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2話 入れ替わり

 愛しのリリーと元婚約者のマリアが倒れてから二日、未だに二人が目を覚ます気配はない。

 マリアはともかく、愛しのリリーが目覚めないことに、俺は勿論のこと、トニー、フィズ、カインを始めとしたクラスメイト達も悲しみに明け暮れていた。


 全員で医務室に押しかけるのも得策とはいえないので、代表して俺だけが様子を見に来ている。

 しかし、もう夜と言っても差し支えのない時間。婚約者でもない異性が、医務室の担当医が普段は常駐しているとはいえ、同じ部屋に居ることはよろしくない。そもそも、今担当医は所用で外に出てしまっている。王子ならば下手なことはしないと思ったのだろう。実際に何かする筈もないが、貴族の為の学園なのだ。警戒態勢を強化するよう後で言い含めておかなければならない。

 それはそれとして、そろそろ担当医が戻ってくる筈だ。帰ってきたら自室に戻ろうかと考え、リリーに背を向けたその時だった。


「……んんっ」


「……ぅぁ」


 小さな呻き声と共に、リリーとマリアが目を覚ました。


「リリー嬢!」


 まだ少し虚ろな目をしたリリーに声をかける。


「エリック……様?」


 しかし、俺の名を呼んだのは目の前の少女、リリーではなくマリアの方だった。

 まだリリーは意識がはっきりしていないのか、中々焦点が合わない。


「エリック様! 私、どうなって……あ! マリア様も、ご無事だったのでしょうか」


 俺はわざとマリアとリリーのベッドの間を陣取っていた。目覚めたマリアがリリーを狙うかもしれないからだ。

 しかし、リリーではなくマリアを心配する声は俺の後ろから聞こえてくる。

 リリー本人は未だ、意識がはっきりしていない。


「あ、あの、エリック様?」


 あぁ、煩い。リリーの振りをしてまでも俺の気を引こうというのか。どこまでも俺を苛立たせる女だ。


「何を言っている。マリアはお前だろう。ふざけるのも大概にして欲しいものだな。お前のせいで、リリー嬢はまだ意識がはっきりしないんだ。少しは静かにしていろ」


 後ろを振り返らずに、答えてやる。

 本当は口も聞きたくないのだが、如何せん喧しくて適わないのだ。


「えっ……エリック様、リリーは私です! 私がリリーです!」


「はぁ?」


 マリアが、言うに事欠いて自分がリリー嬢だと? そんな馬鹿なことを言ってまで、俺の気を引きたいのか。

 流石にこれには、怪我人に対しても怒りが抑えられない。


「マリア・ハイルアー。君との婚約破棄は正式に進んでいる。そのような戯れ言はさらに君を貶めることにしかならない」


「っ、エリック様?」


 何が何だか分からないという表情のマリアに、これ以上用はない。リリーの方へと向き直ると、俺の姿をリリーが捉えたところだった。無理矢理上体を起こそうとするのを手で制する。


 「リ――」


「エリック様、(わたくし)は婚約破棄など致しませんわ! エリック様の隣に立つべき人間は私なのです! 何故、今は子爵家と言えど元平民風情に想いを寄せるのですか! っつ!?」


 俺の言葉を遮ったリリーが、彼女にあるまじき表情で早口に捲し立てる。手負いの獣でも相手にしている気分にさせる程、リリーの目は鋭かった。

 先程まで倒れていたにも関わらず勢いよく身を起こしたからか、頭を抑えてリリーはベッドに倒れ込む。一瞬、体を起こそうとするリリーに手を出そうかと思ったが、体が動かなかった。

 それどころか、縋るように俺へと伸ばしてきた手を反射的に避けてしまう。


「エリック様!!!」


 リリーはヒステリックに俺の名前を叫んだ。

 リリーの愛らしい笑顔。澄んだ美しい瞳。小鳥のように美しく可憐な声。それが何処にも見当たらない。欠片も感じない。

 目の前でベッドに横たわっているのは、見紛うことなく愛しいリリー・ノルディックで間違いないというのに。


 むしろ……これではまるで。

 先程の、後ろから聞こえてきたマリアの言葉が頭の中をぐるぐると回る。


「お、お前は誰だ! リリーじゃないな!」


 自分の中で出かけた答えを無視して、目の前のリリーの姿をした何かに問いかける。動揺していたようで、かなりの大声を出してしまった。

 リリーの丸い瞳が大きく見開かれる。そしてゆっくり、口を開いた。


「リリー……? エリック様、何を仰っています、の? 私は、私はマリアですわ!」


 やはりか。そう思うと同時に、こんな非現実的な現象を信じられないとも思う。


「ははっ。何を言っているんだ、リリー嬢。君はどう見てもリリー・ノルディック嬢じゃないか。もしかして、ハイルアー嬢を庇おうとしているのか?」


 最終確認がしたくて、疑うような言葉を口にした。俺の勘違いであってくれという淡い願望は、眉間に皺を寄せる目の前のリリーの姿によって萎んでいく。

 やめてくれ。そんなリリーにあるまじき歪んだ表情を見て、即座に後悔した。


「ルドア様、まさか私とリリーさんを見分けられないなどということ、ありませんわよね」


「……そんなことがある筈ないだろう」


 どう見たって目の前に居るのは俺の知るリリー・ノルディックだ。振り返れば1度も俺に見せたことがない呆けた顔をで、マリア・ハイルアーがベッドの上で上半身を起こした状態で固まっている。


 俺は絶対に、見間違っていないと自信を持って言える。……姿は、と付くがな。


「マリア・ハイルアー」


「なんでしょうか」


 彼女に似つかわしくない苛ついたような声音で、目の前のリリーが応えた。


「リリー・ノルディック」


「えっ、あ、はい」

 

 こんなにも狼狽えたような声音は初めて聞くが、間違いなく後ろに居るマリアが応えた。


 今は俺が間に立ち塞がり、リリーとマリアはお互いの姿が見えていない。


「今から、俺は後ろに下がる。お互い何があっても良いように心の準備をしてくれ」


 恐らく、俺が間に立っていてはいつまで経っても状況が進展することはないだろう。当事者達がお互いの姿を認識したときに、もし、何の違和感もないというのであれば、俺の目がおかしくなっているのかもしれない。

 俺のただならぬ雰囲気に気が付いたのか、二人共声を発することなく頷いた。


「二人共、いいか?」


「は、はい」


「え、ええ」


「退くぞ」



 倒れてから初めてお互いを見たリリーとマリアは目を見開き、そして。


「私が……いる?!」


「私、ですわね!?」


「もしかして、入れ替わってるの?!」


「もしかして、入れ替わってますの?!」


「やはり、そうか。二人共飲み込みが早くて助かる」


 二人が入れ替わっているという、事実が確定した。

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