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12 クソビッチだ、ばんざーい

 ぴぴ、と数字をタッチすれば二回めのコールで聞こえる「もしもし」なんていう声。



「椿くん」

『美咲さん!!!!!』

「……テンション、高いね」

『いや、俺とにかく、うれしい……』


 昨日椿くんが言っていた「もし彼氏さんと別れて。ちょっとでも俺に気があるなら、連絡してください」なんて言葉を思いだして苦笑。

 電話越しに、椿くんが部屋で流しているのであろう洋楽がちょっと耳に入ってくる。



「椿くん、ちょっと話したい」

『全然、全然オッケーです! あ、でも、ちょっと待ってくださいね、俺いろいろ用意しないと……』

「じゃあ家。家教えて。そこまで行く」


 そう言えば、風がぴゅうっと吹いて。また鼻水が出てくる。

 椿くんは電話越して、あそこのスーパーの近くのコンビニのちょっと奥行ったとこで……。なんて口頭で説明してくれた。

 あそこらへんかな。なんて事を頭の中でイメージした後に椿くんに「また後で」なんて言う。

 切るまでに少し間を置いていれば、がたたっと動く音がスマホ越しに聞こえてちょっと笑えた。


 恐ろしいよ。

 一か月前の自分じゃ想像できない。

 浩介と別れて。その後、別の男の子の家に向かって歩いていっているなんて。



 赤信号が憎い夜。

 椿くんの言う通り、足を進めるとそこには「椿」なんて表札のある、綺麗な一軒家が。

 マンションを予想していたので、ちょっとビビる。



「実家……」


 流石にピンポンを押して、出てきて椿くん。なんていう勇気はなかったのでスマホを出して「いま、家の前にいるよ」なんてメリーさんみたいなメッセージを送ってみればすぐに開く玄関の扉。そして、姿を見せる椿くん。



