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10 キープ

「……今日もう帰る……お互い、ちょっと頭冷やそう……」


 石畳に目線を落としながらそう言う。

 浩介に背を向けようと思った時、ぐっと掴まれるコートの袖。

 ちょっと。なんて思って目線を上げれば、そこには目を赤くした浩介が。



「美咲……」

「……とりあえず、帰ろう。寒いし……私、明日仕事ある……」

「……寒いなら、俺の部屋来ればいいし……」

「浩介。今日はとりあえず帰ろう……また連絡するから」

「美咲、でも俺」

「……浩介。私と別れたいんだよね?」


 そう聞けば、黙るクズ。



「なんか、分かんなくなってきた……」


 マフラーに顔をうずめながら、そう言う浩介。

 私のコートの裾をつかむ力が少し強くなった気がする。

 そう言えば、椿くんはどこに行ってしまったんだろう。

 泣きそうな、でも困ったような表情を浮かべていた椿くんは、どこに行ってしまったんだろう。



「また、話そう……今日はちょっともうやめた方がいい」

「……じゃあ、いつにする……」

「……明日……」

「……分かった。今日と一緒でいい?」

「……ん」

「……じゃ、」


 浩介は私のコートの裾をゆっくり手放した後に、もう一度私を見つめる。

 そして「また明日」なんて言って小さく手を振る。本当にこいつは私に「結婚の話はなかった事に~」なんて言ってた男か?


