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07 お布団になりたい

「どうして私は、下心ありありな椿くんと二人で一緒にいるんだろうね」



 椿くんとケーキを食べて、運動のためとか言って一緒に買い物をして。

 私の好きなロリックマがUFOキャッチャーの中にとらわれていて。

 俺、得意ですよ。なんていう椿くんは本当にUFOキャッチャーが得意で。

 そうすればすっかり夜ご飯の時間で。二人で、携帯のアプリを使って評判のいいお店を探して。

 評判いいから、やっぱりおいしいね。なんて笑って。

 自動販売機でホットの飲み物を買って、あの日と同じベンチに座って。


 浩介の事、浮気野郎って責めれる?

 ほんと、自分のクズっぷりには笑える。



 いつの間に夜になってたんだろう、じゃないな。

 いつの間にこんなに時間がたっていたんだろう、か。


 川に反射してゆらゆら揺れる、町の光を見ていれば何だか泣きそうになってきた。

 川辺の柵付近には、やっぱり恋人たちが集っていてお手軽夜景を楽しんでいる。



「……美咲さん」

「なぁに」

「連絡ありましたか……」

「ない、ね」


 かっかっ、と音を立てて石畳の上を歩いていく女性。そこまで音を立てなくちゃ歩けないもんなんだろうか。



「『直接会って話そう』って言わないと、多分もうこのまま終わりですよ。多分」


 椿くんは前をじっと見ながらそう言った。

 無意識だろうけど、親指の爪をぱちと弾いている。



「ねぇ椿くん」

「はい」

「九年間も付き合ったのに。結婚もしようって言ってたのに。なんで今さら浮気なんかしたのかねぇ」


 わざとらしいそんな物言いをすれば椿くんは私の顔を見て、ちょっとおどけた表情を見せた。

 そして、ぴっと人差し指を立てる。



「俺には分かりますよ、美咲さんの彼氏さんの気持ちが」

「……マジで?」

「俺、男だからね分かるんですよ」


 にやり、と笑う椿くん。ちょっとむかつく。



「ずっと一人の人と付き合ってたらね、ほんとにこの人でいいのかって思っちゃうんですよ。しかも、それが初恋ならなおさら……」

「……そう?」

「冒険してみたくなったんじゃないですか? 俺、このまま他の女と経験せずに結婚していいのかー? みたいな感じで。それで、他の人とセックスしてみたら案外相性良くて……みたいな」


 私、絶句。

 椿くんニコニコ。



「椿くんの口からそんな『卑猥な言葉』聞きたくなかった!!!!」


 キレどころがわりと謎。椿くんも「そこですか?」なんて困惑気味。

 それでも、私の中の椿くんはいつだって紺色のブレザーを着て「大久保先生」って言いながら「マドンナなんちゃら古典参考書」なんか持ってニコニコ笑ってた可愛い子だったのに。



「お昼は『ぼくケーキ屋さんになりたかったんです~』なんて可愛い事言ってたくせに!」

「ちょっと待ってくださいよ! 『僕』なんていう一人称使ったことないです!」

「そんなとこどうでもいい! それより私の可愛い椿くんが……」

「可愛い、って言われても嬉しくないんですってば!」


 およよ、なんてわざとらしく輪郭に手を沿わせていれば椿くんは何故かまたかあっと顔を赤くさせる。

 あんた、ほんとによく顔が赤くなるよなぁ。なんてちょっと笑える。



「先生……」


 そう言う椿くん。

 美咲さん呼びはどうなったんだ。なんて言いたかったけど。彼が急に熱っぽい瞳で私を見つめているから何も言えなくなってしまう。



「あの、俺……」

「うん」

「実は、その……」

「……うん」

「…………高校時代、ずっと大久保先生のこと、好きだった……」


 マジか。

 今にも泣き出しそうな顔で、そう呟く椿くん。

 まつ毛長っ、なんて若干たまげたが正直そんな事を口に出してる場合じゃない。



「男子高で、女子も全然いなくて……そうしたら、大学生の塾の先生を好きになるのあたりまえですよね!?」

「なんでキレ気味?」

「俺……高校卒業して塾に行ったら先生が『私がプレゼント♡』とか言って俺に告白してくれないかなぁとか勝手に妄想してたのに、先生がくれたのは蛍光ペンだったし!! むかつく!!!」

