3話「娼館に入るのに、こんなに勇気がいるとは思わなかった」
この小説では、主人公が童貞を卒業することは決してございません。
童貞の読者様はどうぞ安心して本文をお読みください。
「このままじゃだめだ。だから僕は童貞を捨てようと思う」
いつもの酒場で夕飯を食べている最中、僕は二人に言い放った。
「どうしたんだハルヒコ。頭でも打ったか?」
ユースケは呆れた顔でそう聞いてくるが、ヒロユキが少しだけ目を光らせたのを僕は見逃さなかった。
そうかそうか。ヒロユキはこの話に興味があるのか。じゃあ具体的に話してあげようじゃないか。このムッツリさんめ。
「この前ユースケが言ってただろう?僕がモテないのは『童貞だから』だって。確かに一理あると思ったんだ。女の子が近くにいるだけでドキドキしているようじゃ、女の子を上手にエスコートなんて出来るはずもない」
僕の演説にヒロユキがうんうんと頷く。
『童貞がモテない理由は女の子への耐性が極端に低いことにある』
ヒロユキも常々言っていたことだし、僕も最近実感している。
こないだお姫様に結婚を申し込んだ時だって
「ふひ、ふひひ…ぼ、僕と、けけ、けこ、結婚、しない……?」
とカミカミで言ったからこそ断られてしまったのだろう。
童貞を卒業して女の子と自然に話せるようになっていれば、きっと断られなどしなかったはずだ。
「ハルヒコ……確かにそれはそうなんだけどな…?」
ユースケがため息を吐きつつ同意する。
ほらみろ。童貞を捨てさえすれば僕は女の子にモテモテなんだよ、ユースケと違って。
そう思った僕だったが、その後に続いたユースケの言葉に雷が落ちたような衝撃を受ける。
「ハルヒコは気づいてんのか?童貞を捨てるには……相手が必要なんだぜ?」
一瞬の沈黙。
「そうだったぁあああああああぁあああああああああああすっかり忘れてたぁあああああああああ!!!」
なんてことだッ!
根本的な部分を見落としていたッ!
相手がいないと童貞は捨てられないじゃないかッ!!
僕は頭をガンガンとテーブルに打ちつけながら自分の愚かさを呪う。
「そこのテーブル!うるさいわよ!」とミーナちゃんの怒鳴り声が聞こえてくるけれど、ごめんねミーナちゃん。今の僕はそれどころじゃないんだ。
「いいかハルヒコ。童貞ってのは捨てようと思って捨てられるものじゃないんだ。自分の意思で捨てられるものだったら、俺はとっくに童貞を卒業してる」
ユースケがしたり顔でそんなことを言う。
僕が言うのもなんだが、こいつは「自分は童貞だ」と行きつけの酒場で公言して恥ずかしくはないのだろうか。
「そんなわけでお前の計画は早々に頓挫したわけだ。諦めろハルヒコ。お前は一生、童貞のままだ」
僕の肩にぽんっと手を置きながら、にっこりといい笑顔でユースケが言う。
うっさい。死ね。ばか。
一生童貞なのはユースケも一緒だ。
「一生童貞なのはユースケも一緒だ」
「………あ?」
おっと。どうやら口に出してしまっていたらしい。ユースケが殺意の篭った視線を向けてくる。この視線で人が殺せそうだ。
ちょうどいい。僕もこいつとはそろそろ決着をつけないといけないとは思っていたからいい機会だ。そっちがその気なら、僕もユースケを睨み殺してやる。
「……ひとつだけ。童貞を捨てる方法に心当たりがある」
僕とユースケが額をつき合わせながらガンを飛ばし合っていると、それまでだんまりだったヒロユキが唐突に口を開く。
「「本当かヒロユキ!!」」
僕とユースケが勢いよくヒロユキの方を振り向くと、ヒロユキは自信ありげなドヤ顔でこう言った。
「……娼館に行けばいい」
娼館。
お金を払って女の人とエッチなことをする施設。
「そうだよ!その手があった!」
娼館か!
今まであまりにもそういった機会がなかったから、そんな発想まるで無かったよ。
「さすが賢者!天才だよ!」
「……それほどでも、あるかな」
僕が手放しで賞賛すると、賢者ことヒロユキが恥ずかしそうに頭をかく。
謙遜なんてしなくていいのに。そのアイデアは千金に値する素晴らしいものだ。
「お前ら……」
ふとユースケの方を見ると何やら複雑そうな顔をしている。
ユースケは変なところでロマンチストだからなぁ。おおかた「初めては好きな人と…」なんて幻想を抱いているんだろう。
その点僕はリアリストだからね。さっさと童貞を捨ててモテモテのリア充勇者になるんだ。
「こうしちゃいられない。善は急げって言うし今すぐ娼館に行こう!」
昔の人はよく考えたものだ。
善は急げ。
娼館に行くのは一刻も早い方がいい。
立ち上がろうとして僕が腰を浮かせると、それよりも素早く目を爛々と輝かせてヒロユキが立ち上がる。
…さてはこいつ。
「ヒロユキ…本当は娼館に行きたいけど一人じゃ怖くて行けないから、この場であえて娼館を提案したね?」
僕がそう聞くと、ヒロユキはぶんぶんと首を横に振って否定する。
さすが僕たちのムッツリ賢者。
自分がスケベなことを意地でも認めようとしない。
「おいちょっと待てハルヒコ。俺は娼館に行くなんて一言も言ってねぇぞ」
ヒロユキのムッツリスケベを微笑ましく思っていると、未だ納得していない様子のユースケが仏頂面で言った。
まったくピュアな奴め。
そんなだからいつまでたっても童貞を卒業できないのだ。
僕がジト目で睨みつけると、ユースケは一瞬の視線を彷徨わせた後、言い訳がましくこんなことを言う。
「娼館はほら。性病の危険があるだろ…」
ははは。
性病だって?