 私はまた柵にぐってぇと体を預けて、町の光を見る事に集中をした。

 浩介の足音が聞こえなくなったぐらいの所で、タバコタバコ。なんて思ってポケットをまさぐった。



「あー……だめだほんと……」


 タバコに火をじゅっと付け、肺を煙で満たした後にそう言う。

 私の後ろを、カップルがきゃいきゃい楽し気に今日見た映画の感想を言いながら歩いて行く。


 すると、わんわんなんていう犬の鳴き声が。

 もしや。と思い振り向けば、そこには椿くんとチョコの姿が。

 さっきまでどこに隠れてたんだい。なんて聞きたくなったが、真っ赤な鼻の彼を見れば何も言えなくなってしまう。



「美咲、さん……」


 困ったように笑う顔、本当に見たくない。

 チョコは全く空気が読めておらず、楽し気に私の足首あたりに興味津々。舐めてみてもいいですか?といったご様子。



「タバコ吸ってるから、あんまり近くに来ない方がいいよ」


 煙を吐きながらそう言えば、椿くんは私から三歩ほど距離を取る。

 しかし、チョコは私の足から離れたくないらしく、リードで綱引き状態に。



「おい、チョコ!」

「……タバコやめるよ……」


 ポケット灰皿にタバコをぶち込んだ後、ちゃんと椿くんの方を見る。

 椿くんは、私を見た後ちょっと笑いながら目線を落とす。



「美咲さん」

「……」

「俺、なんて声かければいいですかね」

「……『このどクズ』って言えばいいと思うよ……」

「……それは、ちょっと……」

「浩介と結局別れてないのに、こうやって下心ありありな椿くんと二人で会ってるし……ハハハ……ほんとクズ……私も浩介もほんとクズ……クズのデパートや……」


 いきなりエセ関西弁を披露したからか。困ったように笑った椿くんが、近くのベンチを指さす。

 そして「ちょっと座って話しませんか」なんて言った。

 頷いた後に、少し歩いて、ベンチにどんと座る。少しため息をもらせば、隣に椿くんが座った。いつも通り、チョコも伏せをしている。


 タバコ、吸いたい。

 そう思ったのは、吸いかけでやめてしまったからか。それとも自分への苛立ちを消したいからか。




「わたし」

「……はい」

「普通に『はいはいさよならー』ってできると思ってたけど……」


 案外、だめだね。

 そう小さく呟くと、椿くんはベンチから立ち上がり何故かチョコの横にしゃがんで、チョコを撫でている。



「浩介、ほんとバカだよね……なんか急に別れるって実感したのか泣き出すし……半年間も浮気相手と並行して付き合ってたくせに何を今さら……みたいな」

「『やっぱり別れたくない』って言われたんですか?」

「いや……なんか『俺どうしよう……』とか言って泣いてた……」

「それ、演技なんじゃないですか? 美咲さんの事、キープしておきたいから」


 にこ、と笑いながら椿くんがそう言う。

 チョコは、椿くんに撫でられているため超ご機嫌の様子。



「え? いや……演技とかではないと思うけど……」

「そうですか? 俺が聞く限りはそうとしか思えませんけど」


 また、にこと笑う椿くん。

 この子、一体なにが言いたいんだろう。



「いや、違うって……浩介そういうタイプじゃないし……」

「半年間も、美咲さんキープ状態だったんじゃないですか」

「いや……でも、浩介ウソ泣きとかしないし……」

「でも、嘘はつきますよね」

「……」

「美咲さんの事、離したくないから泣いたんじゃないですか?」


 これまたニコニコ笑いながらそう言う椿くん。


 ここで「かもなぁ」なんて思うのが普通の人間。

 「椿くんに浩介の何が分かるの?」なんてちょっとキレ気味に言っちゃうのが、バカな私。

 2016年度クソ人間グランプリ審査委員長が、涙流しながら私に拍手を送ってるよ。


 椿くんは、いつもみたいに顔を赤くして「すみませんすみません」なんて謝ってくるかと思ったのに。ちょっと真面目な顔をして私を見ていた。



「確かに、俺に美咲さんの彼氏さんの事は分からないです。直接話した事もないし」

「……」

「でも、別れてから新しい人と付き合うんじゃなくて。半年間も、平行して二人の女性と付き合うような人が普通じゃないって事は分かる」

「……ハハハ……」

「美咲さんだって、俺が告白しても『ちゃんと別れ話とかしてから、色々考える』って言ってたじゃないですか」


 俺みたいな、大学生が説教するのも難ですけど……なんて小さく椿くんは呟く。



「椿くん」

「……はい」

「私、」


 ここから先、なんと言えばいいのか分からなかった。

 ただ自分が泣いているのだけは明白で。最近買ったスキニーの上にぽつぽつ涙の跡ができていく。



「椿くん」

「……はい」

「私、ほんとに」

「……はい」

「バカ、だよなぁ」


 急にみつお風ポエムみたいな語尾が登場。

 椿くんは、あの日みたいに「どうしたんですか先生!」なんてアワアワせずに。ただ、黙ってチョコの体を撫でていた。



「泣かれるとなんていうかさ……ほんと……」

「……」

「別れなきゃ、だめなのに……」


 椿くんは、何も言わなかった。



「美咲さん」


 鼻にかかった声で、椿くんが私の名前を呼ぶ。

 ぐず、と何故か鼻をすすった後に彼は気合いを入れるためか、自分で一回両手で頬を軽くたたく。そしてざっと立ち上がって私を見た。



「俺は、下心ありありです」

「……うん」

「だから、また今こうやって先生に話をしにきました」

「……うん」

「今がチャンスだと思ってる」

「……」

「美咲さん」


 俺に、美咲さんの気持ちは分からないよ。

 椿くんは真面目な顔でそう言った。

 私は、なんとなくいつもの可愛い優しい椿くんでいてほしいな。なんて勝手な事を考える。



「九年間、誰かと付き合い続けるって並大抵の事じゃない」

「……うん」

「たぶん、美咲さんはやり直せると思います」

「……」

「だから、半年間も続けて浮気されてた事を許すか……」

「違う椿くん。浩介は、あっちの子の方が好きで、だから……」


 情けない。

 浩介は言ってた。私よりその子の方が好きなんだって。

 私はただキープされてただけ。

 許すとか、許さないとか、そういう事を言える立場じゃない。


 どうしよう、涙、止まらない。

 椿くんも、何故か泣き出しそうな顔をしながら私を見た。



「俺、超最低な事言っていいですか?」

「……どうぞ……」

「一秒でも早く、別れてほしい」

「……どストレートだね。ハハハ……」

「でも、結局、別れるか別れないかの選択は美咲さんがするものですし」

「……うん」

「なんていうか、俺がどうこう言える立場じゃない……」

「……うん」

「美咲さん。もし彼氏さんと別れて。ちょっとでも俺に気があるなら、連絡してください」

「……」

「もし、そうじゃなかったら連絡しないでください。それなら俺も……もうすっぱり諦めるんで」


 これ以上いると、なんかヤバくなりそうな気がするんで!なんて言った椿くん。

 そして、じゃ!と大きな声を出してチョコと共にたたっと駆け出していってしまった。


 ほんとに、なんて事を言い逃げしてるんだ。なんて思いながらちょっと笑えば、スマホの画面がぴかっと光る。

 浩介だったらいやだなぁ。なんて思って開けば、そこには「椿悠馬」という文字が。



「俺だったら絶対、美咲さんの事泣かせたりしない」



 そんな売り込みメッセージ。

 私はそのメッセージを読んで、泣きながら笑って。


 椿くんがいなかったら、今頃きっと浩介と一緒のベッドで眠っていただろうな。なんて考えていた。


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