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夏夜に描いた青の願い

作者: 春江紗奈

一人の少年が、商店街を歩いていた。

夕方の人通りの多い時間帯。今日はいつもに増して人が多い。

提灯はぼんやりと温かく周りを照らし、若い女性が纏っている浴衣には色鮮やかな花が咲いている。

ああ、そうか。今日はお祭りなんだっけ。


「なにもこんな日におつかいなんて頼まなくても」

少年は独り言を呟きながら、人の波をかき分け、目的の店へ向かう。


「坊主、お使いか。偉いなー!」

力加減の下手な店の親父に頭を乱暴に撫でられる。適当に流して払い除けると、頼まれたものを受け取った。

周囲の喧騒も、店の親父のからかいも、全てが全て、煩わしい。


「きゃっ!」

来た道を引き返そうと振り返ると、小さな悲鳴とともに何かにぶつかる衝撃を覚えた。

見ると、自分と同い年くらいの少女が尻餅をついている。

面倒に思いながらも、少女に手を貸して立ち上がらせると、少年は家に帰ろうと再び歩き出した。


が、後ろから腕を掴まれ引き留められた。掴んだのはさっきの少女だ。見れば悲しげに表情を曇らせている。

自分が泣かせてしまったのかと内心焦りながら、今にも泣きそうな少女に事情を聞くと、親とはぐれてしまったという。

さらには、一緒に探してくれと。

少年は早く帰りたい思いで断ろうとするが、少女が再び泣きそうな顔をしてしまった。

大きく溜息を吐くと、少年は仕方なく一緒に親を探してあげることにした。


少女の親を探して商店街を歩く二人。しかし周りはすっかりお祭りムード。

どこからか聞こえてくる軽やかな祭囃子や響き渡る太鼓の音色。

道の両端に並んだ屋台からは美味しそうな焼きそばやカステラの匂いが漂い、射的や金魚すくいに夢中になる人は皆、楽しそう笑顔を浮かべている。


「ねぇ、遊ぼうよ!」

少女の声に、少年は知らず知らずのうちに心が躍っていたことに気が付いた。

そんな誘惑に勝てるほど、少年の心は冷めてはいなかったらしい。

一足先に浮足立った少女の手に引かれ、二人も一緒に祭りを楽しみ始めた。


「これ、やるよ」

目当てのヨーヨーが釣れず、半泣き状態の少女に、少年はそれを手渡した。

「いいの!? ありがとう!」

瞳をキラキラと輝かせて、溢れんばかりの笑顔を向ける少女。少年は咄嗟に目を背けた理由がわからなかった。


射的にくじ引き、たこ焼きにわたあめ。楽しいもの、美味しいものに囲まれて、二人の夜はとっぷりと更けていく。

次第に花火が打ち上がり始めると、二人は本来の目的を忘れ、夜空に咲いては消えていく、大きく煌びやかな花に目を奪われた。


最後の花火が打ちあがる。祭りもこれでおしまいだ。

気付けばすぐ横にいたはずの少女が、数歩離れた場所にいた。

「ばいばい!」

少女は少年に笑顔で手を振ると、人ごみの中へ消えていった。


あっさり姿を消した少女に呆気にとられながら、少年は一人取り残された。

もしかして、親が見つかったのだろうか。それならいい。もうあの子はきっと泣かなくて済むのだから。

寂しさに一瞬胸がちくりと痛むけれど、本来の目的を思い出した少年は、言い聞かせるように一人ごちた。


(楽しかったなぁ。……そういえば、名前、聞いてなかった)

名も知らぬ少女と、過ごした時間。

それは、確かに短い時間だったけれど、少年にとってはとても密度の濃い、幸せな時間だった。


家に帰ると、少年は母に怒られた。お使いの途中だったのだ。当然であろう。

けれど、怒られているというのに少年がどこかすっきりしたような顔をしていることに、母は気が付いた。


「お風呂、入っておいで」

告げる母の口元は、柔らかく弧を描く。

久しぶりに見た少年の楽しそうな様子に、母も喜びを隠せない。


部屋に戻った少年は、扉の傍に一枚の紙が落ちていることに気が付いた。

それは、少し前に笹の代わりにと、窓に吊るしていた短冊。

そういえば、何を願ったんだっけ。


拾い上げて目にしたその内容は、


「一緒にお祭りに行ってくれる友達が欲しい」


何かの気配を感じて窓の方を見てみれば、

そこには、月の光に照らされて光る、青いヨーヨーが転がっていた。

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