5話「オークのくせに生意気だ」
ヒマを持て余した僕、ユースケ、ヒロユキの三人は、暇つぶしのために冒険者ギルドに来ていた。
冒険者ギルドに併設された酒場で昼間っから酒盛りをしていた僕たちだったが、入り口の方が何やら騒がしいことに気づいた。何事だろうと受付の方に顔を出し、受付嬢に話を聞いてみると受付嬢は顔を顰めながら言った。
「さきほどオークの巣が発見されてですね。そこに捕えられていた女性が救出されたらしいんですよ」
魔王がいなくなって数こそ減りはしたが、この世界にはいまだに『魔物』と言う存在が跋扈している。
かつては『魔王』に率いられ、人間を恐怖のどん底に陥れた異形の者たち。その強さは魔王直属の部下である『魔族』には遠く及ばないが、いかんせん数が多いため今も各地に存在している。
例えばこの『オーク』がそうだ。
オークは二足歩行の巨大な豚のような外見をしていて、力の強い魔物である。雑食でなんでも食べ、その食欲は尽きることがない。時には人間すらも襲い、食べてしまうという。
しかしオークのもっとも厄介な点はそこではない。
オークのもっとも厄介な点、それは『いかなる種族の雌とも交配可能』というところである。オークには雄しか存在せず、繁殖の際にはほかの適当な場所から『雌』を連れてきて犯し、オークの子供を孕ませるのだ。たとえそれが『人間の雌』であっても。
簡単に言えば、オークは『人間の女をさらって犯して子供を生ませる魔物』なのである。
「女性は酷く憔悴されていて……痛々しくてとても見てはいられませんでした」
受付嬢は顔を俯かせながら言う。
確かに女性であるこの受付嬢にとって、オークにさらわれた女など見ていて気持ちのいいものではないだろう。
オークにさらわれた女性と言うのは、死ぬまでオークの子供を生まされ続けることが多い。生きながらにして豚のような怪物に侵され続け、異形の子供を自分の胎から産む。そんなことに耐えられるはずも無く、オークにさらわれてしまった女性と言うのは例え救出されたとしても心を壊してしまっていることが多いのだ。
「……そっか。ありがとう」
事情を話してくれた受付嬢に礼を言い、僕はユースケとヒロユキのもとに戻る。
二人は戻ってきた僕から何が起きているのか聞いた後、分かりやすく顔を顰めた。
「あー……オークの巣か……」
「……それは確かに面倒かもな」
他人事のように言いながらテーブルの上の料理をつまむユースケとヒロユキを見て、僕はなんだか心がざわついた。
「ユースケッ! ヒロユキッ!」
「分かってるよハルヒコ。俺らで討伐してしまいたいって話だろ?」
僕らの力を使えばオークの巣の一個や二個や十個や百個、簡単に壊滅させられる。
「でも、俺たちはずっと決めてたじゃないか。魔王を倒した後は『過度な魔物討伐はしない』って」
そうだ。僕たちは魔王を倒した後すぐに、ひとつの誓いを立てた。
それは『僕ら自身は極力魔物を討伐しないこと』。
確かに僕らの英雄としての力を使えば、魔物の被害で困っている人たちを助けるのはたやすい。魔物の千や二千くらい僕たちの敵ではないし、それで人々が救われるのなら確かにいいことだ。
でも、もし本当にそれを実行したら。
この世界の人間は僕たちに頼り切りになってしまうんじゃないのか?
それが、ユースケが危惧したことだった。
「……ハルヒコ。ここは冒険者ギルドだ。いわば魔物討伐の専門家が集う組織だ。心配しなくても、じきにオークの巣は壊滅させられるさ」
ヒロユキがしたり顔でそんなことを言う。
確かに冒険者ギルドは『魔物討伐』のために結成された組織と言ってもいい。ここに所属する冒険者は皆、魔物を狩ることで生計を立てている。
……でも、本当に今の戦力で大丈夫なんだろうか。
魔王が存命の時代、冒険者という職業についていたものの多くが命を落とした。魔物討伐の専門家だからこそ、魔王の軍勢と戦うことを余儀なくされたのだ。別に軍や騎士団が戦わなかったわけではないのだが、魔王の軍勢はあまりにも強大だった。熟練と呼ばれる冒険者の多くが魔王の率いる魔物たちとの戦いで死んでいったことを僕は知っている。
「だからこそ、今いる冒険者の奴らには強くなってもらわないといけねぇ。俺たちがいなくても、人々を魔物の脅威から救える『強い冒険者』ってのが必要なんだ。このオークの巣も、言うなればこれから強くなる冒険者たちへの試練ってやつだ」
僕が自分の考えを述べると、ユースケが烏賊の一夜干しに噛みつきながら反論してきた。
確かに、熟練の冒険者が数多く死んでしまったいまこそ、新しい腕利きの育成は急務だ。それは僕も理解している。だけど今回の相手はオークなのだ。
オークは頭の悪い魔物だが、決して弱い魔物ではない。その怪力と突進力は勇者の僕でさえ警戒するほどだ。そんな危険な魔物に新米冒険者たちをぶつけて、本当にいいのだろうか?
しかし僕がどれだけ言っても、ユースケとヒロユキは動かなかった。
二人は僕よりも頭がいい。きっと僕には見えていないものが見えているんだろう。オークの巣を討伐に行かないのも、きっと壮大な理由のためであることも分かっている。
でも僕にはどうしても我慢できなかった。
だから僕は、路線を変更した。本音を言うことにした。
「オークってさ、生意気だよね」
僕の声のトーンの変化に気付いた二人は、怪訝な顔をしながらこちらを見る。だから僕は二人に向けて言ってやった。
「―――勇者である僕を差し置いて、人間の女とセックスしてるんだよ」
「ハルヒコ……」
どや顔でそう言い放った僕に、ユースケは呆れた表情を見せる。
あれ? おかしいな? 僕の気持ち、伝わらなかったのかな?
「百歩譲って、太った不細工な男ならまだ我慢できる。でもオークは魔物だよ? 魔物のくせに人間とエッチだなんて羨ま……生意気だと思わない?」
僕がそう続けると、ユースケはやれやれと首を振って食事に戻る。どうやらユースケの説得は失敗したようだ。……だが、もう一人のムッツリ賢者の方は違った。
「……あいつらは根絶やしにすべきだ。一匹残らず血祭りにあげてやる」
我らが賢者さまは嫉妬の炎に身を焦がしていた。
あまりの怒りからか、周囲にその強大な魔力が漏れ出してしまっている。
「そうだよヒロユキ。その気になれば牛を犯してでも繁殖できるオーク風情に、勇者である僕が女の子を取られる……そんなことあっていいはずがない」
「落ち着けよ二人とも……」
呆れ顔のユースケが諌めるようにそんなことを言うが、もう遅い。三人中二人がオーク討伐に賛成したんだ。多数決には従うべきだよ、ユースケ君。
でも僕は優しいから、ユースケ君にもその気になってもらえるような事実を教えてあげようじゃないか。
「ユースケは許せるの?」
「何がだ?」
気づいていない様子のユースケに、僕は絶対不変の事実を突きつける。
「オークはさ――――非童貞、なんだよ?」
それまで呆れ顔だったユースケの顔つきが変わった。