「美咲さん、俺……どうしよう……」


 超嬉しいよ……。なんて顔を真っ赤にさせて俯きながらそう言う椿くん。

 チェスターコートの下からちらっと覗くニットと、下のジャージのアンバランスっぷりにちょっと笑える。



「寒くない?」

「あ、え、全然大丈夫です!」


 それにしても、実家前集合って。高校生じゃあるまいし。と思いながら「椿」と書かれた表札を見る。



「美咲さん、あの、俺……」

「ちょっと、ここで話すのはやめとこう」


 そう言えば、椿くんはちょっと考え込んだ後に「近くに公園あるんで……」と言いぴっと左側を指さした。



「椿くん」

「……はい」

「浩介のこと、一発ぶん殴っちゃったよ」


 ほんとは、ぺち。なんていう柔らかい音を立てただけのものだったけど。どうして盛った?私よ。

 隣を歩く椿くんは、少し困ったように眉を下げて「そうですか」と言った。

 住宅街の街頭はどうしようもないくらい、明るくキレイで。我が地元の、ちかちか点滅蛍光灯も見習ってほしいくらい。


 椿くんが案内してくれたのは、綺麗に整備された公園だった。

 今時の子はこんなに綺麗なところで遊べていいなぁ。なんて思いつつブランコに座れば、隣のブランコに椿くんも座った。

 子供用にセッティングされているからか、椿くんの長い脚がかなり余ってしまっている。


 二本の鎖に手をやってすこし漕げば、ぎいと懐かしい音がする。

 そういえば、小学校時代は休み時間になる度にブランコの取り合いが起きていた。

 あの頃の私は、前後に揺れるだけのもののどこに楽しさを見出していたんだろう。

 自分の事なのに、全然思いだせなくて笑える。



「椿くん」

「はい」

「別れちゃった」

「……はい」

「九年間も付き合ってたのに」

「……はい」


 ぎい、とブランコを漕ぐ音がただ響く夜。

 椿くんは、ブランコを漕がずにただじっと、私を見ていた。



「別れて、数十分後には、もう違う下心ありありの男の子と会ってる」

「……はい」

「ははは」

「……」

「クソビッチだ、ばんざーい」


 ぴん、と足を伸ばして、そう言ってみる。

 履いてたパンプス、漕いだ勢いでそのままどっかに飛んでいっちゃえばいいのに。

 そしてそのまま真夜中の車道の白線を、裸足で歩いてみたい。

 つまりは、超センチメンタルな気分だってこと。



「椿くん」

「……はい」

「もう、汚いケツは見たくない」

「……」

「もう、あんなロマンチックな場所で別れ話はしたくない」

「……」

「もう、誰にも裏切られたくない」



 たぶん、泣いてた。



 椿くんが、立ち上がる音がする。

 ざあああ、と足をつくことでブランコの動きを止めて。漕ぐのをやめて少し立っている彼を見上げて。

 こんなにも彼は身長が高かったかな。なんて今さら思ってみたりする。



「いま、俺は」

「……うん」

「すごいこう、なんていうか」

「……うん」

「傷ついてる美咲さんに漬け込んで。俺にすっごく惚れてくれるような一言を探してるのに」

「……」

「全然、見つからない……」

「……」


 何故か、ぼろぼろと椿くんは涙を流した。


 こんなに、綺麗に泣く男の子ってこの世にいるんだ。

 それにしても。電話でハイテンションな受け答えをしていたきみは一体どこへ行ってしまったの?と聞きたくなる、午後八時。



「泣かないでよ……」

「……すみません」

「『俺だったら絶対、美咲さんの事泣かせたりしない』とか売り込んできたの誰?」

「おれです……」

「わたし、いま凄い泣いてるんだけど!」

「すみません!」


 ぐずぐず、と涙をぬぐった椿くん。

 そして私の手をぐっと引っ張って立ち上がらせる。



「美咲さん、俺は」

「うん」

「美咲さんの事が好き」

「うん」

「泣かせない、っていうのははやくも有言不実行になっちゃったけど」

「うん」

「絶対、裏切らない」


 ぐっと手を引っ張られて、椿くんの胸の中に着地。

 恐ろしいくらい優しい手つきで私を抱きしめる、椿くん。



「椿くん」

「はい」

「香水つけてる?」

「……なんか、ちょっと、こうなんていうか……張り切っちゃって……」

「つけすぎ」

「……」

「すごい、匂いがきついよ」


 部屋で香水と必死に格闘する椿くんの姿が思い浮かんで。笑えてしまった。

 さわやかな香りの中にちょっと薫る、甘い匂い。

 洗剤の中にバニラエッセンスを一滴たらしたみたいな、よくわからない匂い。


 すみません、すみません。と謝る椿くんにちょっと笑えてしまう。

 抱きしめられたまま、少し手を伸ばして彼の後頭部の髪をいじる。柔らかな髪にまじる、ちょっと固まった髪。ワックスを付けているんだろう。

 付けるの、ちょっとへたくそ。なんて彼の首筋に顔を埋めながら笑えば、椿くんはまたすみません。言う。



「ねぇ、なんで下ジャージなの?」

「え゛」


 彼は自分が上はキメッキメなのに、下は普通のジャージを履いていた事に今さら気づいたらしい。

 「ダサい!どうしよう!」なんてこれまたあわあわ。



「普段、香水つける?」

「……つけないです」

「ワックスは?」

「たまーに……」

「なに背伸びしてるの」

「……すみません」


 ほんとうに、可愛いなぁ。そう呟けばまた「可愛いって言われても嬉しくないんですってば」なんて言葉が返ってきそうだから言わないけど。


 美咲さん、泣かないで。

 椿くんは、私の背中を優しくさすりながらそう言う。


 でも、私を抱きしめる彼が。

 はじめてのデートの時に浮かれてはしゃいでいた高校二年の自分に見えて。

 浩介とこんな終わり方を迎えているなんて知らずに、はしゃいでいたあの頃の自分に見えて。

 ただただ泣けた。



「椿くん」

「……はい」

「いまから、サイッテーな事言ってもいい?」


 椿くんは、子供を落ち着かせるみたいに。私の背中をぽんぽんとリズム正しく叩いている。

 そして少しだけ沈黙があったのち「どうぞ」と優しい声で言ってくれた。



「あんな奴、なんで九年間も好きだったんだろう」

「……はい」

「無駄だった。あいつに捧げた時間、無駄だったよ」

「……はい」

「あんな浮気なんかするやつ、だいきらい」

「……はい」

「ツイッターで、あいつのクズっぷり披露して。1000リツイートくらいされたい」

「……」

「私を振ったこと、死ぬほど後悔してほしい」

「……」

「『もう一回美咲と付き合いたい』とか頭下げてきて、お前なんか大っ嫌いだばーかって言って振ってやりたい」

「……」

「あいつより、絶対幸せな人生がおくりたい」

「……」

「大富豪の嫁になって、あいつの頬を札束で殴ってやりたい」

「……いきなり凄いの出てきましたね」



「私と付き合っていた時以上に、幸せにならないでほしい」

「……」

「私を裏切ったんだから、死ぬほど不幸になってよ……お願いだから」

「そうじゃないと、わたし、どうしようもない位みじめで、恥ずかしくって、生きていけない」


 九年間も付き合ってた彼氏に、半年間浮気され続けてたのに気づかなくって。

 なのに、まぁそろそろ……結婚、するかな?なんてドヤ顔で余裕ぶっこいて友達に語ってた。

 バカ過ぎるでしょ。ショートコント「人生」ってレベルだよ、ほんとに。



 どうしようわたし。椿くんの前じゃ、強がれない。

 


 足に力が入らなくって、崩れ落ちてしまいそうだったけど。

 椿くんがすごくゆっくり、でもぎゅっと力を込めて私を抱きしめてくれたから何とか立っていられた。


 もし、椿くんがいなければ、私はどうなっていたんだろう。

 立つ事すらできずに、あのベンチでまた空を見ながら肉まんを食べていたのかな。なんて彼の熱に埋もれながら思っていた。

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