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14 それから







「美咲さん、美咲さん起きて……」


 体が少し揺らされる感覚。んん、なんて言って目をぎゅっと閉じれば「ちょっと」なんてちょっと怒ったような声が聞こえる。

 やだなぁ。まだ寝てたいなぁ。なんて思いながらも目を開ければ、いつもの通りへにゃと笑った彼がいる。



「おはよ、美咲さん」

「ああ……おはよう」


 そう言ってスマートフォンに手をやろうとすれば悠馬くんが「もうちょっとで五時半」と言った。

 ふわ、とあくびをすれば「ねむたそう」なんて微笑む悠馬くん。

 子供ができてからは、半裸で寝る事のなくなった、悠馬くん。




 椿くん、とずっと呼んでいた私が、悠馬くんなんて呼び方にシフトチェンジした理由。

 それは私も同じ苗字になってしまったから。

 大学院に進学せず、就職した彼。

 私の人生の中で、二回目に経験したプロポーズは「結婚してください」という言葉土下座添えであった。

 両親は、私の連れてきた相手が年下である事に驚きながらも受け入れてくれた。悠馬くんの実家も同じく。



 もぞ、と体を動かして「もうちょっとだけ……」なんて言おうとすれば、ちゅと悠馬くんが唇を重ねてきた。

 ぐっと私を見つめる彼の目。

 毎朝、必ず私にキスをしてくれる彼。おそらくこれは人生のログインボーナス。



 それでも、頼むからもうちょっとだけ、もうちょっとだけ寝かせて。なんて思いも虚しく、彼はばあっと二人一緒に掛かっていたお布団を引っ剥がし足元にまとめた。



「寒い寒い寒い!!!!」

「美咲さん、もう起きないと!」

「あんたは鬼か!!!」

「ほら、早く朝ごはんの用意!」

「まだ寝たい……」

「朝の一秒は?」

「……昼の一分……」


 そんな謎の合言葉。

 ベッドから降りて、私より先に部屋を出る彼。

 あ、まだ寝たいな……なんて思っていたのはバレバレで。

 洗面所に来ない私にいろいろ察したらしく、起きたらまず顔を洗うより歯磨き。な彼がシャカシャカ歯磨きしながら、まだ寝室のベッドの上でゴロゴロしている私を見て「はやく!」なんて言った。


 ぺた、ぺたと音を立てながら洗面所に向かう。

 鏡を見れば、寝起きで最低な表情を浮かべている私とご対面。

 彼は、いつもの通り歯磨きしながら寝室で今日のネクタイを選んでいる様子。

 私は軽く顔を洗った後に、とりあえずさっと歯磨きをする。それにしても、毎日思っているけど悠馬くんの歯磨きの時間は長すぎる。



 そしてリビングに足を運んで、とりあえずテレビの電源を付ける。

 そしてちょっと大きな声で「きょう晴れだってー」なんていつもの通りお天気お姉さんの役割を果たす。


 そして、キッチンへGO。

 キッチンの電気をつければ、気合いも何となく入る。

 昨日の夜の残り、冷凍食品、今日の朝作るおかず。の3つをぱああっとリストアップして脳内のお弁当箱に詰め込んでいく。


 とりあえず、卵とウインナーは焼いておこう。なんて思いで冷蔵庫を開いて卵とウインナーを取り出す。なんかわかんないけど、とりあえずベーコンも焼いとくか!なんて思って取り出す。


 結婚したての頃は、朝から魚を焼いたりお味噌汁を作ったりなんかしていた。しかし、人間無理をするもんじゃない。

 数か月でギブアップしてしまい、今はどちらかというと昼や夜に朝の分まで作って冷凍しておくスタイルに。……まぁ今日みたいにパンで手抜きの日もあるんだけど。


 スーツをしっかりきた悠馬君が、リビングにやってくる。

 ストライプのスーツ、似合ってるよね。なんて言えばまた調子に乗るので黙っておく。



「きょう晴れ」

「加藤アナ、可愛いなー」


 テレビの前でそんな事を言ったあと、キッチンにやってくる彼。

 コップを二個取った後に、冷蔵庫を開く。そしてペットボトルに入ったコーヒーを入れ(冷蔵庫開けたまま入れるなって言ってるのに聞かない)、私用に入れてくれたコーヒーをまな板の横に置いた。



