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10.牡丹

 ちょんちょん。

 指先で陽毬に肩をつつかれた。

 ん。何だよ。人がしんみりとしている時に。

 

「陽翔」

「ん?」


 目に涙が潤んでいる陽毬が俺の手をグイっと引く。

 

「牡丹さん。お昼を食べてからここへ戻ってきます」

「はい。お待ちしておりますね。お心遣い、ありがとうございます」


 勝手に話をまとめた陽毬が戸惑う俺を引っ張り、公園のベンチの前まで来たところで立ち止まった。


「もう。察しなさいよ」

「え、えっと?」

「牡丹さんはしばらく一人にして欲しいって言ったじゃない」

「そういうことか。すまん。気が付かなくて」

 

 牡丹は自分の過去を語るに気持ちの整理をつけたかったんだ。

 俺たちには見せたくない顔になるから、「待って欲しい」ってことだったんだよな。

 

「しっかりと牡丹さんに質問をしていてちょっと頼りになるかも、と思ったらこれなんだから」


 全くもうと鼻を鳴らす陽毬だったが、口元に僅かな笑みを浮かべていた。

 その時、ぐううという音が。

 

「さっきのコンビニに戻ろうか」

「そ、そうね」


 かああっと頬を赤らめた陽毬が大股で歩き始める。

 

「速い、速いって」

「気のせいよ」


 ツーンと顔を背ける陽毬なのであった。


 ◇◇◇

 

 コンビニの飲食コーナーで軽く食事を摂った俺たちは再び牡丹の元へ戻る。


「席を外して頂き、ありがとうございます」


 会うなり牡丹はしずしずと頭を下げ、儚げにほほ笑んだ。


「いえ、ちょうどお腹も空いてましたので。痛っ」


 陽毬に肘で腹を突かれた。

 そんなに強く突っつかなくてもいいのに。まだお腹がぐうって鳴ったことを気にしているのか?

 うわあ。思いっきり睨んでる睨んでるよお。

 この件には触れないようにしないとな……後が怖い。

 

「ふふふ。仲がよろしいのですね」

「ま、まあ。はい」

「そこはハッキリと言いなさいよ」

「痛っ」

 

 パシーンといい音が響く。

 今度は背中をおお。

 だから、こういう時は軽く行くもんだろ? 力一杯にやるものじゃあない。

 でも、ぷくうっと頬を膨らませて眉があがっている表情は子供っぽくて可愛い。

 陽毬は見た目がほんわかふんわりしているから、こういった表情でもドキリとしてしまう。

 ちょっと力がこもり過ぎだけどな。

 

「何よ。あなたが余計なことを言うからでしょ」

「いや、怒っているわけじゃないから」

「そ、それならいいのよ」


 少し赤くなっていたらしい。幸い陽毬は勘違いしてくれたみたいだけど。

 

 そこで俺は気が付く。

 俺たちの様子を見守っていた牡丹が柔らかに目を細めていたことを。

 その顔は儚く朧げなものではなく、自然なものに見えた。相変わらず表情の変化は少ないんだけど、こっちの顔の方がいいなと思う。

 分かっているさ。彼女の過去が辛いものだってことは。

 だけど、少しでもいい。彼女の本当の「顔」を見たいんだ。

 上手く言えないけど……察してくれ。


「聞かせていただけますか?」

「はい。どこから語ればいいでしょうか」

 

