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紅い糸  作者: パワーシンカー
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四・八革命

 「シン、何やってるの?」

慎太郎の母が尋ねた。

「俺野球部に入るから。」

「はい?野球部ないんじゃないの?」

「俺が創る。」

息子の意味不明な言動に母は困惑した。

「校長が野球部創部したいんだってさ。それで直々に俺が入部を促されたってわけ。駿希も入るから心配ないよ。」

「それはそうかもしれないけど、だってシュンちゃんはシンよりよっぽど頭いいじゃない。誘ったりなんかして差し支えないかしら。」

「駿希は部活云々で成績左右されないから。」

困惑しているから少しネガティブな発言をするが、母は慎太郎が再び野球をすることを密かに望んでいた。息子が再び活躍できるかもしれない好機は、親としても非常に嬉しいものがあるだろう。すぐに父にも連絡を取った。

「お前の野球している姿、もう一回見たいなぁ。」中学の部活引退後、再三父が慎太郎に発した言葉だ。慎太郎は野球をやる気が全くなかったために流していたが、父の願望が叶ったのである。


 4月7日。慎太郎は駿希と共に、再び近くの山本球場に向かった。慎太郎と駿希の住む地区、榴岡(つつじがおか)町山本三丁目にある球場だ。小学校時代に2人が所属していた山本三丁目野球クラブの本拠地である。小学校時は遠いとさえ思っていた70m先のフェンスも、今では軽々超える打球を放てる。

「いやー、しかし、俺が硬式球を触る日が来るとは。」

「シンやる気皆無だったからね笑」

慎太郎たちが使っていた球は軟式球。一般に知られている、赤い糸で縫われた硬式球は使ってこなかった。

「これほんとに軟式より飛ぶのか、信じられん。」

半信半疑のまま、慎太郎は駿希の球を打った。高い音を奏でた打球はグングン伸びていった。

「まずい!飛びすぎてランニングコースに!」

小学生が使う球場。当然防球ネットなどは整備されていない。球場の外周のランニングコースまで飛んで行ってしまった。

「人いなくてよかったー、大事故なるとこだったわ。」

慎太郎が胸を撫で下ろした次の瞬間。

「わっ!!」

「ぎゃあっ!!」

「相変わらずオーバーリアクションだなあ笑」

「しゅうかよ、脅かすなよ笑」

秋田修。中学3年間、慎太郎、駿希と同じクラスだったアイドル男子だ。

「あれ!しゅうちゃんじゃん!」

「あ!シュンも来てたの!」

「ランニング?」

「そそ!さすがに動かないとまずい笑」

「ケガもう治ったの?」

「患部はね。でももうサッカーは出来ないな。」

修は小柄ながら、機動力を生かしたプレーで、初岡中央中時代、チームの県ベスト4に貢献していたが、秋季リーグ中の接触プレーが原因でサッカー続行を断念していた。

「しゅうは何部入るん?」

「うーん、まだ決めてないな。接触プレー多いやつはできそうにないから。」

この言葉で慎太郎と駿希はひらめいた。

「じゃあさ、しゅう。野球やんね?」

「え。」

当然修にとっては寝耳に水だ。

「野球部ないよね?笑」

「いや、俺らが創る。」

「…え?」

「いやいや笑…え、え?」

「いや俺がえ?だわ!なんで2人がとぼけるのよ笑」

「いやとぼけてない、これガチ。」

唖然とする修を前に慎太郎は続けた。

「校長が野球部創部したいんだってさ。それで俺ら今入る人募ってるのよ。だから入ってくんね?お前野球うまいじゃん。」

初岡中央中の球技大会では、慎太郎のクラスの1番バッターとして大活躍していた修。慎太郎は早くからその素質を見抜いていた。

「接触プレーは…」

「いや野球にタックルとかないから笑」

「まあちょっと待って。今日すぐはさすがに決められない笑」

「全然ええよ。4月15日の入部待ってるぜ笑」

「お、おう笑」

苦笑いは修だ。ただ、修は期待されるとそれ以上に頑張るタイプの人間。そんな性格を見抜くのも、他人の長所を理解できる慎太郎の武器の一つだった。


 4月8日。学校の体育館では部紹介が行われた。伝統のテニスやハンドボールの他、運動部、文化部の計30の部活が紹介された。その部紹介のステージに、慎太郎がいた。

「以上で30の部紹介を終了しますが、ここで皆さんにお知らせがございます。本校では今年度より、新たに硬式野球部を新設致します。」

「キャーーーー!!」

司会の発表と同時に悲鳴にも似た黄色い歓声が体育館を包んだ。やはり高校野球は青春の代名詞。待ち望む女子生徒も少なくなかった。普通の男子なら心中が楽園状態であろうこの瞬間も、この男だけは違った。

「うわ、まじかよ。歓声要らんわ。」

自分の顔が好きじゃない慎太郎にとって歓声=お世辞という方程式が出来上がっていたのである。歓声は何も顔だけで起こるものではないはずなのだが。

「それでは、新設された野球部の部長、大沼慎太郎君による部紹介です。どうぞ。」

司会の紹介を受けた慎太郎は一呼吸置いて話し始めた。

「え〜、みなさん、こんにちは。野球部の新部長となりました。大沼慎太郎と申します。早速ではありますが、新入生から野球部員を募集します。経験者、未経験問いません。僕は今もの凄く希望に燃えています。新しい部活動を自らの手で創る。これほどワクワクすることは今までにありませんでした。この桔梗ヶ丘高校はスポーツにも優れた人が大勢いると聞いております。中学時代こそ活躍しておりませんが、僕は新しく入部した人の長所を理解し、その分野を伸ばす。これを徹底したいと思っています。努力した者に不可能なことはありません。初心者でも構いません。頑張れば甲子園も夢ではありません。環境を変えたい、自分を輝かせたい、という向上心だけが入部資格です!どなたでも大歓迎!マネージャーも是非!僕と一緒に、野球部の、桔梗ヶ丘高校の新しい歴史を創りましょう!」

「よく言った!」「カッコいい!」

「ワーーーー!!」

慎太郎の言葉で会場はどよめきに包まれた。このスピーチが、後に伝説として歴史に名を残す、大沼慎太郎の『四・八革命』だった。

(第2話 終)

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