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婚約破棄系王子  作者: 風見 十理
第三王子の場合
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3-2



***



 独身の男女が密室で会うことは、外聞が悪い。部屋を開け放つか、第三者と同室するものなので、アールを控え、外には衛兵を配置した。勿論第二皇女側も壮年の男性を控えさせている。


 二度目の対峙では、第二皇女はしっかりと僕を睨んできた。想定内のことなので、敵意を流しながらふと第二皇女の容姿を見てみる。

 ストロベリーブロンドなど言っていたけれど、やはりただの赤っぽい金髪にしか見えない。瞳だってサファイアの方がよほど綺麗だろう。まあ美人といえば美人だろうが、大した感慨が浮かばない。

 値踏みした視線がますます相手の怒りを買ったようで、早速第二皇女が噛み付くように責める。


「その目、本当にありえないわ! ヴュルテンベルク皇女からの求婚を蔑ろにした上に、この私を見下すの? 小国のアウスレーゼごときが私に歯向かうことができるというの?」


「僕は求婚を蔑ろにした覚えはありません。ここ数年の求婚の手紙等をすべてあらためましたが、貴女からのものはありませんでした。よって求婚された覚えは僕にはありません」


「なにを……この求婚を無かったことにするというの!? 握りつぶして、また他の女性を侍らすつもり? どれだけ私を小馬鹿にすれば気が済むというの!」


 第二皇女が激昂して立ち上がるけれど、僕は動かない。

 近くで布擦れの音が聞こえたが、これも気にしない。


「では、公式に求婚すればよかったのでは? 貴国からの正式な政略結婚の申し込みなら、僕は断る術を持ちません。他に婚約者を作るなどできません。何故私文書にされたのか分かりかねます」


 ぐっと口を噤み、そんなことできるはずがないと小声の呟きが聞こえる。

 もう大分情けないことになっているけど、もう少し。


「そもそも、何故皇女殿下である貴女が、僕のような小国の第三王子を選んだのか理解できません。王位なら決まってはいないと言っても、僕よりも兄の方が有力ですし、まして僕は散々婚約破棄している『捨てられ王子』で、外聞は良くありません。良いのは顔ぐらいです」


 満面の笑顔を見せつけてみれば、第二皇女は歯軋りするような悔しそうな顔を見せた。


「この……そうよ、こんな男がなんで! 私の美貌には全くなびかない鈍感で、この私の求婚をあっさり断る、この男が……!」


 真っ赤になって震えている様子から見て、彼女のプライドを傷付けてしまったようだ。僕は女性には真摯だから、故意ではない。ただ今回はこちらの事実を伝えただけだ。

 なにやら僕を試していたような口振りだが、そんなことは知らなかったのだから。


「貴方が悪いのよ! 昔の求婚なんて忘れて、他の令嬢とどんどん婚約するから! どんな性根腐った男なのかと、陥落させてゴミのように捨ててやろうとしていたのに!」


 叫んだ彼女は、途端僕の背後に目をやって、ヒッと短い悲鳴を上げた。

 それは仕方ないだろう。僕だって、さっきから振り返りたくもないほどの怒気を背後から感じている。

 すっと、後ろの気配が僕の横に移った。


「止めなさい」


 アールから、冷え切った声が発せられる。射るような冷たい目で、第二皇女を見る。

 これはきっとまずいだろうが、多少何かあったとしても人目がさほどないので、僕は何も言わない。


「おまえ、何の為にここに来たの」


「え、私は、お姉様の為に……」


「聞いていた内容と違うようだけれど?」


「それは」


 聞いていた内容?

