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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

パチンカスにさよならを

作者: 社 やすみ

 私がパチンカスになったのは、大学で出会った悪友・藤田の影響だった。藤田は女だてらにパチンカスで、いつも髪はぼさぼさ、黒色のスウェット姿にサンダル履きで、開店前から並んでるジジイたちにまじって虚ろにうつむいていた。アスファルトを見つめるその黒い瞳にはまるでつやがなく、生気がかんじられず、この世の暗黒そのものの様に私には見えた。コイツと関わっているとろくなことがないとわかっていつつも、私はどうにもずるずる引きずり込まれて行った。私も次第に髪がぼさぼさになり、ねずみ色のスウェットにサンダル履きが板につく様になったのは自然な流れといえば自然な流れであった。


 藤田が電車通学だった頃はまだ私にも自我が残っていたと思うが、1人暮らしの私の部屋にヤツが住み着く様になって、私たちのパチンカスロードは加速した。パチンコのみに明け暮れるという怠惰極まりないシンプルライフは、たまに金銭的成果があるのがいけなかった。こうなると当然、開店から閉店までノンストップでパチンコに明け暮れることとなる。勝てばデカい。そんな愚かな思考に支配された私たち女2人は、セックスもドラッグもロックンロールもない、と書けば健全に見えるが、その実、不健康でしかも華のないパチンカスとしての日々を過ごし、パチンコ台のハンドルを握っては、いたずらに時間を浪費させ続けた。そして、ついにはパチンコ台のハンドルのみならず、留年さえもこの手に握ることとなった。


 そんな堕落しきった私の生活に転機が訪れたのは、隣に越して来た井上という女がきっかけだった。引っ越しの挨拶に来た井上の大きな茶色い瞳はキラキラしていて、後に宝石の様だと思ったが、この時は対向車のハイビームライトの様に、チカチカと刺さってくる、目障りな輝きに見えた。というのも井上は、モデルの様なスタイルと綺麗な顔、服装の華美さで私をギョッとさせたし、枯木の雰囲気を漂わせる私や藤田のみすぼらしさをくっきりと浮かび上がらせた様に思えたからだ。そしてとどめに「そこの大学に入学したんですよ」と言ったのである。コイツは私たちと同じ大学で、留年した私たちと同級生になるのである。人の部屋で勝手にタバコを吸う藤田の振る舞い以上にもやもやしたのが最初の感想だった。


 ある時、その藤田が数日いなくなることがあった。何でも家族でハワイに行くらしく、一旦実家に帰るとのことだった。そのまま実家から通学しやがれと思ったが、ヘソを曲げられると面倒臭いので言わないでおいた。かくして私は久々の1人を満喫し、しかしいつも通りにパチンコを打つつもりで部屋を出た。その時、隣の部屋からは井上が出てきたところだった。普通ならば、会釈して終わりである。だが井上は「おごるんで今から温泉行きません?」と話しかけてきた。私は呆れた。何だコイツはと思った。引っ越しの時に挨拶しただけのヤツと一緒に温泉に行くヤツがどこにいる?即座に断ろうと思ったが、藤田が帰ってきた時の話のネタにいいかと思いOKした。すかさず井上が「岩盤浴もあるし、ごはんもおごりますんで」と言うので、私の中での井上の評価は今思えば、いいヤツなのかも、になり始めていたかもしれない。


 温泉へは井上の車で向かった。片道15分ほど。車内で私たちはお互いの自己紹介を済ませ、それなりに言葉をかわす程には打ち解けた。井上は気さくだったし、私はおごられる気分がまんざらでもなく、私にしてはかなり打ち解けた。到着すると井上は「先にお風呂でいいですか?」と言ってきた。私は勝手がわからないし、井上に付いていくしかないので頷く。すると井上は砕けた笑顔で「あざぁっす」と一言。そして私の手を握って、小綺麗な温泉施設に入って行った。胸を張って颯爽と歩く井上と、背中を丸めて歩く私。脱衣場に到着すると、井上は何の躊躇もなくぽいぽい脱いでいく。一瞬面食らったが、まぁそういうもんかと思い、私も遅れて脱ぎ出した。その間、井上はにこにこしながら待っていて、私が脱ぎ終わると、再び手を繋いできた。誰かと手を繋ぐ経験が初めてなので、私は内心動揺していたが、綺麗で輝いている井上の方から手を伸ばし、小汚い私の手を何度も握ってくれるのは、正直言ってかなり嬉しく、私はすっかり井上を気に入ってしまった。


 体を洗うために繋いだ手を離し、それが終わると掛け湯をした。すると井上はまたも手を繋いできて、私はもうすっかり井上のことが大好きになってしまっていた。何度も手を繋がれて自己肯定感を満たされた私は、井上に完全に心を開いていて、この後の食事も楽しみになっていた。手を引かれて、内湯をスルーして奥の扉を開けると、そこは露天風呂。しかし井上はそこをスルーして、石造りの階段へ向かう。「滑らない様に気を付けてね」繋いだ手を離した井上が私に微笑み、階段をのぼる。「うん」私も微笑み、後に続いた。


 階段をのぼった先には緑が生い茂り、その向こうに、死角になる様に奥まったところがあり、2、3人入れる程度の石囲みの浴槽があった。私たちの他には誰もいない。井上がまた手を離して入り、私も続けて入る。するともう当然の様に、井上が私の手を握って来た。私も当然の様に握り返し、井上の顔を見た。大きな茶色い目が宝石の様で、私はその美しさに引き込まれた。井上の顔はどんどん近づいて来て、私は抵抗なくまぶたを閉じる。私が仲良くしたいと思っている以上に、井上の方が私への気持ちがあるのかもと思うと、同性愛の気はなかったのに胸があたたかくなる。数瞬ののち、私の唇は井上の舌にやさしくこじ開けられた。井上の舌は私の舌に絡まり、しばらく這い回ってから、するりと引き抜かれた。私が目を開けると井上の顔は私の顔のすぐ前にあって、その艶かしい口が開く。「この後、うちにおいでよ」「うん」私は井上のことしか考えられず、藤田のことはもう頭になかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  描写が丁寧で分かりやすく、場面を脳内で映像化(いつも私はこうして読んでます。)しやすかったです。  特に井上と初めて出会う場面の「対向車のハイビーム」といった表現は、わたしには思いつけな…
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