9話「ろりぃた・こんぷれっくす」
ようやくヒロイン(?)登場
「ユースケ……女の子を誘拐するのは、犯罪なんだよ?」
「ちげぇよ!!頼むから俺の話を聞いてくれ!!」
宿の一室。
僕が優しく諭すように言うと、ユースケが目を剥いて抗議してきた。
でも何度今の状況を確認しても、ユースケに情状酌量の余地があるとは思えない。
扉の前に立って僕らに必死に弁明しているユースケ。
その背後に隠れるようにして立つ、見た目8歳ほどの幼女。
彼女はユースケの腰のあたりから、こちらの様子を窺うように怯えた様子で顔をのぞかせている。
よく見てみれば幼女の頭の上には犬耳らしきものが。
獣耳っ娘か。確かに魅力的なのは分かるけど、誘拐してきちゃダメでしょユースケ。
「だーかーらー!!話を聞いてくれよ!これには理由があるんだって!!そんな犯罪者を見るような目で俺を見るな!」
「……などとユースケ容疑者は供述しており」
「違う!!俺は無実なんだぁああああ!!」
ヒロユキの茶化しに頭を抱えるユースケ。
まったくヒロユキめ。今はユースケを茶化している場合じゃないだろう?
「はやくこの変態を衛兵に突き出さないと。幼気な幼女をたぶらかすなんて許すまじ」
「わぁ!!待て待て!!聖剣を抜くなハルヒコ!!」
僕が腰の剣を抜きながら犯罪者ににじり寄ると、ユースケが幼女をかばいながら後ずさる。
無垢な幼女が魅力的なのは理解できるけど、実際に手を出しちゃおしまいだよ。
Yesロリータ、NOタッチ。
この原則を守れない紳士に生きる資格はない。
「……と冗談はこれくらいにして。剣をしまえ、ハルヒコ」
僕がこの変態に断罪の刃を食らわせてやろうと聖剣を振り下ろそうとすると、直前でヒロユキがため息をつきながら僕を止めてきた。
ちっ。僕は冗談じゃなく本気で目の前の変態を切り刻もうと思っていたんだけど、ヒロユキに言われたんじゃしょうがない。命拾いしたな、ユースケ。
「……で。ユースケはなんでいきなり見ず知らずの幼女を連れ帰ってきたんだ?お前は奴隷解放の事後処理をしに行ったんじゃないのか?」
先日僕たち三人が暴れた一件。
貧民街にあった奴隷商館をまるまる一つ吹き飛ばしたせいで、そこにいた奴隷たちの多くが行き先を失ってしまった。ほどなくして騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵たちに元奴隷たちの世話を頼んだのだけれど、僕らのせいで彼らが住む場所と仕事を失ってしまったことに変わりはなかった。
なのでユースケにはそんな奴隷たちの処遇について便宜をはかってもらえるよう、王城に行ってきてもらっていた。この国の王は基本的にお人好しな人だし、魔王を倒した僕らの口利きもあれば元奴隷たちも国に手厚く保護してもらえるだろう。そんなヒロユキの提案がきっかけとなり、じゃんけんで負けたユースケが王城へ出向くことになったのだが……まさか幼女を連れて帰って来るとは予想していなかった。
「俺だって連れてくるつもりはなかったんだけどよ……こいつが、俺についてくるって聞かなくてさ」
困ったような顔をしながらユースケが幼女の頭にポンと手を置く。そのまユースケに頭をまわしゃわしゃと撫でられて、幼女はにへらと間の抜けた笑みを浮かべた。かわいい。
「……そもそも、その子はいったい誰なんだ?」
ヒロユキの疑問は、まさに僕も感じていたことだ。
僕の知る限り、僕ら三人に幼女の知り合いはいない。そもそも女の子の知り合い自体が片手で数えるほどしかいないのだから、幼女の知り合いなんているはずもない。
僕とヒロユキが疑問に満ちた顔で幼女のことを見つめていると、幼女がおずおずとユースケの後ろから出てくる。
「………あ、あの。先日は、ありがとうございました」
ん? 先日? ってことは、僕はこの幼女に会ったことがあるのか?
僕が首をかしげていると、ユースケが補足して説明してきた。
「こいつはこの間の奴隷商館にいた奴隷の一人だ。ほら、奴隷商が蹴とばした檻の中に閉じ込められてただろ?」
そう言われ、僕は改めて幼女をまじまじと見つめる。
肩まで伸びた黒髪。可愛らしい顔立ち。頭からぴょこんと飛び出た一対の犬耳。お尻から生えたふさふさの尻尾は、ゆっくりと左右に振られいる。
……この子が?あの時の女の子?
耳や尻尾は薄暗いせいで見えなかったんだろうけど、それでもこんなに可愛い子だったっけ?