「今日、朝は?」

「パン、ウインナー、卵」

「美咲さん。なんか今日、顔色悪くない?」


 冷蔵庫にもたれかかりながら、悠長にコーヒーを飲んでいる彼がそう言った。

 そういえば、新婚の時にはしゃいで買ったコーヒーメーカーはいまどこで埃をかぶっているのだろう……。



「昨日、あんまり寝れなかったのだれのせいだと思ってんの」


 そう言いながら卵をかき混ぜていれば、「俺のせいだ~」なんてけたけた笑ってる。

 結婚してから、彼の敬語で話す癖はなくなったが彼は未だに私の事を「美咲さん」と呼ぶ。


 「悠馬くん」って呼ぶのはちょっと恥ずかしいし、普通に「パパ」「ママ」でいいんじゃないの。子供もいることだし。

 なんて提案は、彼の「ずっと名前呼びの方が愛情が薄れない」なんていう謎の持論によって却下された。



「冷食、なに入れてほしい?」

「俺、あの魚のタルタルなんちゃらのやつ好きー」


 悠馬君が、大きな黒色のお弁当箱と可愛い小さなピンク色のお弁当箱を、棚から出しながらそう言った。

 冷凍食品なんか使わずに、全部手作りでやってあげよう♡なんて思ってた時期もありましたよ。すっかり妥協しましたけど。



 じゅううっと熱しておいたフライパンに、溶かした卵をぶち込めば、後ろから重たい感覚が。



「卵焼いてる時に後ろから抱き付いてこないで」

「だって、江梨香もうちょっとで起きてくるし……」

「もう邪魔……どいて……」

「美咲さん冷たい……」

「とりあえずどいて、ほら、あんた会社の準備できてんの?」


 そう言いながら、卵を焼いて居れば「ちぇ」なんていうわざとらしい声が聞こえる。

 私から離れ寝室でまた用意に戻ったらしい彼。

 私はとりあえずさっきから「もうあっため終わってるんですけど?」なんてぴーぴーうるさい電子レンジの扉を開けて、お弁当におかずを詰め込んでいた。そんな時。



「ママー」


 嘘……だろ?

 時計を見る。まだ六時を回った辺り。

 そおっとリビングに目をやれば、ロリックマの人形を抱いて目をこすりながら「起きちゃったー」なんて笑っている我が娘、江梨香の姿が。


 まだ寝ててくれ!

