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  作者: 月影輝
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17歳の嘘(1)


 子供は、昔の頃の事なんかこれっぽっちも覚えていない。七五三のお参りで初めて

触れた氷の彫刻に驚きつつ、手が真っ赤になるまで触っていたことも、5歳の誕生日

に初めて補助輪無しの自転車に乗って転んだことも、小学校の運動会で1位を取った

ことも、高二の優花は綺麗に忘れてしまっている。


 自分は、どうだろうか?もう少し覚えている気がする。当時流行っていた着せ替え

人形を買って貰って大喜びしたことも、初めてタクシーに乗って興味本位で走ってい

る最中にドアを開け、大怪我したことも、誕生日プレゼントで本を沢山貰ったことも、

まだ裕美の頭の中ではちゃんと光景として残っている。年に数回会う姉や妹と昔話を

すると、思い出の量の違いや薄さに驚かされる。もっとも、裕美は人生の半分を過ぎ

た四十七歳のおばさんであり、当の優花は花も恥じらう十代の乙女・セブンティーン

だ。今どきの若い子は、過去を振り返る事はしない。いつだって、今に夢中なのだ。


 その娘が、母親をドキリとさせる言葉を口にした。クリスマスイブの晩、友達の家

に泊まると言い出したのだ。これまでにも、そのような外泊は多々あったが・・・


 その夜、処女を捧げるんだな、と母親であり、女である裕美にはすぐにピンときた。

きっと、こんな言い方は、古くて。「初エッチ」とか「○○デビュー」とか、言うの

だろうけど。


 ともあれ、優花はその気でいるのは確かだ。友達の家と言うのは、嘘だろう。もと

もと、嘘をつくのは嫌いだし、つかれるのも嫌いな子が、オドオドしながら目を逸ら

して話しているし、早口になってるし、額には汗をかいている―。誰だか知らないけ

ど、最近彼氏が出来たのは知っているが。その彼氏と初めてのセックスをしようとし

ている。


 裕美は困った。自分は、娘に対してどういう態度をとればいいのだろうか。躾の厳

しい家庭なら、「外泊なんてとんでもない!」と目を吊り上げて怒るだろう。そんな

ことをしたら親子関係がたちどころに悪化するであろう。問答無用で押さえつけたこ

とは、これまで一度もなく、常々理解ある親でいたいと努力してきたつもりだ。


「パパに聞いてみるから」


 告げられた時は、裕美はそう言って逃げた。勿論、夫の明広に相談することなどあ

り得ないのだが。明広に言おうものなら、怒りだすに決まっている。男親は、娘の純

潔を信じて疑わない種族なのだから。優花を呼んで叱りつけ、その反発で裕美に当た

り散らすだろう。


 説得するか、認めるか。認めた場合、どうやって明広を欺くか。裕美に残された選

択肢はそれしかなかった。


 クリスマスイブ、か―。裕美はリビングで珈琲を飲みながら、ため息をついた。十

七歳の女の子が考えそうなことだ。優花はきっと、当日の下着まで決めていることだ

ろう。髪を綺麗にセットし、念入りにメイクをし、どこかの男子高校生に抱かれにい

くのだ。


 そう思ったら胸が締め付けられた。なんとか阻止出来ないだろうか?いずれは、経

験するものとしても、高校生では早すぎる。相手の事だって、きになる。周りに影響

されてしまいやすい年齢でもある。


 今年は、珍しく十二月でも暖かい日差しがある。


「ねぇ、クリスマスイブの日って、忙しい?」


 イブまで、あと五日に迫った夜、深夜十二時近くに帰ってきた明広に裕美は聞いた。


「イブ?なんかあった?」着替えながら、気のない返事をする明広。


「んー、たまには家族で外食っていうのもいいかなって思ってね」


 裕美が考えた案だった。そもそも、クリスマスイブは、家族で過ごすものだ。父親

が、クリスマスイブに、「飯食いにいくぞ」と言い出せば、それが優花を諦めさせる

口実になる。


