第二十六話 部活
「藤本ちゃ~ん、何描いてるの~?」
「あ、今日は…」
「お~また水彩画~?よく描くねえ」
「あ、まあ、好きなので」
私は絵が下手だ。
もう一度言うけど、
私は絵が下手だ。
だけど私は美術部に所属している。
え?初耳?
そういえば今まで言ってなかったっけ。
まあとりあえず美術部で最近は放課後を過ごしているのだ。
なんで美術部になんか入ったのかというと、単純に活動日数が少なくて、なんとなく雰囲気が楽しそうだったからだ。
ちなみに部員は全員女子だ。
私も含めていいのかわからないけど、周りは女子しかいない。
黒田先輩という人がいて、この先輩はやけに私に絡んでくる。
いつもいつも、私にすぐ話しかける。
なんでそんなに話しかけるのかきいてみると、
「だってかわいいんだもん」
の一言で返されてしまう。
そして今日もたくさん話しかけてくるのだ。
「藤本ちゃん、最近張り切ってるねえ」
「そうですかね」
「だって、ちょっと前まで来てなかったじゃん」
「まあ、私だって、やりたいときはあるんですよ」
「ふ~ん。もう来ないんじゃないかって寂しかったんだゾ!」
美術部は来たいときに来て、来ないときは別に来なくてもいいという。
だから、最近は来ていなかった。
「でも、私だって、結構来てましたよ。黒田先輩のいない日とかに」
「なあ~んだ。わたしのいる日に来ればいいのに~」
そう言って、机に腕を置いて、下から見てくる。
この人、この性格さえなければ美人なんだけどな。
黒田先輩のいない日にわざと来ていたなんて言えない言えない。
というわけで、まあ、適当にやってるわけですよ。はい。
今日は私は水彩で風景画を描いている。
これまた適当に風景の本を持ってきて、気に入ったものを書いている。
この写真は…ネパールの写真?
まあ、よくわからないけど、そんなことは気にしない。
でも…
ひどいんだよなあ、絵が。
下手すぎて。
いつも思うけど、やっぱ下手。
お母さんは私の絵を良いって言ってくれてるけど、成績とかはもうてんでだめ。
だって、テストで96点取って内申3だよ?
それだけ下手なんですよ。
でも――
「藤本ちゃん、ここもうちょい白含ませて薄くして、さらにこっちの緑をもっと水含ませて、さらにもう一つ緑のバリエーション増やすと、それっぽくなるよ。これ描いてるんでしょ」
「え?あ、はい。ありがとうございます」
黒田先輩はたまに的確なアドバイスをくれて、少し助かってる。
美術の知識はこの部活に入って結構蓄えられたと思う。
実践できるかと言えば、わからないが。
「大丈夫。藤本ちゃんは少しずつやってれば、ちょっとずつ上達するから。まだあと二年…はないか。一年半くらいあるんだよ。わたしなんかもう半年で引退なのに」
「先輩も、来年度になったら、引退しちゃうんですね」
「なにそれ。そりゃあね」
と笑いながら先輩は言う。
なんだかんだで、黒田先輩は楽しいから、引退するのが惜しい。寂しい。
今度から黒田先輩にからかわれに部活行こうかな。
あ、でも、それじゃあまるで、黒田先輩に会いたいみたいじゃないか!
「ん?どした?寂しそうな顔したり、慌てたりして。藤本ちゃんは表情がころころ変わって面白いなあ。かわい」
っと、私の頬をつんつんしてくる。
…けど、集中できない。
「藤本ちゃん、好きな人とかいないの?」
美術部の人たちは結構こういう話が出ることが多い。
「私は…特にいませんけど。」
「そーなの~?ざんね~ん。好きな男の子とかいると思ったのにい~」
「好きな、お、おとこのこ!?」
「そうでしょ?あ、もしかして、ほんとはいるんじゃないの~?」
「い、いませんよ!そんな!ね!」
「藤本ちゃんわかりやすすぎ」
「いや、そうじゃなくて!」
「じゃあ、なに?」
「…今日は、私、帰ります」
「え~なんで~私なんか悪いことした~?」
「えっと、わかんないです」
そう言って、私は描いていたものを石膏像のたかしくん―この名前はずっと上の美術部がつけたらしい―の隣の乾燥棚にひょいっと入れる。
この棚は、たかしくん乾燥棚と呼ばれてる。
そして絵の具をちょちょいっと洗い、美術部の棚に入れる。
そしてそそくさと帰る準備をし、足早に美術室を出た。
「藤本ちゃん、なんかごめんね」
「いや、多分先輩のせいじゃないです」
「あらそうなの?」
「多分、自分の気持ちがいまいちわからなくなったんだと思います」
「そっか…気を付けてね」
「ありがとうございます」
そして、玄関に向かった。
私もなんでこんな気持ちになったのかわかんない。
私は…男の子が好きなのかな?
道路に出て、通学路を黙々と歩いた。
「確かに、香華のことは普通の友達だと思ってるし…邦子や由紀もちゃんと友達だし…作実や晴海は…?」
「ん?私がどうしたの?」
「うわあああ!びっくりした!」
気持ちが声にもれていたみたいだ。
「やっほ、あき」
「あ、うん。今日、部活は?」
「ああ、早退した。今日ちょっと歯医者あるから」
「なるほどね」
「なんか悩んでる?」
「あ、まあ、ね」
「どんなこと?私でよければ相談乗るよ」
「うん、まあ、ね」
「ん?なに?」
「私って、男の子が好きなのかな?」
「そういうことか。ちなみに、いま、好きな人いるの?」
改めて考えると、好きな人っているのかなあ。
晴海とか?…晴海?
「まだ、わかんない」
「そっか。まあ、ゆっくりでいいと思うよ。そういうことは。私もそういうことは強要するわけじゃないし、好きなのは人それぞれだから」
「ありがとう。ねえ、晴海ってどう思う?」
「ああ、晴海?いいやつなんじゃない?私あんま関わったことないからわかんないけど」
「あ、まあ、そうだよね。ごめん」
「うん、じゃあ、またね」
「じゃあね。おつかれ」
そう言って、分かれ道に差し掛かり、香華と別れた。
私は、何を悩んでいるのか分からなくなってきた。




