縁談が来た!
「縁談……?」
父である国王の執務室に呼び出されたのはつい先ほど。
まさか縁談だとは思わなかったが、問題はその相手の名前だ。なんだかもごもごとしていて聞き取りにくかった。そんなに言いにくい相手なのかと、ユリアナは少しの警戒を滲ませて聞き返す。
「もう一度言ってください。お相手の名前がよく聞こえませんでした」
「う、うむ。ユリアナ、お前の縁談が決まった」
「そこはちゃんと聞こえました。その後です。もごもごせずに、もっとはっきりとお願いします」
「だから、だな。そのだな」
執務机に両肘をつき手を組んだまま、国王は落ち着きなく視線をうろつかせる。明らかに不審な態度にユリアナは警戒心を強めた。
「お父さま、はっきりとおっしゃってください」
国王の煮え切らない態度に語気を強めて問いただす。
自分で呼び出しておいて、この態度はいかがなものか。たとえ意に染まぬ縁談であっても、ある程度の覚悟はある。
国王の態度はユリアナのちっぽけなプライドを傷つけた。
たとえ周囲には取るに足らない小国だと侮られていても、ユリアナは一国の王女である。国を守るためには王族は色々と体を張るものだ。姉姫たちも国に利益をもたらすために顔も見たこともないような相手へと嫁ぎ、立派に務めを果たしていた。
一番上の姉は五人目の後妻として嫁いだ。彼女の夫は少し離れた場所にある大公国の大公だけれども、すでに棺桶に片足を突っ込んでいるようなお方。しかも女癖は悪く、両手の指では数え切れないほどの若い妾がいる。金払いの良さだけで嫁がされた。
二番目の姉の夫は我が国と接している隣国の辺境伯の跡取りである。害にしかならない幼なじみがいたり、頭の中まで筋肉じゃなかろうかというほど足りない相手らしいが。夫婦の絆を深めるため、毎日夫の筋肉の手入れをしているという。筋肉は裏切らないとまで力説していたが、全く理解できない。
三番目の姉の夫はこの大陸一の規模を誇る商会長の息子だ。大陸を股にかけた商会に便宜を図ってもらいたかった我が国と、跡取り息子の恋愛対象が男という問題を何とかしたい商会の、互いに利のある取引だった。姉妹の中で一番美しいと言われていた姉は何故か男装の令夫人になっていた。
小さい頃からそんな姉たちを見て育っていたから、ユリアナも政略結婚を当然のものとして考えていた。好きでもない相手に嫁ぎたくないなんて、我儘を言うつもりはない。
「わたしのお相手はどなたなの?」
「お前はフレデリック王に嫁ぐことになった」
「フレデリック王……どのフレデリック王?」
「あのフレデリック王しかその名を持つ王はおらんではないか! ははは、どうだ腰を抜かしてしまいそうになるだろう。わしもかの国の使者がこの城を訪れた時、宣戦布告されるのかと魂が抜けかけたよ」
国王の歯切れの悪さからして、条件の良くない相手だろうと思っていたが斜め上に予想外の相手だった。何か言いたくとも、驚きすぎて言葉が出てこない。何度も何度もパクパクしてしまう。
フレデリック王はこの大陸で一番最悪な結婚相手。
領土拡大のための戦争をしている軍事大国の若き国王で、その残虐さから冷酷王としてその名を轟かせている。ちなみに戦争ばかりしているから残虐と言われているわけではない。
人質を兼ねて蹂躙した国の王女たちを後宮に押し込めていたのだが、三年前。
ある戦争から帰ってきた後、後宮の王女たちを斬り殺してしまったのだ。
この世の贅と美しさを集めているはずの後宮には、主たちと使用人の物言わぬ躯の山が築かれた。その数、百は下らないそうだ。後宮におさめられていた侵略された国の王女たちは十六人だったそうだから、その他はすべて後宮の使用人の数らしい。しかも後宮の使用人は上から下まで身分様々。下働き以外は下級貴族の娘がほとんどだ。惨殺が行われた事実に、国内外に激震が走った。
「ちょっと待ってください。何故、そんな大国の王にわたしが嫁ぐことに?」
呆けてしまいそうになる自分自身を奮い立たせながら、とにかく国王に事情を聞いた。ユリアナに気圧されたのか、顔色をなくした国王は小さな体を椅子の上でさらに縮めた。
「どこの国の王女も嫁ぐことを嫌がってな。次々に結婚してしまったそうだ」
「はい?」
「我が国はとーっても小さいし、何の益もないし、田舎者だし、王族といえども繁忙期には農作業や狩りを手伝ってしてしまうぐらいだから、まさか我が国に声がかかるなんて思っていなかった」
「……結論を先にお願いします」
イラっとして強めに言えば。国王は大きく息を吐いて、きりっと表情を整えた。
「適齢期で子供が産めて、国王の嫁になれる身分を持つ人間はこの大陸でお前だけになった」
「そんな馬鹿な! 大陸にどれだけの王族がいると思っているんですか? しかもわたしは王女ですけど、他国に行けば田舎の男爵イモ扱いですよ? 身分だって釣り合うわけないじゃないですか! 今すぐ断ってください」
「お前はわしを殺す気か!? 断るなんて無理だ! これは国王命令だ。腹をくくって嫁に行け。万が一のことがあれば、骨はちゃんと拾ってやる」
「お父さまのアンポンタン! ある程度の我慢はできるけど、これは絶対に無理よ。冷酷王に嫁ぐなんてできるわけがない!」
暴言を吐いても現実は変わらないとわかっていたが、言わずにはいられなかった。ギャーギャーと親子で言い合っていると程よいところで制止の声が割り込んだ。
「二人とも落ち着きなよ」
「お兄さまは黙っていて」
「そうだ、お前は引っ込んでいろ」
二人で口々に王太子である兄にでしゃばるなと文句を言った。王太子はやや不愉快そうに眉を寄せ、冷ややかな眼差しを二人に向けた。
「今さら言い争ったところで、使者を返しているんだ。すでに断ることなどできない」
「何ですって! そんなのひどいわ!」
使者にすでに返事を持たせてしまっていると知り、声を張り上げた。王太子は眉間にさらに深いしわを刻みながら、ユリアナを見据えた。
「その煩い口を閉じて話を聞け。冷酷王は煩い女が嫌いだ。気に障ったというだけで、首を刎ねるらしい。お前が生き残る方法は存在感を空気のように薄くして、でしゃばらず、隅の方で大人しくしていることだ」
「ははは、お前は面白いことを言うなぁ。おしゃべりなユリアナが大人しくしていられるわけないじゃないか」
「父上。そもそも誰が原因でした?」
笑い飛ばされて王太子が国王を横目でじろりと睨みつけた。国王は睨まれて大人しく口をつぐむ。国王が静かになると、もう一度ユリアナに目を向けた。淡々とした表情で言い渡す。
「とにかく、お前の輿入れは決定事項だ」
「……」
「この国のために命を捧げよ」
冷静に告げられて、ユリアナは拳を握りしめた。もうすでに婚姻を受けると返事をしてしまっており、ユリアナには当然拒否する権利はなかった。
「命を捧げるわけないじゃない! お兄さまなんて大キライ! ハゲてお義姉様に嫌われちゃえばいいんだわ!」
ユリアナは顔を真っ赤にして大声で怒鳴ると、そのまま部屋を飛び出した。