「年末だぜ?」明広は、即座に顔をしかめた。「昼間は得意先回り、夜は会議。一番

忙しい時に、部下に残業をさせて自分だけ帰れるか」


 夫は、小さな会社ではあるが、専務をしている。月の半分は、出張でいない。


「でも、あなたが帰れば、他の社員さんも帰れるでしょ?喜ぶんじゃない?」


「馬鹿言うなって。そんなこと出来る訳ないだろ?」


 とりつくしまもない。ならば、いっそのこと泊りがけの出張にでも行ってほしいの

だが、そうなると優花の外泊を後押しすることになるし、自分が一番矛盾している。


「じゃ、お寿司でも出前とってたべようかな?」不満そうに言うと、「いいよ。そう

しなよ」と今度は宥めてくる。外に働きに出ている夫とは、呑気なものだ。家の中の

事なんて、何もしらないでいる。


 仕方がないので、裕美は優花を牽制することにした。少なくとも、外泊を認めてい

る訳ではないことは伝えておきたい。


 学校から帰って自分の部屋に行こうとした娘を呼び止め、キッチンで話をした。話

といっても、夕飯の支度をしながらの立ち話。優花も椅子に腰かけることなく、立っ

たまま。早く退散したがってるのが、ありありとわかる。


「愛美ちゃんの家って、友達を泊める部屋はあるの?迷惑なんじゃない?」


 裕美が聞いた。愛美ちゃんというのは、同じクラスの女の子で、何度か家にも遊び

に来ている。派手な感じではなく、どことなく優花に雰囲気が似ていて、挨拶もしっ

かりしている。


「愛美の部屋に蒲団敷いて貰って寝るから平気。晩御飯だって自分達で作るし」


「じゃぁ、愛美ちゃんのお母さんに挨拶の電話入れなきゃ。お世話になりますって」


 台所仕事の手を止めて、振り返る。


「いいよ。そんなことしなくたって」


 たちどころに、優花が動揺した。顔が真っ赤。これだから、子供の嘘は簡単にわか

るのだ。


「だめよ。挨拶もなかったら非常識な親だと思われちゃうじゃないの。それから、お

母さん、鶏のから揚げとか、春巻きとか、作ってあげるから、それを持っていって。

二十四日は、終業式だし、早く終わるんでしょ?」


「いいって。学校帰りに行くんだから。荷物も持ってくし」


「じゃぁ、挨拶だけでも・・・」


「しなくていい!」優花がムキになり、裕美を睨む。


「でも、お世話になるんだし。電話の一本位・・・」


「私からちゃんと挨拶するし、そんなことしなくていい!」


 優花はぶんむくれると、踵を返し、キッチンを出ていった。階段を駆け上がり、部屋

のドアを大きな音を立て、閉めた。余り追い詰めると、ますます頑なになるし―。この

場は、少し様子を見ることにした。嘘がばれるのを恐れて、いっそ中止になってくれた

ら、一番いいのだけど。


 裕美は、外泊先の家に電話をするのは避けたいと思っている。きっと、愛美ちゃんと

は、口裏を合わせられても、その母親までは丸め込めないだろうから。連絡を取り、嘘

がばれれば、優花は噴火するであろう。そして、嘘をついたことを反省するより、母親

を怨むことだろう。自分もかつて十代だったからこそわかる。子供はすねると、親を困

らせようとする。自分が不利益になっても、親の困った顔を見る方を選ぶ。それが、子

供の復讐だ。裕美が一番恐れているのは、親子の信頼関係が崩れること。


 夕飯は、父親抜きの二人で食べた。不機嫌そうな優花は、急いでご飯を食べ、二階へ

と消えていく。


 テーブルに一人残された裕美は、ぼんやりとテレビを見ながら食事をした。どこの家

庭もそうなんだろうが、子供が大きくなると家族はバラバラになる。


 どうやら、今年のクリスマスイブは、一人で過ごすことになりそうだ。ついそう思い、

裕美は一人かぶりを振った。優花の外泊はなんとかして、阻止したい。いずれ、親元を

離れるとしても、今だけは・・・この時期だけは、家にいて欲しい。

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