の祖国はどうだったか知らないが、教会がらみで何か欲しいものがあるのなら金を惜しむな。少しでもけちると、まがい物を掴まされる」


 教会はこの世界の創造神を祀り、信奉している。創造神は世界を作った時に自分の子供たちに安定するようにと地上に下ろした。そして神が作ったとされる人と結ばれ、国を作った。それゆえ古くからある国では最後には創造神が天から遣わした子供が王家の祖だと言われている。


 清らかな存在でなくてはいけない教会がまがい物の聖水を押し付ける?


 信じられなくてフレデリックの顔を凝視した。


「嘘よね?」

「嘘を言ってどうする。俺はこの国の王だぞ。腐っているものはちゃんと知っている。ちなみに、貴族の粛清が終わったら次は教会に手を付けるつもりだ」

「そんなにひどいの?」

「神官たちなどやりたい放題だ。しかも表向き、清廉な空気を持っているから質が悪い」


 はっきりと言ってしまうほどなのだと、眩暈がした。


「じゃあ、聖水を手に入れるにはどうしたらいいの?」

「金を積め、と言いたいところだが、そもそもあの教会で聖水が作れるのかどうかすら怪しいな」


 聖水は特別な水で、祈りの力を籠めることで汚れをはらうことができると言われている。祈りと言えば教会の神官たち。だが、その神官たちが腐っているのならいくら祈ったとしても効かないだろう。


「お前の国の教会はどうなんだ? ちゃんと機能していたか?」

「わたしの国?」


 祖国はどうだっただろう、と思い出す。

 国が貧乏なため教会も貧乏。

 そして神に毎日の感謝を祈りながら――。


「ごめんなさい、わたしの国も微妙だわ」

「ほう?」

「いつも狩りが成功するようにと、教会の神官全員で祈っていたけど……」


 筋骨隆々のスキンヘッド神官たちの祈りは清らかさはなかった。恐ろしいほどの迫力で、狩りをする人々を鼓舞していた。あれはどちらかというと、戦闘準備に近い。


 だが生き物を狩り、その命を無駄にしない、その一点については純粋に神に感謝を捧げていた。


「そもそもだが、ただの水に祈って聖水になるものだろうか」

「ただの水……のはずがないわ」

「だが、教会の敷地にある井戸から汲んでくる水だろう? この国の地下水を汲み上げていることには間違いない」


 そう言われてしまえば、ありがたみが薄くなっていく。


「その理屈で言えば、城で汲まれる水も祈ったら聖水になるのかしら?」

「聖水として売れたら大儲けだな」


 ありがたみが消えた。聖水に夢を持っていたユリアナはとりあえずこの国には聖水が存在しないと思い込むことにした。


「……そうだ、お姉さまに頼んでみようかしら。お姉さまだったらきっと手に入れられるわ」


 大公の正妻になった一番上の姉を思いながら、つぶやく。いつも家族を気にかけてくれる優しい姉だ。きっとお願いすれば、聖水を手に入れてくれるだろう。あそこの大公は姉にメロメロだったから、お布施だってケチらないはずだ。


「どうしても欲しいのか?」

「ただの気休めだけど、ないよりもいいわね」


 フレデリックはよく理解できないのか、肩を竦めた。理解されると思っていなかったので、ユリアナは文句は言わなかった。


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