プロローグ 後編
誰だって戸惑うだろう。
有ったものが無くなれば。
無くても生きていけるけども
無くてはならない物だったのだから…
と最初は混乱もした。
そりゃ40年以上男として生きてきた人間が、ある日女の子になったら混乱するだろう?
まぁ、前世としている記憶の最後がしっかりと理解できている分、持ち直すのは難しくなかった。
ついでに興味と諦観が混ざったなんとも言えない感情が、逆に気持ちを落ち着かせてくれたのはなんとも皮肉な事だと思う。
記憶が戻った際に、私は私の現状をある程度正確に把握した。
私はどうやら貴族の一族に連なる人間のようだ。
父が貴族であり、母が正妻なので直系と言えば直系の貴族子女である。
じゃあなぜ私は家族から期待されていないのか。
それは私の家、スロドワ家の生い立ちと、周りの情況によるものだった。
スロドワ家は貴族の中では新しい家だ。この国の中では、と注釈が付く。
元々は北方の大国のそこそこ良い爵位を持った貴族だったらしいが、政変と当時の当主判断でこの国に亡命してきたらしい。
細かい部分は分からん。
なので、アウェー感というか、まだ仲間と認めてもらえないのか、そういった空気が父のストレスになっているらしく、次の世代に対する期待が過剰になりがちの様だ。
それなら私も家族からちやほやされても良さそうなものであるが、これが私が女である事で話が変わってくるのだ。
と言うのも、その時期、寄親たる貴族の次世代が活動的になってきた事が背景にある。
寄親の貴族はなかなかに大きい家らしく、遠縁ながら状況次第では王位継承にも絡める可能性を秘めている家格だそうだ。
そんな大貴族の世代交代である。側付きも直属の部下も、引き継ぎはされても若い内から選び直す必要もある。
つまり、寄親は今、側近候補を欲しがっていたのである。
で、基本的に
側近候補は男。
私は今、女だ。
そして年は私が2才上だと言う。
男であれば即側付きになってただろう。なんせ同年代の男の子が殆ど居ないらしいからだ。
側近に求められるのは爵位の良さよりも信頼感と親近感だそうだ。本当に勿体無い、と兄が呟いたのを聞いたことがある。
私には兄と姉がいるが、どちらも成人し結婚もしている。
成人は16才。側近にするには兄は年が離れすぎていた。
私が男であったら、と父は書斎でよく溢している。
盗み聞きをしたと言うより、その下の階の居間に漏れ聞こえるのだから仕方ない。
うちはそんな金持ちの家じゃないからね。
では側女としてはどうかというと、
今度は家格が大事らしい。
側妻や妾に成る可能性のある側女は家との関係が深くなるので、より高位の貴族家が優先される。
しかも、同年代の女の子はかなり多いそうだ。
寄親の婦人が主催するパーティーで事務方やら根回し要員やらでパシられているうちの母が、ため息を付きながら父に愚痴っていた。
だから壁が薄いんだって。
元々厳し目に評価されている外様の端のスロドワ家だからこそ、当主たる父は人間関係に苦労しているんだろう。
そんな父を支える母に、私を構う余裕もあるはずなく。
兄は兄で義理の両親との付き合いを頑張っているので家に居ないことも多く、姉はそもそも他家に入っていて居ないのだ。
そんな周りの忙しなさを何となく察した以前の私は、両親にとって都合の良い娘になろうと頑張ってしまっていた。
私事ながら、いじらしいと思う。
そんな家庭環境で、大きな事が出来る筈もなく。
私自身も両親に負担を掛けない程度に、唯一の使用人であるアンナと共に8才まで過ごしたのだった。
そして私は、自分の主と出会うことになる。