これは異な事を言うね、ユースケくん。
「ユースケ…いい加減認めようよ。ユースケも本当は気づいてるんでしょ」
「性病を持つ非童貞」と「性病を持たない童貞」。
僕だったら迷わず前者を選ぶ。
そしてそれは多分ユースケも同じだろう。
「………ちっ」
ユースケもついに観念したようだ。小さく舌打ちをして立ち上がった。
やっと素直になったね。お兄ちゃん嬉しい。
それでは。いざゆかん娼館へ!
***
そんなわけで僕らは夜の色街へと繰り出してきていた。
「やっぱり初めては大事だよね」
幸いお金はたんまりとある。
魔王を倒した報奨金は、ちょっとやそっとの夜遊びで無くなるようなものでは無い。
なので僕らは城下町でも1番の高級娼館の前に来ていた。やっぱり料金が高い方が色々と安心できる。
いよいよだ。
僕は今夜ついに、童貞を捨てるんだ。
高級娼館を見つめながら、僕は一人感慨に耽る。
なぁ、僕の童貞。
思えばお前とは長い付き合いだった。
生まれた時からずっと一緒だったもんな。
そう考えると、もう17年の付き合いか。
いろんなことを一緒に体験してきたよなぁ…
初めての学校も。
初めての恋も。
魔王を討伐した時も、僕はお前と一緒だった。
………。
「ハルヒコ?何泣いてんだ?」
「な"い"でなんがな"いよ"っ……ずずっ…」
「いや、マジ泣きしてんじゃねぇか…」
ユースケが引いた目で僕を見ている。
いかんいかん。
どうやらちょっと感傷的になっちゃってたみたいだ……ずず……
「よしっ!別れの挨拶も済ませたし、娼館に入ろう!」
と、ここまで来て。
不意に僕の体が硬直した。
……。
……………。
落ち着け。落ち着くんだ。
僕は勇者。
『勇気ある者』と書いて勇者だ。
そんな僕に、まさか『娼館に入る勇気がない』なんてことはあるはずがないんだ。
すー はー すー はー
己の中の真なる勇気を引き出すため、僕は深く深く深呼吸をする。
しかしそんな僕の神聖な儀式は、ヒロユキに声をかけられたことで中断を余儀なくされてしまった。
「……ハルヒコッ!あれを見ろッ!」
「なんだよヒロユキ。僕は今集中して―――ッ!!!」
文句を言いつつヒロユキの視線を追って……僕は愕然とした。
「え……嘘、だろ……」
娼館から出てくる人影。
「僕よりも明らかに年下じゃないか…ッ!」
それは明らかに僕よりも年下の少年だった。
年は15にも満たないように見える…
…ありえないッ!
こんなことあっていいはずがないッ!
あんな年で娼館通いだなんてッ!
親は一体どういう教育をしてるんだ!?
あまりの衝撃に僕が言葉を失っていると、娼館の中からもう一人の人影が現れた。扇情的な格好からして、おそらくあそこに勤めている娼婦だろう。
さすがの高級娼館。高い料金の分、サービスは徹底しているようで、娼婦はその少年を見送りに表に出てきたようだ。
娼婦は何やら少年と言葉を交わしていた。
なんとなく聞き耳を立てた僕は、娼婦の言葉を聞いて己の耳を疑った。
「いつもありがとう。またよろしくね」
い
つ
も
だと…
まさかあの少年は、あの年齢で、娼館に入り浸っているのかぁああああ!?!?!?
あんな年齢で娼館に入り浸ってるとすると、童貞喪失は一体何歳の時ーーー
プツッ
そこで僕の思考は停止した。
これ以上考えてはいけない。
きっと死にたくなる。
頭が勝手にそう判断したのだ。
「うわぁあああああぁあああああ!!!覚えてろよコンチクショぉおおぉぉぉおおおおおおおおお!!!」
「あっ!おい!ハルヒコ!」
気づけば僕は走り出していた。
行き先は分からない。
ただただ僕は走り続けた。
この残酷な現実から逃げるために。
その日。
宿に戻った僕が、枕を濡らしながら眠ったのは言うまでもない
性病は大変危険です。
下手したら息子がもげます。
行為の際は必ずコンドームを着用すること。
童貞の皆さん、分かりましたか?