 はてなんだろうかと首を捻っていると、アールが優雅な裾捌きで、僕の目の前に立つ。


「第三王子殿下。謝罪の為、再度名乗らせてください。……わたくしは、エアステ・アール・フォン・ヴュルテンベルク、ヴュルテンベルク帝国第一皇女です。この度は妹のミルヒが無礼を働きまして、申し訳ございません」


 ……。

 え、とか、は、とか言葉にならない声が漏れたと思う。そして、開いた口が閉じない。

 朗々と名乗った彼女は、僕の状態などそっちのけで、すぐに第二皇女に振り返った。


「ミルヒ、まずおまえがすべきことは殿下への謝罪でしょう。その態度はなにかしら」


「違うの、お姉様、これはお姉様が侍女にふんしてまで側にいようとする男が、本当にお姉様に相応しいか見極めたくて」


「そんなもの、いらない。私が判断するもの」


 ばっさりと切り捨てたアール……でなく第一皇女は、呆然としている僕にようやく気付き、慌てたようにまた向き直った。

 あれ、無表情でないな、と僕の頭は半ば現実逃避を始める。


「殿下、申し訳ございません。本当は第一皇女だと名乗り出すつもりはなかったのですが、あまりにも妹が暴走するもので腹に据えかねて」


「……いや、ア……ではなくて第一皇女、殿下。貴女が僕のようなものに頭を下げてはいけませんよ」


「アール、いえ、エアステで結構ですわ。敬語も不要です。アールの時と同じように接してください」


「いえ、第一皇女と聞いてしまえば、そんな態度は取れません」


「では、ヴュルテンベルク帝国第一皇女として、アウスレーゼ王国第三王子に要求します」


 権力を盾にされた。断れない。

 僕は深く息を吐き出すと、覚悟して顔を上げた。


「……要求を飲む。色々聞きたいことがあるけど、そうだな、まず、第二皇女殿下は何をしに僕に会いに来たんだ?」


 話を振られた第二皇女はびくりと身体を揺らす。今度は恐怖に震える姿を見れば、どうやら姉が無表情を超えた目で見ているようだった。傍から見ても、威圧感がすごい。


「謝罪のためです。妹は先日、私が仕えている殿下が気に入らないと、配下の者を差し向けたのです」


「差し向けた? ……まさか」


「はい、カッツ・ラントという男爵令嬢です。妹はあの猫に殿下を籠絡させようとしていました。ところが婚約者がいる王子とだけ聞いていたようで、あろうことか第二王子殿下に向かい、大変なご迷惑をお掛け致しました」


 あの男爵令嬢の目当ては僕だったなんて! ミュラー兄上はとばっちりじゃないか!

 嫌な汗が流れる。

 確かに僕は婚約者がいても、いない扱いを受けていた『捨てられ王子』だけども、それがこんなことになるとは。


「第二王子殿下には私が謝罪済みです。あの猫はこちらに引き渡していただきました。こちらで相応の処分を致します」


 またしても第一皇女に睨まれた第二皇女は、冷や汗をかきながら、震える口を開く。


「も、申し訳、ございません……」


「殿下はおまえを見ても靡くことはない方。試す必要などないのよ」


 第二皇女は姉の第一皇女を心配して、僕を試そうと、いやあわよくば引きずり落とそうとしたのか。

 それは構わないが、一番気になるのは。


「それで……遊学中のはずのエアステ皇女殿下が、僕の侍女をしているのは何故だ?」


 ふと顔を向けて来た第一皇女は、先程の無表情などどこへいったのか、もじもじと恥じらう。

 まるで恋する乙女だ。刺激が強すぎる。


「私が、殿下に会いたかったからです」


「僕に?」


「はい。しかしお会いしに行こうにも、我が国はゼクト家に乗じて、アウスレーゼ王国を支配する心算でした。そこで二年前、我が国をゼクト家より手を引かせ、ゼクト家の謀反の証拠を手土産に、第一王子殿下と宰相を伺いました」


 さらっと言われたけれど、とんでもないことを言ってないだろうか。

 リース兄上が得た反逆の証拠と隙は、この第一皇女からもたらされたということ。しかも理由が僕に会う為なんて。

 先程から僕は悪いことはしていないのだが、やはり汗が止まらない。


「彼らには滞在の許可と、表立っての滞在の隠蔽の協力を約束してもらいましたが、条件としてすぐに直接殿下にお仕えするのではなく、不用意に目立たない為に侍女候補としてこの城で働き始めました。他にも様々な条件がありましたが、殿下付きの侍女にのし上がったのは一年前です」


