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冷酷王の秘密


「くそ、時間切れだ」


 フレデリックが鋭い舌打ちと共にそんなことを呟く。彼の私室に連れ込まれたユリアナは唐突に床に下ろされた。素足のまま床の上に立つのと同時に、彼の姿が歪んだ。ふわりとした光が彼を包み込む。


 光が収まり、ユリアナは何度も何度も瞬きをした。受け入れがたい現実に、これは夢なのだろうかと自分の頬をつねる。それでも目の前にいる彼は変わらない。


「もしかして、へい……か?」


 ユリアナに寄り添って立つのは胸にも届かない身長の幼子。


 先ほどまでユリアナを抱き上げていた大きな体をしたフレデリックはいない。不機嫌そうな幼子を見つめて、ユリアナはひくりと口元をひきつらせた。


 可愛いと撫でまわしたくなるほどの小ささで、子供特有のふっくらとした頬はとても柔らかそうだ。ユリアナを睨みつけている眼も大きく、零れ落ちるのではないかと心配になるほど。


 着ていた服がずり落ちて、上半身が露になる。肉付きの薄いほっそりとした華奢な体を見て、ユリアナははっとした。


「か、可愛い――!」


 ユリアナの絶叫が部屋に響き渡った。


「ふざけるな! 男に可愛いなんて言うな!」


 顔を真っ赤にしてフレデリックが大声で怒鳴った。でも全然怖くない。なんせ、今の彼は4歳ぐらいの幼子なのだ。何がどうなっているのか、全くわからないが別にそれでも構わない。そう思えるほど、とても可愛い。


 ユリアナは暴れるフレデリックを両腕に抱きこむと、ぎゅうぎゅうに締め上げる。彼の頬に自分のを擦り付け、彼の頬の滑らかさと柔らかさを堪能した。


「なんて小さくて可愛いの!」

「腕を離せ! そんなに締め上げるな!」

「ふふ、嫌よ。力を緩めたら逃げちゃうでしょう?」


 ユリアナは華奢であったが、力は強い。なんせ冬に備えて狩りに行かねばならないのだから、自然と力仕事をこなすことになる。もちろん、大人のフレデリックには太刀打ちできないが、まだ幼子になら負けない。


「逃げないと約束するから離せ!」

「本当に?」

「約束しよう」


 フレデリックがあまりにも苦し気に息をしながら頷くので、腕の力を抜いた。案の定、解放された瞬間、フレデリックが逃げるようにユリアナから距離を取ろうとした。


「ダメよ」

「うわ!」


 ユリアナは慌てることなく、ひょいっとフレデリックの腰に手を回して再び抱きしめた。その動きで着ているものが脱げる。大人とは違うその体つきを目の当たりにして、ユリアナは瞬いた。


 真っ裸になったフレデリックは顔をひきつらせた。その様子が何とも面白くて、ついつい笑顔になってしまう。あれほど逞しい体がこれほど頼りないものになってしまうことが不思議だ。