「……勝手な妄想……高校生あるあるだね、分かるよ……」

「結局、大久保先生に会う機会なんかもうなくなって、大学生になって……」


 椿くんは、耳まで赤くして私を見た。

 そして、いつものように口を尖らせる。



「大学生になって、先生の事なんか忘れました。彼女もできましたよ」

「……うん」

「で、わりと前に別れて。ある日いつも通りチョコの散歩してたら、大久保先生泣いてるのに出会って……」

「……うん」

「先生……彼氏さんに振られたって言ってて、びっくりした……」


 椿くんが、またちょっと視線を斜め下に落とす。

 そして私には聞こえないような声でなにかもぞと呟いた。

 それに「え、なんて?」と言っても椿くんは返事をしてくれない。



「俺……ずっと中学も高校も男子ばっかだったから、大久保先生が初恋だったんです!!!」

「……うん」

「分かってます!? 俺、高校時代ほんとにずっと好きだったんですよ!?」

「……おう」

「大学生になって先生の事なんかもう忘れてたのに。なのに、なのにこのタイミングで、また俺の前に出てくるとか、ずるい……」


 真っ赤な頬にこもる熱を冷ましたいのか、椿くんはちょっと俯きながら自分の頬をぺちぺちと触っている。

 ずるいのは、あんたもじゃんか。なんて言ってしまいそう。



「俺、先生のお布団になりたい……」


 非常に斬新な告白である。



「こう、俺といたら、安らぐみたいな……先生いま、フラれて傷ついてるだろうから、それを癒してあげたいっていうかなんていうか……」


 椿くんは、真っ赤な顔で謎のしどろもどろパントマイムを披露。

 そして、数秒後諦めたのか。ちょっと小さな声で「好きです、付き合ってください……」と言った。



「椿くん。ゴメン。無理」


 はっきりさっくり笑顔でそう言えば、椿くんの目にうるうると涙がたまっていくのがよく分かった。

 そして「へへ……ですよね……」なんて暗黒オーラを背負いながら呟く椿くん。



「いや、椿くん。まだ私、浩介と話もしてないし……とりあえず、なんていうか、こう……ねぇ」

「あ、彼氏さんの名前『浩介さん』って言うんだ……ハハハ……」

「とりあえず、ちゃんと別れ話とかしてから、色々考えるから……」


 そう言えば、椿くんは「……そうですね、俺早まりました」なんて言って頭をぺこりと下げた。

 なぜかそれにつられて私もぺこり、と頭を下げる。



「とりあえず、椿くんが言ってたみたいに『直接会おう』って言うよ……」


 そう言えば、椿くんは少し困ったように眉を下げて笑った。


 私は、スマホを取り出して「高原浩介」を相手に選ぶ。そして「明日、7時いつものとこで話そう」とキーボードに指を滑らせた。

 すると数秒後、既読の文字が。早いな。なんて思った数秒後に「了解」という返事がすんなり来て脱力。

 この連絡を取らなかった数日間は一体何だったのか。



「ほんとムカつく……明日鉄バットとか持っていきたい……」

「先生、それはちょっと……」


 本気で心配そうに椿くんがそう言った。

 私は椿くんをここまで不安そうな表情にさせるくらい、暴力大賛成な表情をしていたのだろうか。



「色々あると思いますけど……『今までありがとう。楽しかった、大好きだった』って伝えてサヨナラで良いんですよ」

「……そんなの言えない……」

「ちなみに俺、前の彼女が超わがままな性格で『もう付き合いきれない……』って思って別れ話したら。そう返されて、わりと本気で『あれ!? 良い子だったのかも!? 俺が間違ってたのかも!?』って思ったていうか、……ちょっと後悔したっていうか、なんていうか……」


 椿くんがごにょごにょ、と語尾を濁しながらそう言う。

 私の顔をみてか「あ、いやもう別れたのは一年くらい前なんで、いまは全然未練とかもないですよ!!」なんて必死に弁解してくる。



「先生を放って浮気したこと。後悔すればいいんですヨ……」


 口をわざとらしーく、尖らせながらそういう椿くん。

 私も一応まだ別れてないのに、椿くんとこういう風に話してるからあんまり責めれないような気もするけど。なんて今さらか。



「そういえば、椿くんは『そんなそんなクズ、一発ブン殴った方がスッキリすると思ったからですよ』なんて言ってなかったっけ」

「……言ってましたけど、その、言ってましたけど……」

「……うん?」

「よくよく考えれば俺もこうやって先生に漬け込んでるし、たぶん同じくらいクズだから……あんまりなんか、こう……ねぇ?」


 そう言う椿くん。

 そして、こぶし一つ分くらい開けて座っていたのに急にその距離を詰めてきた。



「先生……」

「美咲さん、って呼ぶんじゃなかったっけ」

「……美咲さん。明日、もしよかったらまた会いませんか。その、話とかいろいろ終わった後に……」

「……まぁ、気が向いたら」


 九十九パーセントの確率で、気が向くだろうけど。


 椿くんがじっと私の顔を見る。ゆっくり顔が近づいてくるので、にこにこ笑いながら左手を椿くんの口元にやりブロック。

 「やめなさい」なんて言えば、椿くんはちょっと泣きそうな顔をしながらも小さく頷いた。

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