4話 廊下
いつまでもリリーと見つめ合っているわけにはいかない。
「これから、直近で言うならば、今日は何処に泊まるかを考えよう」
木製の扉の先では、錯乱状態のマリアが居る。例え落ち着いたとしても、リリーと同じ部屋で寝かせる訳にはいかない。リリーが寝込みを襲われました、なんてこともあり得るからな。
自分の体である筈なのに襲いかかろうとしていたこともあるし、出来れば同室は避けたいところだ。
マリアの侍女に説明し、リリーの姿のマリアはマリアの部屋へ。
リリーの侍女にも説明し、マリアの姿でリリーはリリーの部屋へ帰すのが賢明だろうか。
リリーにも相談してみると、一番現実的に可能ではないか、という結果になった。
「問題は、侍女さん達が信じてくれるかということと……ハイルアー様にご納得していただけるか、ですよね」
「侍女に関しては俺が何とかするとして……マリア、いや、ハイルアー嬢がな」
簡単に了承するとは思えない。そもそも、天使のような愛らしく美しいリリーの姿になったことに対して憤怒するような人間だ。自分に降りかかる痛みを受け入れてでも、リリーの体に傷を付けないとも言い切れない。……いや、蝶よ花よと育てられた公爵令嬢に、痛みを伴いながらの致命傷を自身に付けられるとは本気で思っているわけでは無いが。全く有り得ないとは言えない。
「どうしたものか」
こうしている間にも、夜は刻々と更けていく。今では窓から身を乗り出さなければ月を拝むことは出来ないだろう。どこかで鳴くフクロウの声がヒステリックな悲鳴と相まって耳にまとわりつく。うっとおしくて敵わない。
「仕方がない。これ以上考えても良い案は浮かばなさそうだ。ハイルアー嬢とリリー嬢の侍女に説明し、協力を仰ごう。リリー嬢、それでもいいか」
「はい」
二人の侍女達には、ずっと医務室に居ても仕方がないからと、俺から部屋で待機しておくよう命じていた。
まさかそれが裏目に出るとは思いも寄らなかったが、リリーと二人きりで校舎を歩く権利を得られたと思えば二日前の俺に褒章を与えたくなる。
決して短くはない寮への道のりを、リリーと並んでいつもよりゆっくりと歩いた。