05 下心ありあり
「あのさぁ、ここだけの話なんだけど」
そう言えば、ぱっと反応する私の友人。
ここだけの話、というのにどうしてこんなにも日本人は惹きつけられるんだろう。
そこそこ利用者のいるお昼の社員食堂。
二人席で私と向かい合うようにして座る彼女は、私と同じくカツカレーを前にしていた。
「どしたの、大久保っち」
「彼氏の事で……」
椿くんの言う通り、多くの友人にぐたぐた話すつもりはなかった。
それでも、だれか一人くらいには話をしておかないと。なんて考えになってしまったのはどうしてなんだろう。
「珍しいね、あんた彼氏の話あんまりしないのに」
「……なんか、浮気現場に出くわしてさぁ……」
そう言えば「え゛!?」なんて大きな声を出す彼女。
私が人さし指をぴっと立てて「静かに」といえば、目をきょろきょろさせながら「え、でも大久保っち長くなかったっけ……」なんて言う彼女。
それに対して無言でカツカレーを食べていれば、彼女は私と浩介の話を必死に思い返していたのだろうか。うーん。なんて言いながら顎に手をやる。
「まぁ、っていう報告なだけですが……」
「え、ちょっと待て! どうなったのその後!」
「どうなったもどうも……ただ、結婚の約束なしで。みたいなメッセージきただけ」
「は、はぁ!? 意味わかんないじゃん、なにそれ!? なんで? 急に?」
「いや、……結構長い間浮気してたっぽいけど……」
そこから、根堀り葉堀り、浩介の事を聞いてきた彼女。
しまったな。めんどくさい。言わなきゃよかったか。なんて今さらか。
「やっぱり、椿くんの言う通り友達に話さなきゃよかった……」
結局その後、彼女だけに話していたつもりが「ちょっと聞いたげてよ~」なんていういらないお人よしのせいで数人に囲まれて浮気エピソードを披露する事になった私。
皆、かわいそうかわいそう。って言ってくれるのは大変ありがたいが話の方向性がほぼ「どうやって復讐するか」という内容だから疲れた。
椿くんとの集合場所は、駅ちかくのコーヒーショップだった。
椿くんは冷えた手を温めているのか、さっき買ったばかりのココアのカップに手を沿わせて私の話に「ほら言ったのに」なんて笑っている。
隣の丸いテーブルを、緑のエプロンを着た店員さんが丁寧に拭いている。
そして、私と目が合うと「ごゆっくり」と笑いながら言った。
昔から、こういうコーヒーショップが好きだ。
壁にかかったちょっとよく分からない絵画も好きだし、店内のソファーの座り心地のよさも好き。
コーヒーを淹れている匂いも、店員さんがレジで注文を取っている声も好きだし。
なにより、この落ち着いた雰囲気が好き。
「明日からまた根堀り葉堀り聞かれるかもしれないですね」
「……ちょーっと、同情でもしてもらえたらいいかなーなんて思ってたら想像以上の事に……」
「そういえば、連絡あったんですか?」
「……ううん、なにも……」
結局私の「は?」という超挑戦的なメッセージに、レスポンスはなく。
既読はついているから読んではいるんだろうけど。
椿くんは、ココアの風味を楽しんでいるようで両手でココアを飲んだ後ほっこりした顔をしていた。
なんか携帯の顔文字でありそう。口がωみたいなやつの、顔文字。
「ココア、おいしい?」
「あ、そのごちそうさまです。すみません俺、お金払ってもらっちゃって」
「いいんだよ、私が話聞いてもらってんだから。それにしても大学生の男の子がココアって」
そう言って笑えば、椿くんはまた口を尖らせる。
「俺、甘党なんです」
「……可愛いね」
「可愛い、って言われても嬉しくないんですってば」
「一回コーヒー飲んでみなよ。ほら、チャレンジチャレンジ!」
そう言って私のコーヒーを差し出せば「間接キスですけど、いいんですか」なんて椿くんは少し耳を赤くする。
そういう所が、可愛いんだよねぇ。なんてまたわざとらしく言えば、椿くんはムスっとした後にコーヒーを口に含んだ。そして一言。
「まっっず……美咲さん、なんでこんなまずい汁飲んでるんですか?」
店員さんに聞こえないように配慮しながら、椿くんはそう言った。
コーヒーは慣れてくれば、おいしく感じるんだって言っても頑なにココア最強説を唱え続ける椿くん。
「椿くんといると、なんかこう心があったまるよ……」
「心があったまる?」
「なんていうか、安らぐっていうか、癒しっていうか……」
「……癒しって」
「あれだね、お布団系男子」
なんですかそれ、なんて椿くんはちょっと嫌そうな顔。
一緒にいると、安らいで~ほんわかして~なんてお布団系男子の説明をしていても椿くんはムスっとしたまま。そんなにお布団系男子なんていうネーミングが嫌だったのか。
「美咲さん」
「……はい」
「明日、二人でケーキ食べにいきませんか」
お布団系男子の流れはすべて無視?
