こたつ 炊飯器 やかん
「わたし、こたつから出られなくなったの」
そういって彼女は、手に持っていたみかんをむいて食べ始めた。
冬が近づいて、そろそろ頃合いかと思い、押し入れの奥深くからこの暖房器具を出してきたのがつい1週間前のこと。
それからというもの、僕と彼女は仕事が終わると、我先にと帰宅し、足を滑り込ませては暖をとるのが習慣となっていた。
冬が深まってきた最近では、この中が生活スペースと言ってもいいほどではあったが、もちろんそれは比喩的な表現としてだ。
誰が本当に出られなくなると言うのか。
「ふーん、そうなんだ」
僕は話を受け流すことにした。
「なによそれ。本気で困ってるのに」
彼女は頬を少し膨らませ、不満そうに言った。
「馬鹿なこと言ってないで、早く夕飯の支度でもしたらどうだ? 今日はお前の当番だぞ」
「今日は動きたくなーい」
彼女はこたつに頬擦りするように体を曲げた。
なるほどそういうことか、と僕は思った。
「今日は特に冷えるもんなぁ」
居間はこたつの他にエアコンも機能している。しかし、我が家は居間と台所が分かれているため、その恩恵は共有できないのだ。
彼女はそのことがネックになっているらしかった。
「あ、そういえば」
僕は一つ思い出したことがあって、こたつから出た。
そして近くの押し入れを物色すると、目当てのものを引っ張りだす。
それは、やかんを乗せれるタイプの石油式のストーブであった。
「こんなのいつ買ったの?」
「学生のころ、先輩からもらったんだけど、邪魔だから退かしてたんだ。多分まだ使えるはず」
燃料のメーターを見ると、まだそれなりに量が残っているようだ。
「ちょっと待ってて」
僕はストーブを台所に移動させると、マッチで火をつけた。
ついでに、加湿用にやかんに水を入れて乗せておく。
「石油式だし、すぐあったまると思うよ。これでがんばれるか?」
「うん」
彼女はありがとうと言ってはにかんだ。
たまに面倒くさがりになる彼女は、こうして少しだけ世話をしてあげることで動けるようになるのだ。
彼女と暮らし始めてからは、そういうタイミングが多くなったような気がする。
それがなんだか嬉しかった。
「そろそろだな」
数分の後、台所は暖まったようだ。
彼女は重い腰を上げてそちらに向かう。
30分もすれば、美味しそうないい匂いが漂ってきた。
ドア越しに、もうすぐできるからね、と彼女が呼ぶ。
炊飯器のアラームが鳴った。本当にもうすぐのようだ。
僕はその時を楽しみにこたつの中でくつろぐ。
先ほどの彼女のようにこたつに頬をつけると、じんわりとした熱を感じた。
明日は僕がご飯を作ろう。そう思った。