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09 バカの極みわたし

「俺は、美咲以外と付き合ったことがなかった」

「お恥ずかしながら、私もあなた以外とは付き合った事がないですね」


 浩介の顔を見ちゃ、だめだ。



「絶対、美咲と結婚しようと思ってた」

「……ほう」

「でも、心の中でちょっと俺は美咲としか経験がなくて、それでいいのかなって思いもあった」


 椿くん、あんたは預言者か?



「俺は美咲に結婚しよ、って言ってたけど美咲はなんか乗り気じゃなかったし……」

「乗り気じゃないって……」


 そんな事なかった。なんて言おうとしたけど、いまいち反論する意味も感じないので黙っておく。



「もっと視野広げた方がいいって言われて」

「……誰に」

「まぁいろいろ……」

「……」

「それで、会社の女の子と飲み会帰りに、関係を持っちゃって……」

「……」

「次の日は、ずっとヤバい、やらかした、美咲に謝ろうって思ってた。……美咲なら、多分死ぬ気で謝れば許してくれると思ってたから」

「……まぁ、一回くらいなら許したかもね。一回くらい(・・・・・)なら」


 ポケットからタバコの箱を取り出して。

 風で火が動かないように、ってちょっと手で風よけを作った後にライターでタバコに火をつけて。

 少しだけ、心が落ち着くような気がした。



「でも、そのうちに、なんか……凄い俺の事『好きだ』って言ってくれて……。美咲、あんまり俺に『好き』とかいうタイプじゃなかったから、俺、やっぱりこういうのが普通の女の子なんだって思って……」

「ちょっと遠まわしに、私が普通の女の子じゃないって言うのやめてくんなーい?」


 確かに私は「好きだ」とか「アイラブダーリン」なんて事、言うタイプじゃなかった。

 それでも好きだ、なんて言わなくたって九年間も付き合ってる時点で好き以外の感情を抱いてる訳ないでしょ。


 九年間も付き合ってたのに。

 どうして他の女の子の「好き」の方が、信じれたの。



「ヤバかった。もう、今日で終わりにしようって思ってんのに……。っていうのを続けてるうちに、おれ、美咲よりこの子との方が相性いいんじゃね? とか思いだして」

「はは」

「美咲と、会うたびにいつ言おう、いつ別れようって……そしたら、美咲がたまたま……」


 はは、と本気で笑いが漏れてしまう。

 あとで拾うから。ゆるして。なんて思いながら地面にタバコを落として、自分の履いて居たパンプスでぎゅっと踏む。

 そして未だにぐずぐす泣いている浩介の顔を見た。



「……あんたダサいんだよ。浮気バレる前に別れれば良かったのに。私にバレたから『別れよう』って言ってるわけでしょ」

「あんた、私があの日部屋に行かなかったら。今でもまだ私と付き合ってたよね」

「もし、そっちの相手とダメになっても、私をキープしてるもんね、あんたは一人になんないよ。安心安心良かったねぇ」

「浮気してたの見つけた時だって『別れよう』じゃなくて『結婚の話はなかった事に』ってさぁ。ほんと何なの? 全然意味わかんない」



 だめだ、もうこれ以上は言っちゃだめだ。

 絶対にめんどくさい事になる。

 私だって、対して責めれる立場じゃないのに。


 彼はただ黙って涙をこぼすだけ。

 なんだこの感じ。ほんとに、もうどうしようもない。

 はぁ、とため息をついた後に柵にもたれかかるようにして立つ。



「もう明日からは、ごはん全部自分でつくりなよー」

「……」

「彼女に、録画予約忘れたから部屋入って録画しといて!って言うのはやめときなー」

「……」

「彼女、タバコ吸わないなら禁煙席に座らなきゃだめだよー」

「……」

「夜寝る前には目覚ましかけろよー。私は起こさないからなー」

「……」

「おばさんとおじさんに『美咲と別れた』って言っとけよー。そうしないと私は好きだけど、あんたは嫌いな玉ねぎが実家から大量に送られてきて困るぞー」

「……」

「律子ちゃんにも言っとけよー。もう『美咲ねえちゃん』じゃなくて、明日からは『大久保美咲さん』だからなー」

「……」

「食パンは5枚切り以外やだ、とか言って彼女を困らせるなよー」

「……」

「私のアドレスも電話番号も、全部消しとけよー彼女に勘違いされたら困るからー」

「……」



「……」




 九年という月日は、長すぎた。




「そっか。別れるって、こういうことか……」


 そんなポエミーな言葉を浩介が口にするから本当に笑える。

 そうだよ、別れるってこういう事なんだよ。

 私も浩介も、恋人と別れる経験は初めて同士だから。



「もともと、あんたと私は他人だけど。明日からはもっと他人だね」

「私は優しくないからもうこれっきり。あんたと友達に戻るっていうのも無理。もう二度と会わない」


 はは、と笑いながらそう言えば、浩介はもっと涙を流した。

 私はどうしようもないダメ人間浩介を見る。



「美咲……俺、どうしよう……」


 浩介、あんたはほんとに死ぬほどバカ。

 こんな所は「美咲はクズ!冷たいし最低なやつだった!それにしても新彼女ちゃんときたら!俺にぴったりの相手だ!」なんてドヤ顔で語っとけばいいの。


 私が本当に良い相手だったかどうかなんて、私には分からないけど。

 もし私が本当に良い相手だったとしたなら、もうちょっとしてから「あー、やっぱり美咲って良い奴だったんだ」なんて後悔すればいい。

 そん時には私も「あんたの事なんか、バス停近くに置いてある宗教勧誘のパンフレット並みに興味ない」なんて笑顔でフってあげるから。



 浩介、あんたって本当にどうしようもない。

 ちなみに、私もどうしようもない。




「美咲……」


 視界の端に、椿くんがチョコの散歩をしているのが見えた。

 石畳の上を、糞を入れるビニール袋を持って歩いている。



 浩介の手が、ぐっと私の体を抱き寄せた。

 浩介の肩の上に乗る私の顎。懐かしい、浩介の匂いがする。


 浩介も私も何も言わなかった。

 ただ、少し見つめ合った後に、浩介がすっと目を細めて。



 唇が重なった。



 椿くんの時と同じように、左手でシャットダウンする事だってできた。

 でもそうしなかった、バカの極みわたし。


 短いキスじゃなかった。

 実は一回、息継ぎをした。

 世界で一番のクソ人間になった気分。


 浩介の涙が、私の頬を伝う。

 とん、と体を押せばすっと唇が離される。

 いつもならここで見つめ合って、なんていうものだが、さすがに俯いてしまう。


 石畳の色を見ていた。

 少しだけ視線を斜めにやると、浩介のずっと後ろで椿くんが立ち尽くしていた。



 そんな眉を下げて、悲しそうに、困ったように笑うのはやめてほしい。



 あんたがあんなに言ってた事は何だったんだ。

 嘘つきクソ野郎って、そんな目で見てほしい。



 それにしても、笑えるよ。

 こうやって椿くんを見てさぁ、私はちょっと傷ついた表情なんて浮かべちゃってるんだよね。

 悲劇のヒロイン気取り?ほんとに何様のつもりなの私は?



 「そんなクズ、一発ブン殴った方がスッキリすると思ったからですよ」なんて言っていた椿くんの笑顔が脳内で再生される。

 ほんとに、私も浩介もどうしようもないクズだって。まとめて殴ってほしい。そんな気分。

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