結構このネーミング気に入ってたんだけどなぁなんて思いながら口を開く。
「あー……まぁ、土曜だしねぇ明日」
「俺、好きなお店あるんです」
そう言う椿くんの顔は、赤い。
私が女子高校生だったら、も、もしかして……なんてどぎまぎする所であるがあいにく25歳である。
「あのー、椿くん」
「なんですか」
「それは一体、どういうつもりで誘ってる?」
そう言えば、椿くんは少し目線を泳がせた後に、ちょっと口をもごっとさせた。
椿くんの耳の赤さに気づいてやっぱり笑える。
「下心、ありありです……」
そう言う椿くん。
そこまではっきり言ってくるとは思ってなかったので、「ぶっ」と噴き出してしまう。
「そうですか。下心ありありですか」
なんて笑いながら言えば椿くんはどんどん顔を赤くしていった。
ほんとに可愛いなぁ。なんて思いながら、私は忘れないうちにスケジュール帳に予定を書き込もうと横に置いていた自分のカバンに手を伸ばした。
その時に、気づいてしまった。というより思いだしてしまったの方が正しいか。
あ。
このカバン、浩介にもらったものだった。
*
みさき( ^^) _旦~~!
浩介くんとの結婚の話はどうなってるんだ~ヾ(@⌒ー⌒@)ノ
そろそろちゃんと、浩介くんと話して日取りとかも考えなさいよ(*^▽^*)
あと、次はいつ帰ってくる(?_?)
とーちゃんが浩介くんと飲みたいって言ってました!もう父親きどり(笑)
また連絡してね~ヾ(@⌒ー⌒@)ノ
「……結婚、ねぇ」
お風呂上り。座って髪の毛をぐしゃと乾かしながら、実家にいる母から届いたメールを読んでいた。
自分の母親に絵文字の出し方を教えてあげた瞬間からはじまった、絵文字乱舞メール。
別に、顔文字はそこまで乱用しなくていいんだって。なんて言っても「せっかく美咲に教えてもらったんだから」なんて言う母親。
ぽつと髪から水が一滴、ジャージの太もものあたりに落ちた。
たった六行のメールを何度も何度も読み返す。
返事をする気にはなれなかった。
家族には、もうずっと前から結婚するという話はしている。
私の家族も浩介の家族も、こんなに長い間付き合ってて結婚しなかったらどうすんだ(笑)なんていう雰囲気。
いつか結婚できたらいいよね。なんて言っていた高校時代。
私たちなら結婚しても上手くいくよね。なんて言っていた大学時代。
結婚しよう。と言われた23歳。
金もないし、安定してからね。なんて言ってしまった23歳。
美咲、結婚の話はなかった事に。
九年間の付き合いを終わらせたのは、たったの一文だった。
浩介から結婚できないって言われた。
理由とかは聞いてないけど、他に好きな人できたっぽい。
母宛てのメールをここまで書いて、全部消した。
浩介からのメッセージはやっぱりなくて、私の「は?」なんていうメッセージで二人のやり取りは終わってしまっている。
ほんとに、いい根性してるよ。
こんな時に限って、テレビから割りと長めな結婚式場のCMが流れてきて最悪な気分。
新しくまたメッセージが届く。
差出人は椿くんで、明日行くケーキ屋さんがどうだのこうだの言っている。
いまいち返事をする気になれなかったので「OK」というスタンプだけを返しておいた。