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04 既読無視

 「美咲さんの家はどのあたりなんですか」なんて椿くんは聞くくせに、自分の家はどこにあるのかという事を何故か教えてくれない。




 二人して、車通りの少ない道を歩く。通りに面している家から、カレーの匂いがする。

 時々同じように夜の散歩をしている犬に合えば、椿くんはリードを引っ張る時もあったし、飼い主さんとちょこっと話す時もあった。



「美咲さん、こんなに近くに住んでるのに。なんで今まで一回も会わなかったんでしょうね」

「……なんでだろうねぇ」


 対してキレイじゃない夜空を見上げながらそう言う。

 ぴかぴかと動く光。小さな頃は流れ星だと思っていたけど、中学生くらいの時に飛行機の光だという事を知った。


 コンクリートに、こつこつと歩く音が響く。

 その長い脚を持て余したのか、ケンケンパなどをはじめる椿くん。これには流石のチョコも困惑気味である。



「あの……歩くの遅くてごめん」

「いやいや、全然いいんですよ」


 にこ、と笑いながらそう言う椿くん。

 何だか、凄く不思議な気分だ。

 今日は、浩介の浮気現場を見て。そして、数年ぶりに椿くんに出会った。

 塾時代もそこそこ仲が良かったとは言え、椿くんにこんな風にして家まで送ってもらうなんて。


 そういや、今何時だろう。なんて思って左手をぱっと見るが……そう言えば今日、時計忘れたんだった。なんて思ってポケットに入れていたスマホを取り出す。

 すると、頭に浮かぶのはやっぱり「美咲、結婚の話はなかった事に」なんていうあの文字。



「美咲さん」

「……なぁに」

「あれ以来、連絡ないんですか?」


 椿くんが、眉を下げて不安そうな表情で私を見つめた。

 連絡、ないですね。なんて小さく呟けば、椿くんはふうん。と何故かうなずく。



「……なんか、おかしくないですか」

「え、何が……?」

「だって、九年間も付き合ってたのに。こんな一行だけで、さよならなんですか?」


 まるで今から高校生探偵が躍り出てきそうな、そんなシリアスな雰囲気を醸し出しながら椿くんがそう言うもんだから。

 私の思考は勝手に「もしや、浩介はだれかに操られているのでは……?」なんていう不思議な方向へ走っていくのだ。



「確かにね……」

「今まで喧嘩した時とかも、こんな感じだったんですか?」

「いや? わりと喧嘩してもすぐ話し合ってた感じだったし……」

「……美咲さん、なんかこんな俺が色々言うのも変かもしれないですけど」


 直接会った方がいいと思いますよ。と椿くんはぴたと足を止めて、真面目な顔をして言った。

 チョコは、椿くんの足元をぐるぐる回っている。



「確かに、まぁ、直接会って話したほうがいいとは思うけどさぁ……」


 浩介の口から直接「美咲、結婚の話はなかった事に」なんて言われたら、私は一体どんな表情になるんだろう。

 想像がつかない。想像したくない。



「でも、なんかもう、結構長い間浮気してたっぽいんだよね、いやただの予想だけど……」

「だから、どんだけ話し合っても、もうダメだろうなって……」

「まぁね。俺もそう思います」


 そないはっきり言わんでもええやろ!お前が直接会え言うたんやろ!なんて謎の脳内関西人が突っ込んでいる。

 私は思ったより表情にでやすいタイプだったらしく、椿くんは私の顔を見るなり「はっきり言っちゃいましたけど……」とちょっと、ほんのちょっとだけ申し訳なさそうな顔をする。



「美咲さん、俺が『直接会った方が良い』って言った理由はね」

「……はい」

「そんなクズ……一発ブン殴った方がスッキリすると思ったからですよ!」


 ほら、美咲さん身長あるからリーチもありそうだし!なんて椿くんは笑う。



「あんた……可愛い顔して怖い事言うね……」

「可愛いって言われても、別に嬉しくないですよ」


 昔と同じように、椿くんはすねた表情を見せる。

 そんな椿くんに笑いつつも、「あ、私のマンションそこ」なんて指させば椿くんは、ぐっとマンションを見上げた。



「何階ですか?」

「あ、ここまでで良い。ほんとありがとね」


 チョコもどうも。なんて思いを込めてしゃがんでチョコの頭を撫でていれば、椿くんも何故かしゃがんで私に目線を合わせた。



「美咲さん」

「はい」

「もしよかったら、明日も話聞きます」

「……いや、悪いし……」

「俺ってわりと、相談役として最適だと思うんですよ。ほら、まだ本当に別れるか分からないのに友達とかに相談しちゃうと、余計に面倒な事になるかもしれませんし」


 にこ、と笑う椿くん。

 確かにな。と思ってみる。

 浩介からきたのはあの一行のメッセージだけ。それだけで友人みんなを集めて座談会を開くには少々早い気もする。

 友人たちに「あのクソ野郎」なんて愚痴るのは、ほんとのほんとのほんとに、ダメだった時。それがいい。それでいい。











 お風呂あがり、スマホが鳴った。

 もしかして浩介だろうか。なんて思ったが、相手は椿くんで。

 先ほど連絡先を交換したばかりだから「登録お願いします」なんていう内容だった。



 あれ以来、浩介からメッセージはきていない。

 電話も、きていない。



「美咲、結婚の話はなかった事に」


 そんなメッセージ。

 「美咲別れてくれ」ならまだ分かる。分かりたくないけど。

 なのに、どうして浩介は「結婚の話はなかった事に」なんていうメッセージを送ってきたのだろう。



 考えても意味がないか。

 震える指で、浩介からのメッセージに対して「は?」とだけ返事をした。


 既読の文字がついたのは、数分後。

 ドキドキしながら画面を見つめていたが、浩介からの連絡はなかった。




 結局次の朝になっても、浩介から返事が来ることはなかった。

 一体、浩介は私をどうしたいんだろう。

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