 大変悔しそうな顔をして、第一皇女は言う。

 ああ、リース兄上、第一皇女まで好意を利用して、散々条件を付けて良い様に使ったんだな。宰相にやられたことをやっているじゃないか。

 それにしてもやはり、兄上もアールが第一皇女と知っていたのか。言い方が確かに妙だった。


「じゃあ最後に。僕に会いたかった理由は、何か?」


 第一皇女の頰が薄っすらと染まっていく。

 だからそういう態度は心臓に悪い。鼓動が早くなるじゃないか。


「片想いと、求婚されたからです」


「……僕は貴女に正式に求婚した覚えはないけれど?」


「ええ、正式には。先日の、 『万一婚約破棄されたら、あなたと婚約しましょう 』という言葉は覚えておいでですか?」


 頷きだけで返すと、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「では、まだ有効ですね」


 第一皇女は表情を引き締めると、背筋を伸ばす。そして、お仕着せのドレスを指で軽く摘み、震えもなく身を低くする。右手は左胸に。

 帝国女性の最大級の礼だ。侍女姿にも関わらず、彼女のその姿は一朝一夕では身につかない優雅さと気品さがあった。


「私、エアステ・アール・フォン・ヴュルテンベルクは、貴方様の求婚をお受けいたします」


 僕はその言葉を理解して固まった。

 瞬間、このタイミングを逃すまいと、第一皇女が鋭い声を上げる。


「ミルヒ、書記長。今の言葉を聞きましたね?」


「はい、第一皇女殿下」


「そんな、お姉様……!」


「二人をこの婚約成立の証人とします。即刻帰国し、皇帝陛下に連絡なさい」


 第二皇女に控えていた壮年の男性、どうやら書記長だったようだが、いつの間にやら記録した物を持って、臣下の礼をとって退室した。

 残された第二皇女は、彼が出て行った扉の先と第一皇女を慌てたように何度も目をやっていたが、溜息をひとつつくと、姉に負けない人を射殺さんばかりの目を向けてくる。


「お姉様を泣かせたら、今度こそ絶対に許さないから!」


 覚えてなさい、と去り際に置いて言った言葉は、少々震えて湿っていた。


 あっという間に二人きりになってしまった。

 少し逡巡していると、第一皇女は肩の力を落とすように息を吐き出した。


「そういえば、殿下。先程ミルヒに問うていた、何故殿下なのかという質問ですけれど。私への問いかけのようでしたが、今お答えしても?」


 彼女は不服そうに言う。

 ……もういいか。

 僕はつい、整えた髪をがしがしと搔いた。


「いや、結構だよ、先日聞いたから。だけど、確かにあの問いは貴女宛の質問でもあった。貴方が第一皇女だと、僕は知っていたからね、エア」


 驚愕に瞠目する第一皇女は、またしても僕が初めて見る表情だが、今回はしてやったりと笑みがこぼれる。


「あの、いつから」


「僕付きの侍女になった時だから、一年前ぐらいだな。他の侍女と一線を画しているし、名前がアールとそのまま、容姿だって昔と同じ。しかも第一皇女は遊学中だというから、調べるまでもなかった」


「……エアが私だと知っていたのですか?」


「勿論。最初の婚約者であるフラウ・ゼクトと常に共にいたエアと名乗る令嬢、条件付きとはいえ求婚した相手だから、調べたよ。ヴュルテンベルク帝国の第一皇女と知った時は驚愕した。フラウが亡くなってからゼクト公爵家が本格的に動き出した為に、エアに会える機会を失ったものだから、身分からしても二度と会うことがないだろうと諦めたんだ」


 目の前でまだ衝撃から立ち直れていないらしい第一皇女ーーエアは、ヴュルテンベルク帝国の長子で、我が国と同じく帝位継承権が皇帝より選ばれて与えられる中、次期女帝に一番近いと言われている『氷の皇女』だ。


