1話 婚約破棄
今日は、俺達の通う学園主催の夜会の日。
自由参加とはいえ、かなりの人数が参加している。
天井にいくつか設置された大きなシャンデリアが輝く下で、俺は愛しのリリーをエスコートし、ダンスを踊り夜会を満喫していた。
他の、将来俺を補佐することになるであろう男達と目で会話しつつ、俺の婚約者を糾弾する舞台が整うまでは、だがな。
俺がリリーをエスコートして、一足先に夜会に来ていたことに腹を立てたのであろう、婚約者のマリアがズカズカとこちらへ歩いてくる。
近くには騎士見習いのトニーや、宰相の息子のフィズ、マリアの弟であるカインが控えている。
さあ、来い。マリア、お前がリリーに行ってきた罪を明らかにして、断罪してやろう。
「エリック様、何故そのような平民等をエスコートしているのです! リリー、今は子爵家と言えど、元平民風情のあなたが横に立って良いようなお方ではありません! 退きなさい!」
歩いてきた勢いそのままに、マリアはあろう事か、リリーに手を出そうとした。
勿論、傍で控えていたトニーによって直ぐさま取り押さえられる。見習いとは言え騎士であるため手際が良い。
「トニー、あなた私にこんなことをして良いと思っているの! 男爵家であるあなたなんて、公爵家の私が簡単に潰せるのですからね! フィズ! 私が王妃になった暁には、宰相として居られなくしてやるわ! カイン! あなたは我がハイルアー公爵家の名が廃るとは思わないの? 早く私を助けなさい!」
家の権力を持ち出しマリアが咆える。
あぁ、煩い。鈴の音のような、可憐な声を持つリリーとは大違いだ。
「黙れ、マリア・ハイルアー。お前はこのリリー嬢に様々な悪事を働き、横暴に振るってきた。ここにいる誰もが、君に同情の余地なしとしているんだ」
「……は、い?」
信じられないとでも言いたげな目で、俺をマリアが見上げてくる。
フィズに用意させた証拠の紙、そして婚約破棄を承認する王族承認印の捺された書類を、これ見よがしに掲げて見せた。
シャンデリアの光に照らされ、赤い承認印が存在を主張する。
この婚約破棄を伝える為の状況を起こしたのは俺自身とはいえ、全く同情を感じられない程マリアはリリーを虐め、貶め傷つけてきた。一定の距離を保ちつつ、様子を窺う他の学園生の瞳にも同情の色はない。
我が儘で横暴、性格は最悪。これが、この学園の者だけではなく、社交界でのマリア・ハイルアーに対する評価だ。
どうやら、王城にもその悪評は届いていたらしく、俺がマリアの悪事の証拠を用意して婚約破棄を望む旨を父上、つまり国王に伝えるとすぐにハイルアー公爵との話し合いが設けられ、マリアを除く婚約関係者全員の同意を得られた。
この対応からして恐らく、マリアはハイルアー公爵にも見捨てられたのだろう。
「俺は、マリア・ハイルアーとの婚約を破棄する」
最後に婚約破棄を伝え、不安そうに怯えるリリーの肩を抱いて会場の中心へ移動する。安心して欲しくて、少し血色の悪くなった頬を指で撫でた。少しくすぐったそうな顔がまた愛らしい。
「リリー嬢、私と踊っていただけますか?」
「……っ! はいっ!」
花が綻ぶような笑顔のリリーに手を差し出す。
二度目のダンスは、あなたに気があると伝えるもの。それをリリーが知っているかは怪しいが、今はこの一時を楽しもう。
リリーが俺の手を取ろうとした瞬間。
「ふざけるなぁぁ!」
トニーの手に噛みつき振り払い、元婚約者のマリアがリリーに体当たりをした。
あまりにも突然で、俺が庇うことも出来ずに突進され、勢いよくぶつかったリリーとマリアは、共に冷たい大理石の床に倒れ伏す。
「リリー! 大丈夫か、しっかりしろ! リリー!!」
俺の悲痛な叫び声が、夜会の会場で虚しく響き渡った。