服は綺麗になっているし、お風呂にも入ったようだけど、身綺麗にするだけでこんなに可愛い子になるとは思わなかった。女は化けるとはよく言うけれど、こんなにも変わるものなのか。
「……え、と。わたし、リリアって言います」
僕が驚きで言葉を失っていると、幼女がおずおずと自己紹介してきた。僕らの視線を受けて恥ずかしくなったのか、若干俯き気味で顔を赤くしている。
「えーと、リリア?君は奴隷だったの?」
僕がそう聞くと、リリアがこくんと頷く。
ふむ。本当にこの子は先日奴隷商館で会った子らしい。
でもそうなると……
「……リリア。なんで君はユースケに着いてきたんだ?俺たちが王に進言したから、あの奴隷商館にいた者は国から手厚い保護が受けられるはず。ユースケに着いてきた意味が分からないんだが?」
僕の疑問を代弁するようにヒロユキが言う。
するとリリアは逡巡するように視線を彷徨わせたあと、ぽつぽつと理由を語り始めた。
「……わたしは生まれた時からずっと奴隷でした。だから、これからどうすればいいのか分からなくて……でも、わたしを奴隷から解放してくれたユースケ様、ハルヒコ様、ヒロユキ様にはすごく感謝していて」
必死な顔で、リリアが言葉を紡ぐ。
「今のわたしには、それしかないんです。御三方に恩返しがしたい。それが出来なかったなら……わたしはどうしていいか、分からないんです。だから御三方に着いて行って、御三方の手助けがしたいんです」
生まれた時から奴隷だった彼女は、奴隷でない生活というものが分からないのだろう。
『何になりたい』とか『何がしたい』とか、そんな年相応の感情が、奴隷として生きてきたがゆえに失われてしまっているのだ。
悲しい話だと思う。
この子くらいの年齢なら普通、親に甘えてわがままを言ったり、友達と遊んだりするものだ。でもこの子は親の暖かさも、友達と遊ぶ楽しさも知らない。年齢以上にしっかりした言葉遣いに、その現実が現れていた。
リリアの告白を聞いて顔を見合わせる僕ら三人。
そんな僕らの様子を見て何の勘違いをしたのか、リリアが瞳を潤ませながら必死に訴えてきた。
「や、役に立たないのは分かっています!!だから、わたしの体を自由に使ってください!!……わたしにはそれくらいしか出来ないから……わたしにできることなら、なんでもします」
な、なんでも……?
それって、もしかしてエッチなことも……?
「「「……(ごくり」」」
おい誰だ。今、生唾を飲み込んだ下衆は?
こんな年端もいかない幼女に何をしようとしているんだ?
僕は小さくこほんと咳ばらいをして、リリアの前にかがみこんで彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「……そんなことする必要はないよ。でも、君は王城に戻って国の保護を受けるべきだ。僕ら三人についてきちゃダメだ」
たしかに僕らには、この子を養うくらいの財力も時間もある。
だけど、こんなむさくるしい男三人と一緒に暮らすなんて、この子に悪影響を与えるだけだ。
僕が断りの言葉を継げると、泣きそうな顔でリリアが叫ぶ。
「お、お願いです!夜のお相手だってできます!!経験はないですけど……商館のお姉さんたちに教えてもらいましたから、きっと上手くできるはずです!」
「よ、夜のお相手!?」
動揺して声が裏返ってしまった。
こんな年の子の口から、そんな言葉が飛び出すなんて……けしからん。実にけしからん。
「……お願いです。お願いします……」
気づけば、リリアの目から一筋の雫が流れ落ちていた。
うーん……困ったな……自分で言うのもなんだけど、僕は女性の涙に弱いんだよ……童貞だから。
「……はぁ、分かったよ。僕らと一緒に暮らそうか、リリア?」
僕がそう言うと、リリアが花の咲くような笑顔を浮かべた。先ほどまでの涙はどこへやら、「ありがとうございますっ」と言いながらぶんぶんと嬉しそうに尻尾を振っている。
「ただし、リリアの面倒はユースケが見てね」
「なっ!なんで俺が!」
「……俺もハルヒコに賛成だ。拾ってきたのはユースケなんだ。責任は持つべきだろ」
「ぐぬぬ……」
歯噛みするユースケ。
そんなユースケを、リリアが瞳を潤ませながら見上げる。
「ユースケ様……わたしがいるのはご迷惑ですか……?」
「くっ……」
やがて犬耳も伏せ、俯いてしまうリリア。
犬耳幼女の悲し気な表情に、ユースケの心も揺れ動く。
それでもやはり子供の面倒をみることが嫌なのか、ユースケが返答を渋っていると、リリアがぽつりと呟いた。
「やはりわたしの体を売るしか……」
「わー!!!分かったから!!俺が面倒みるから!!」
こうして僕らはリリアという名の元奴隷犬耳少女の面倒をみることになった。
しれっとタグ追加している「姫」「聖女」ですが、いつ出すかは不明です。