決意
フースケは仕方なく巣へ戻り、程なくして両親も帰ってきた。
母はフースケの顔を見るや否や、怒りで顔を真っ赤にする。
「フースケ! あれ程言ったでしょう!? サンセット修道院の人たちに逆らっちゃいけないって! あんたの身にもしものことがあったらどうするの!?」
「だって……」
「だってじゃありません!」
話すら聞き入れてもらえず俯くフースケ。
その様子を見た父が「まあまあ」と母を宥め、フースケの頭を撫でた。
「どうしてそんなことしたんだい?」
優しく問いかける父。
だが、フースケは口を閉ざしたまま。
その表情を父が覗き込み、促すように「うん?」と声をかける。
それでもやはり、黙ったままだ。
「怒らないから言ってごらん。フースケだって、母さんを困らせたくてやったわけじゃないんだろう? フースケにはフースケの考えがあってやったことなら、きちんと聞いてあげるのが親の役目だ。なあ、母さん?」
そう言って父が振り返ると、母は渋々頷いた。
しばしの間、流れる沈黙。
数分後、フースケはようやく口を開いた。
始めは「だって……」を繰り返すのみだったが、徐々に言葉を成してゆく。
「……だって、あまりにも酷いじゃないか! 今日なんてウィンディア姉ちゃんが攫われそうになってたんだよ? その内、もっと酷い目に遭わされる。僕ら全員捕まえられたり殺されるかもしれないんだよ!? 立ち向かわなきゃ、いつかそうなる! 時間の問題だよ!」
必死の訴えを聞き、父は強く頷いた。
「そうか。フースケの言うことも一理ある。けれどね、母さんが心配していた気持ちはわかってくれるかい?」
父に諭され、フースケも頷く。
それを見た父は優しく微笑み、母へと振り向く。
「母さん。フースケはもう一人前なのかもしれないね。ここはフースケの意思を尊重してみるのはどうかな?」
「あなた!? 何てことを!」
「でも、フースケの言う通り、このままじゃ皆が虐げられるだけだ。命の保証もない。だったら、この子やハヤテ君たちに賭けてみようじゃないか。大丈夫さ。太古の昔、私たちの祖先だってそうやって自由を勝ち取ってきたのだから。いつか必ずこういう日は来てしまう。それが今日だっただけさ」
今度は母が諭され、渋々頷いた。
それを確かめた後、父はフースケへと向き直る。
「いいかい? これだけは約束してほしい。危ないと思ったらすぐ逃げること。父さんも母さんもフースケに無事で帰ってきてほしい。わかるね?」
「……うん!」
フースケは力強い返事と共に頷いた。
父はその肩をポンポンと軽く二度叩き、目を閉じて静かに思いを馳せる。
その思いの行き着く先は仲間の鳥たち。
彼らが助けとなるよう、祈りを込めて念じだす。
「この子がピンチの時には……必ず駆けつけてほしい。約束してくれ、友たちよ。願いは一つ。心は一つ……!」
呟きはなんと口元から漏れ出る光となり、フースケを淡く包んだ。
驚くフースケに対し、母も同様に念じだす。
風の精へと思いを馳せながら……。
「どうか、この子に風の加護がありますように……!」
驚くべきことに、母の呟きも光となってフースケを包み込んだ。
呆気に取られるフースケへと父が微笑みかける。
「呪文だよ。さあ、行っておいで。ハヤテ君のことだから、一人で責任を取りに向かうはずだ。今から行けば間に合うはずだよ」
「うん、わかった! お父さんお母さん、行ってきます!」
言うが早いかフースケは飛び立った。
向かうはこの島の端。
先程までいた崖。
猛スピードで飛ぶこと数分。
到着した彼の目に、ハヤテとウィンディアの姿が映った。
「タカ兄ー! ウィンディア姉ちゃーん!」
呼び声と共にフースケは手前へと着地した。
ハヤテは深く溜息を吐く。
「やれやれ、やはりお前も来たか」
「当たり前だろ? このまま黙って見過ごすなんてできないやい! タカ兄も同じ思いでしょ?」
「……いいや、私は責任を取りに向かうつもりだった」
「なっ!? それって……死ぬつもりってこと!? ダメだよそんなこと!」
ハヤテの言葉の意味するところを読み取り、フースケは慌てだす。
しかし、ハヤテは涼やかに笑った後、彼を宥めた。
「そのつもりだった。が、今は違う。お前と同じく言っても聞かない者が、ここにもう一人いてだな……」
チラッと横を見るハヤテ。
その視線の先で、ウィンディアが頬を膨らませている。
「当たり前です! そんな悲しいこと、絶対に許しませんから!」
いつになく力強いウィンディアの声に、ハヤテも思わず苦笑する。
「まあ、そういうわけで、さすがの私も根負けした。やれ、頑固さでは負けぬと思っていたのだがな」
茶化すハヤテに、二人も思わず笑いだす。
そしてその直後、互いの気持ちを確かめた三人は空へと飛び立った。
サンセットの者たちに見つからぬよう、慎重に航路を選び突き進む。
日付が変わり夜になろうとも、少しの休憩の後に再び飛び立つ。
やがて、暁を迎える頃になり、三人は強風に包まれた巨大な神殿へと辿り着いた。
「これが……サンセット修道院……!」
「修道院とは名ばかりだな。神殿、と呼ぶに相応しい」
「どうしようタカ兄……。これじゃ進めないよ」
困り果て、案を求めるフースケ。
しかし、その視線の先でハヤテは笑みを浮かべていた。
「大丈夫だ。私を信じろ」
そう言った次の瞬間、ハヤテは強風へと飛び込んだ。
当然、驚くフースケとウィンディア。
しかし、信頼が戸惑いに打ち勝ち、二人もすぐさま身を投じた。