 キッチンで戦う私の心の叫びは娘に届くわけもなく。

 江梨香はキッチンまでぱたぱたと歩いてくる。そして、詰めはじめているお弁当をそっと覗きこむ。



「ママー、ロリックマいっぱいのやつじゃなきゃやだー」


 お黙り。なんて言えるわけもない。



「江梨香、ほら、おにぎりはロリックマラップで包んであげるし。それに、ほら~ロリックマかまぼこ!」


 そんなハイテンションでプレゼンテーションしたのに、江梨香はちょっとムスっとしたまま。



「パパが作ったお弁当がいい、可愛いもん」


 はい。後で悠馬くん殴る。

 どの世の中でもパパ、というものは加減を分かってない。

 「俺も江梨香のお弁当作ってみたい~」なんて悠馬くんが言ってきたのは割と前の事。

 悠馬くんは江梨香の好きなロリックマの凝ったキャラ弁を作り上げ、江梨香の心の弁当ハードルを上げまくったのだ。


 正直言って、私だってキャラ弁くらい作れる。

 でもな、毎日毎日こんな切羽詰まった朝の短時間で提供できるわけもなく。

 時々こうやってちくっと「パパの作った方がいい~」なんて言われると、急にやる気が削がれる。

 まぁ、後で悠馬くんに文句を言ってもにこにこしながら「美咲さんのお弁当以上においしいものなんかないよ」なんて軽く言いくるめられるからほんとになんていうか……。


 そんな時、用意が終わったらしい彼が「あ、えりかおはよ~~」なんてリビングにやってくる。

 その瞬間「パパ!」なんて言って悠馬くんに飛びつく江梨香。


 私は彼に「そのままリビングのソファーに座ってじっとしててくれ」と目で合図を送る。



「江梨香、じゃあ朝ご飯できるまでパパとテレビみてよっかー」

「うん、見るー!」


 ファインプレー。

 江梨香に見えないように、ぐっと親指を立てておくと、返ってくる頷き。



「美咲さん、江梨香着替えさせておこうか?」

「いい。ご飯食べてからじゃないと制服汚れる」


 悠馬くんは、また了解。という意味をこめてかぐっと親指を立てた。


 朝ごはんの用意と、お弁当の用意と、江梨香の幼稚園の準備を同時並行。できたらどれかなくなってほしい。なんていう願いは届かない。




 悠馬くんを見送って。

 江梨香の幼稚園へ送って。これで家に帰って……。



「江梨香ちゃんママ、今日連絡してたけど大丈夫かしら?」


 家に帰れたら、いいのにね……。


 幼稚園の前で先生にお願いします。と頭を下げた後、門の前で待っていたのはママ友たち。

 本当はこういうのにはあまり付き合いたくないが、幼稚園で役員になってしまったのでしょうがない。今日はなんで集まるんだっけ……ハハハ……もうなんでもいいや……。

 自分より少し年上なママが多いため、気を遣う気を遣う。


 美味しいケーキ、おしゃれなお店。

 どうせなら、悠馬くんと一緒に来たかった。なんて思う自分がいて若干恐ろしい。



「そう言えば、椿さんとこは旦那さんとどうなの?」


 誰か一人が切り出せば、急に集まる視線。

 さっきまで旦那許せないトークが繰り広げていた中、うちは結構うまくいってます。なんて言えるわけもない。



 椿、という苗字は目立つ。

 そして、時々お迎えに来る旦那が、ちょっとイケてる顔つきをしているからなおさら目立つ。



「ま、まぁそこそこです……」


 会社で働いていた以上の激務。専業主婦って。

 ママ友とのかかわりが特にそう。

 自分が嫌われるだけならそれでいいけど「江梨香ちゃんとは遊んじゃだめ」なんて言われるのが一番困る。けど、こういうパターンの子供を巻き込んだ嫌がらせが頻発するからママ友ってめんどくさい。



 ママ友ミーティングも終え、買い物に行った後急いで部屋の掃除と洗濯をこなす。

 そして自分は適当に食パンなんか食べた後に、夜ご飯の準備しなきゃ……なんて思っていればもう一時を過ぎていて笑える。

 なにこれ?私の家の時空歪んでない?


 もうすぐ二時。幼稚園お迎えの時間。

 結局全然進まなかった夜ご飯の支度。はぁ……なんてため息をつきながら携帯を見れば、悠馬くんから連絡が入っている。

 見れば、今日のお弁当が美味しかっただの、どうだの。

 最後に、今日は早く帰れそう(意味不明な絵文字付き)と書いてあったのでちょっとにやける。


 そして、ここからが闘い。

 江梨香を見張りながらも、夜ご飯の支度などを進めていかなければいけない。

 ……今日は、悠馬くんが早く帰ってくるからちょっとがんばれそうな予感もするけど。







 それにしてもほんと寒いのに先生、そんなぺらい服にエプロンだけでいいのか?なんて思う幼稚園のお迎え。

 先生はにこにこ笑っているが、ふと笑顔が解かれた瞬間どっと疲れた女の表情が出てきて手を合わせたくなる。

 そりゃあ、わが子一人でもげっそりなのに、何十人も預かってたら疲れるわな……。



「はなぐみさーん」


 そう呼ばれれば、はなぐみのママが集合。

 靴を履いている子供たちを横目に、担任の先生が一人ずつママに今日の状況を説明してくれる。本当に大変そう。

 あれ、今日は男の人もいるんだな。なんてちょっとママたちの輪から離れたところで一人スマートフォンをいじっている人を見て思う。まぁ、顔まではよく見えないけど。



「椿さーん」


 そう呼ばれて、先生のところに向かえば、にこにこ笑った江梨香が「ままー」なんて言って抱き付いてくる。

 江梨香の頭をなでながら先生の話を聞いて居れば、もう一人の担任の先生が「高原さーん」と名前を呼んだ。


 ただ、なんとなくだった。

 なんとなく、横に目をやってみた。


 すると、なんと。



「え……美咲?」


 そこには高原浩介の姿が。





 椿くんと、わたくしは結婚して子供もできて。

 仲良く暮らしましたさ。チャンチャン♪


 で、終わらないのが人生である。


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