 そう言って長い睫毛を伏せ、小刀を胸に抱く牡丹。


「その小刀? は長十郎さんから?」

「はい。この小柄(こづか)は長十郎様が出立の際に私へ預けて下さったものです」

「そうだったんですか。桜の花びらと鈴が牡丹さんに似合っている、と思います」

「ありがとうございます。桜には特別な想いがありますので、そう言っていただけると嬉しいです」

「想い、ですか?」

「はい。桜は――」


 牡丹は静かに語り始める。

 長十郎は満開の桜の木の下に牡丹を誘う。舞い散る桜の花びらを眺めた後、長十郎は牡丹に結婚を申し込んだ。

 彼がどれほど自分と婚儀を執り行うために奔走していたか知っていた牡丹は、涙し長十郎の胸に飛び込み涙する。


「『再び桜が満開になる頃、婚儀をあげようぞ』と長十郎様はおっしゃってくださったのです。どれほど嬉しかったか」

「そうだったんですか。それで桜の意匠が」

「長十郎様の粋な計らいです。その後すぐに、この小柄を私に託し、彼は隣国へ向かいました」

「長十郎さんの帰りを待っていたんですよね?」

「はい。お待ち申し上げておりました。ですが、その後すぐに隣国との戦が起こりました」

「それで長十郎さんが行方不明のまま……で?」

「それは、分かりません。私は……」


 牡丹はそこで言葉を止め、顔を伏せる。

 数十秒沈黙が続き、彼女はようやく顔を上げた。今にも泣き出しそうな顔で。

 

「私ははやり病に倒れ、夏を迎える頃に亡くなったのですから」

「……じゃ、じゃあ。長十郎さんの安否も知らないまま、そのままだったんですか!」

「はい。長十郎様のご武運を祈り、私は……病死したのです」


 な、なんてことだ……。

 長十郎と牡丹は互いが互いの無事と幸せを祈りつつ、亡くなってしまったってわけなのか。

 その悲しみが原因で二人とも亡霊として彷徨っている。


「そんなことって……」


 目を真っ赤にして陽毬がブンブンと首を左右に振った。

 俺の手を痛いほど握りしめながら。

 

「長十郎様にお返ししたいと思ったのですが、この小柄を墓に入れてもらうよう頼んでしまいました。お許しください、長十郎様」


 沈む俺たちに向けた言葉ではなく、牡丹はここにはおらぬ長十郎に向け謝罪する。


「そんなこと、長十郎さんは望んでなんかいません。彼ならきっと、小柄を持って行って欲しいと願うはずです」

「お優しいのですね。陽翔様は」

「お墓に入れたから、今もそうやって小柄が手元にあるのですよね?」

「分かりません。ですが、こうして小柄が今もここにあることはこの上ない幸せです」


 牡丹は愛しそうに小柄からぶら下がる鈴を指先で撫でた。

 幽霊になって、彼女に残された物は長十郎との思い出の小柄のみ。

 

 ハッとしたように陽毬が伏せた顔をあげ、牡丹に尋ねる。彼女の顔には涙の跡が見えた。

 

「牡丹さん、鈴を鳴らしていたのって、桜が咲く時期だからですか?」

「お恥ずかしながら、未練だけで鈴を鳴らしておりました。桜が咲く時期に婚儀をとの未練から」

「そんなことないです!」


 力強く背伸びまでして陽毬が大きく首を左右に振って彼女の言葉を否定する。

 つまらなくなんかない。

 彼女の想いは、純粋で真摯な願いだのだから。

 

「また、来ます。お話、聞かせてくれますか?」


 陽毬が言葉を詰まらせながら、言葉を続けた。

 

「是非またお越しください。あなた様方とお話できて、とても心が和らぎました。こんな気持ち、久方ぶりです」


 え? もう帰るの?

 なんて思ったが、俺もまた気持ちの整理をつけたかったところでもある。

 

 手を振り、牡丹と別れベンチの前まで進んだところで、今度は俺から立ち止まった。

 陽毬はまだグズグズとしていたけど、そのまま俺へと顔を向けてくれる。


「どうしたの?」

「陽毬。あの二人を何とかして会わせたい」

「気が合うじゃない。私もそう思っていたところよ」

「何か方法があるか探ってみようぜ。図書館とかで調べたら何か分かるかな」

「単純ね。でも、いろいろ調べるには図書館は悪くないと思うわよ」

「おっし」


 繋いでいない方の手を前に向けると、陽毬が俺の手をパシーンと叩く。


「やってやろうじゃないの」

「おう!」


 お互い笑顔を向け、グッと拳を突き出す。

 やるぞおお。

 必ず、二人を合わせ、幸せの中、成仏してもらうんだ。

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