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06 椿くん

 次の日。

 下心ありありな椿くんとの約束は、お昼からだった。


 私は、相変わらず返事のないスマホをちょっと確認した後にちょっと自分の部屋を見渡した。

 この部屋にあるものの中で、浩介にもらったものは何だっけ。

 もう思いだせないくらい、自分の部屋に馴染んでしまっていて。



「捨てよう! こんもり先生も、ときめかないものは捨てろって言ってたし!」


 立ち上がってそう言ってみるものの、一人の部屋にその言葉が響く虚しさよ。

 たしか浩介にもらったはずのカバンを手にしてみる。

 ……これ、いつもらったんだっけ。

 なにかの記念でもらったのは覚えてるんだけど。


 こんな付き合い方だったから、よくなかったのかな。

 私も浩介も記念日管理なんかは適当で。お互いの誕生日と付き合った日以外は何も祝わなかった。

 私はそれでいいと思っていたけど、浩介は本当はそうじゃなかったのかもしれない。


 テレビ横の写真立てには、二人で北海道旅行に行った時の写真が。

 普通に二人とも笑ってる。浩介は、私が選んであげたコートを着てる。


 この時はもう、浮気してた?


 写真の中の浩介に問いかけたって、返事があるわけもなく。

 これ以上、幸せだった頃の自分の姿を見たくなくてぱたんと伏せた。











 その日のお昼、下心ありありな椿くんと二人でケーキを食べに行った。

 普段ならこういう風に男性と二人で食事に行ったりなんてしない。


 下心ありありだとはっきり宣言した彼の誘いを断らなかったのは、ただ単に浩介の事を考えている時間を減らしたいからか。返事の来ないムカつきを椿くんに話したいからか。今後どうしようという相談を椿くんに乗ってほしいからか。それとも、それ以外の何かなのか。今の私にはまだ、よく分からない。


 私はベイクドチーズケーキとコーヒーを頼んで。

 椿くんはモンブランとショートケーキとロイヤルミルクティーを頼んだ。



 椿くんが連れてきてくれたのは、赤い看板が印象的なケーキ屋さん。

 普段から「あーあそこケーキ屋さんあるなー」なんて思って、信号待ちの間に自動扉の向こうにあるショーケースを眺めたりしていた事はあったが、こんな風に中に入るのは初めてだった。


 二人で向かい合うようにしてセッティングされているこの席。

 窓際であるため外から差し込む光が明るい。

 外から入ってくる光に反射するのが嫌だから、銀色のメニュー立ての位置を動かしていれば椿くんが外を見ながら口を開いた。



「俺、高校の時まではケーキ屋さんになるのが夢だったんですよねぇ」

「……ふうん。ケーキ作るの好きなの?」

「はい、今でもよく作りますよ。暇な時とか。俺、中高一貫の男子校だったでしょ? だからバレンタインの日はほんとに人気ものだったんです」


 椿くんがそう言って笑う。

 どうにも、みなさん「女の子からチョコをもらったような雰囲気を醸し出す」ために椿くんを利用していたようで。



「ま。俺は女顔なんで、男子校でも普通に…………やめましょうか。この話」


 椿くんが封印しておきたい過去を思いだしたらしく、目線をすうっと斜め下に落としながらそう言った。

 男子校なのに告白されてたんじゃないの。なんて笑いながら言えばどうにも図星だったらしく、彼はかあっと顔を赤くさせた後に口をまた尖らせた。



「そんな俺の高校時代の話はどうでもいいんですよ……」

「じゃあ椿くん、なんでケーキ屋さんになるのやめちゃったの?」


 塾の講師時代を思いだしてみる。

 どちらかというと、理数系を担当していた江波先生が椿くんの進路指導に当たっていたので、私はそこまで口出しをする事はなかったが、彼が「ケーキ屋さんになりたい」なんて言っていた事は一度もなかった。



「親にね、言われたんです」

「……なんて?」

「趣味を職業にするのはよくないって」


 そんな時テーブルの横にやってきた店員さんが、柔らかな笑みを浮かべた後に「チーズケーキのお客様」と言う。

 私が小さく手をあげると店員さんは机の上にチーズケーキの乗ったお皿とコーヒーを置き、今日の豆はどうだのこうだの説明をしてくれた。

 そして椿くんの前にもケーキと紅茶を置く。


 このおいしそうなケーキは、可愛いお皿に乗ってるから写真でも撮ってインスタグラムにでもあげたいな。

 そう思ったけど、椿くんが「食べる前に料理の写真を撮る人」を苦手だと思っていたら悪いからやめておく。

 少なくとも、浩介はそういう人間が嫌いだった。


 椿くんは、いただきますと手を合わせて笑う。

 そしてケーキを口に含んで、ちゃんと咀嚼して。紅茶を飲んだ後にゆっくり口を開いた。

 ……そういえば私は浩介の食事をはじめたら黙ってしまう癖が嫌いだった。間で話をしながらゆっくり食べれたらもっと楽しいのに。なんて思っていた。



「さっきの話の続きなんですけどね。ケーキ作るのが好きでも、職業にしたら『もうケーキなんて見たくない』って思うくらいの量を作らなくちゃいけなくなるかもしれないって言われて」

「……まぁ確かに」

「普通の会社に勤めて、会社帰りにケーキ屋さんに行ったり、暇な時に自分でケーキ作ってる方が悠馬には合ってるって言われて……なるほどなぁって!」

「あっさり納得したね」


 隣に座っていた女の子二人組が、やってきたパフェを見て「可愛い~!」なんて言った後にスマホを取り出す。

 椿くんは何も言わなかったけど、パシャパシャと写真を撮る二人を見て少しだけ、ほんの少しだけ眉を寄せていた。……さっき、写真を撮らなくてよかった。なんて少し胸をなでおろす。



「俺、よく考えたら昔から『きっと喜んでくれるだろうな』とか『おいしいって言ってくれるかな』とか思いながら作ってて。だからみんなが嬉しそうな顔して食べてくれてる。それ見るだけでいいんです」

「……確かに趣味で、友達とか家族に作ってあげる方が向いてるタイプだね」

「ほら、ケーキ屋さんになったら食べてる顔あんまり見れないでしょ?」

「確かにねぇ」


 はは、と笑いながらそう言えば、椿くんも笑った。

 隣の女の子二人組は、二人で遊んでいるくせにいまいち話題がないのか「さいきんさむいねー」「だねー」なんてぼんやりとした話をしていた。



「美咲さん。俺、今度ケーキ作ってきていいですか?」

「え、ほんと?」


 任せて!なんてちょっと胸を張る椿くん。

 そして、私を見つめた後にへにゃと笑う。



「なにがいいですか? 俺、美咲さんのためならどんなに難しいのでもチャレンジします!!」

「……じゃあ、チーズケーキ」

「あ、俺それ得意! 今度作ってきます。美咲さんの顔みるの、楽しみだなぁ」

「……そう?」

「はい。凄く楽しみです」



 そう言って笑う椿くん。

 隣の女の子たちの会話が急になくなってしまう。

 おそらくそれは、私の前でにこにこ笑うこの男のせいなんだろう。

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