「うわ、可愛い」

「――!」


 彼は再び身を捩ってばたばたと暴れる。ユリアナは楽し気にそんな彼を片手で抑え込み、脱げてしまっていた大人のフレデリックの上着を羽織らせた。


「ほら、大人しくして? 前のボタンを留めてあげる」

「――覚えていろよ!」

「もちろん忘れないわ」


 会話がかみ合っていないような気もしたが、大人しくしながらも悔しそうにする小さなフレデリックが可愛くて会話なんてどうでもよくなってくる。


 ボタンが留め終わる頃にはフレデリックの気持ちも落ち着いてきたようで、ユリアナと一緒に並んで長椅子に座った。ユリアナは隣に座る少年を無理やり膝の上に乗せた。


「何をする!」

「折角の機会なので、わたしも膝の上に乗せてみようかと」

「どういう折角だ!」

「だっていつも陛下はわたしを膝の上に乗せるじゃない。何が楽しいのかなとずっと思っていて……」


 首をかしげて見せれば、フレデリックは顔を真っ赤にして唸った。


「くそ! 明日の朝、覚悟しろよ!」

「朝?」

「ああ、そうだ。この呪いは夜の間だけだ」


 夜だけ幼子になる呪い。


 ユリアナはしばらくそのことを考えて、顔をひきつらせた。突然目の前に現れた美しい天使に興奮してしまって、先のことを考えていなかった。この姿は時間限定なのだ。


 ユリアナは現実を思い出し、彼の体に回していた腕から力を抜いて自分の膝から下ろそうとした。だがフレデリックは伸び上がり、彼女の首に自分の両腕を絡める。

 近い位置に幼いながらも整った美貌の顔が近づき、ユリアナの目が泳いだ。


「え、っと」

「逃げるなよ。朝になったらたっぷり仕返ししてやる」

「大人げないですよ、陛下」


 大人ぶってそう諭したが、かえって怒りを買った。フレデリックは大人の時よりも感情の振れ幅が広いらしく、怒ったり悔しがったり忙しい。

 いつものように無表情で冷ややかな眼差しを向けられるよりはよっぽどいいのだが、この感情のままに大人の姿でされても困ってしまう。


 やりすぎたな、と内心反省しながらも、どうしても手は無意識のうちにフレデリックの背中を撫でてしまう。

 止めろとか言われてしまうなと思っていたが、不機嫌そうにしながらも手を止められることはなかった。許されたのだと能天気に考えていれば、部屋にノックの音が響く。フレデリックはユリアナの首から腕を外し、彼女の隣にきちんと座り直す。


「入れ」

「失礼します」


 入ってきたのはアレシアだった。普段と変わらず淡々としていて表情には変化はないが、明らかに顔色が悪い。ユリアナはそんな彼女の様子に驚いて声を上げた。


「アレシア! 無事でよかったわ。顔色が悪いけど、どこか怪我でも?」

「ご心配ありがとうございます。特に怪我はありません」

「そう。それならいいのよ」


 ほっとして笑顔を見せれば、アレシアはその場に両膝を突き頭を下げた。


「王妃殿下、はぐれてしまって申し訳ございません。どのような罰であってもお受けします」


 謝罪をされて、慌ててユリアナはアレシアに近寄る。頭を上げるように言うが頑なに下げたままにするので、ユリアナは彼女の前にしゃがみこんだ。

 

「あれは仕方がなかったのでしょう? どうやらわたしをあの場所に連れていきたいようだったわ」

「ですが罰がないというのは……」

「あんな不思議な力にどうやって対抗するのよ」

「お気持ちは嬉しいですが、それでは周囲に示しがつきません」


 アレシアはどうやらあそこに近づけさせないという命令をフレデリックから受けていたようで、ひどく気にしているようだ。ユリアナにしてみれば、あんな不可解な場所なら仕方がないという気持ちしかない。どうにか説得して、ユリアナはアレシアを立ち上がらせる。


「そのことについてだが」


 フレデリックが重々しい口調で割り込んだ。アレシアはもう一度頭を下げた。


「アレシアの罰は休日の返上とする」

「承知しました」

「アレシアに休日なんてあったの! いつも一緒にいるからないのかと……」


 フレデリックは驚くユリアナをきつく睨みつけて、この会話を終わりにした。


「アレシア、食事を用意しろ。その間にユリアナには事情を説明する」

「わかりました。すぐにご用意いたします」


 アレシアは部屋を静かに後にした。二人きりになった部屋で、フレデリックはユリアナに隣に座るように椅子を叩いた。ユリアナは促されるまま腰を下ろした。


「説明は一度しかしない。茶化すなよ」

「もちろんです」


 真面目な顔で頷けば、疑わしい目を向けられた。フレデリックは幼子の姿には不似合いな諦めに近い様子で息を吐く。


「わかっているならいい」


 そう言ってフレデリックは事情の説明を始めた。ユリアナは表情を改め、彼の言葉に耳を傾けた。


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