「だから、貴方が僕の侍女として何食わぬ顔でやって来て、何が目的が見極める必要があった。只でさえ帝国とは決して良いと言える関係ではないのだから、エアのことは気付いていても伝えなかった」


 まさか、昔のまま、好意を向けられていたとは思っていなかったが。

 ようやく我に戻ったらしいエアは、恥じ入るように俯く。


「私の親友フラウは、とても私を煽るのが上手で。私が殿下を見初めたと気付いてからすぐに自分が殿下の婚約者となり、ゼクト公爵家で私が殿下に会いやすくしました。もともと重い病で余命幾ばくかの彼女は、そのまま心移りの婚約破棄をして、私に殿下を譲るつもりだったのです」


 確かに、思い返せばフラウは僕とエアをとにかく一緒にいさせて、遠くからにやにやしていることが多かった気がする。時折見せつけるようにべたべたと僕に戯れてくることも。


「誤算だったのは殿下が婚約者に誠実だったこと。なんとかフラウの協力を得て婚約破棄前提の求婚をしてもらったものの、会えなくなってから他の令嬢と婚約したと聞いたものですから、目の前が真っ暗になりました」


 ふと、間が空いた。

 まだ俯いているが、エアからは冷え冷えとしたものを感じる。


「帝国では、欲しいものは自分の手で手に入れろ、が教訓でして」


 ちらりと見上げられる顔は、『氷の皇女』の顔。わかっているだろうという確認だ。

 勿論、わかっている。恐らく僕の婚約破棄について、エアが手を回したんだろう。

 詳細はわからないが、公女との婚約については、横槍を入れて現在公女の婚約者なのは彼女の弟の第二皇子だ。当然、最後の婚約破棄の裏にも帝国の影がちらついていた。


「第二皇女を派遣したのも作戦のうちか?」


「あれはあの子が貴方を気に食わなかっただけ。でも勿論、利用させていただきました」


 第二皇女の暴走だったか。第一皇女が目的不明で王城に乗り込んでいる時に、第二皇女までが求婚を無視されたといきなりやってくることに頭を抱えていた僕は一体。

 いや、とにかく。

 既にアールの時と同じ無表情に戻っている彼女を見やる。

 そもそも、リース兄上が、いや僕が、彼女が第一皇女と知った上で城内にて放置した時点で、この結末は決まっていたことだった。

 ただ僕が、あとは腹を括るだけだった。


「やはり一度確認させてもらう。エアステ皇女は、本当にこの僕でいいのか?」


 彼女は艶やかに笑った。


「欲しいものは手に入れると、先程言いましたでしょう」

 

 手段はともかく、求められるのは悪い気がしない。ただし、先にこちらから求婚していたとしても、遥か昔の約束を相手から持ち出されるのは僕の沽券に関わる。


「では、仕切り直しを」


 膝をついて右手を左胸に。心臓を相手に捧げる意味を持つこの作法は、帝国の最敬礼だ。


「エアステ・アール・フォン・ヴュルテンベルク帝国第一皇女。運命的にも幾度も婚約破棄され、捨てられ続けた私ですが。このシルヴァン・フォン・アウスレーゼと、婚約していただけますでしょうか」


 時が止まったように一瞬動きを止めた第一皇女は、すぐに内容を理解して声を上げて愉快そうに笑った。

 しかしその頬は薔薇色に染まり、深海の蒼い眼が奥でほんのり煌めく。輝かんばかりの喜色に彩られた彼女のすべてが、僕の心を揺らす。


「はい、勿論です。婚約破棄していただいてありがとうございます。だたし、五回目はさせませんわ」


 僕は触れられた右手を取って立ち上がり、笑みを返した。

 いままでの婚約破棄も、ここに至る為ならば、なんとはなく納得できるかもしれない。兄上達と同じような関係を築き始めることができるかもしれない。


「ところで……、僕は婿入りすればいいのか?」


「あら、この国の国王になるつもりはないのですか?」


「え?」


 波乱もまた、始まったばかりかもしれない。





第三王子の場合 完 / 婚約破棄系王子<完>

本編はこれで終わりです。お読みいただきありがとうございました。

次は余談です。

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