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01 美咲、結婚の話はなかった事に

 こいつのケツ、思ってたより汚ねぇな。

 一番初めに思ったのはそれだった。



 ばさ、と自分の持っていたコンビニの袋が自分の指から滑り落ちる。

 その音によって、私にケツを向けている男はようやく人が居る事に気付いたのだろう。ばっとこちらを振り向いた。



「え、みさき……」

「こーちゃん、あっ、もう、だれぇ?」


 床に落ちている下着やシャツ。皺だらけのシーツ。

 枕の近くには、いつも通り私の好きなロリックマの人形が置いてあって。

 どうにも二人の「アダルトさるかに合戦」を優しい瞳で見守ってくれていたご様子。


 ベッドの上で体を重ねる男女のうち、男の顔しか見えないから彼の下に居る人間の性別が男か女かの判断に若干迷う。

 まぁ先ほどのやけに甘ったるい声からしても、彼が抱いているのは女に違いないか。



 これ以上彼のケツを視界に入れておくのはちょっと、目にも心にも優しくないだろうから私は自分の足もとに視線を落とした。


 自分が買ってきたコンビニの袋が床に落ちている。

 落としてしまったせいでプリンの中身はぐちゃぐちゃ。

 一応。なんて気を使って買ってきたコンドームの存在は、もはやギャグに。



 浮気なら ラブホで抱けよ クソ野郎。


 大久保(おおくぼ)美咲(みさき)25歳、魂の一句である。







 高校時代からずっと付き合ってきた彼氏の浮気が発覚したのは、私がキャラに見合わず「浩介にサプライズしてあげよう♡」なんて事を考えたから。

 人間、キャラに見合わない事はやらない方がいい。そんな事を今日改めて学んだ。


 浩介の部屋の合鍵は、ずっと昔から持っているけど無断で使った事はない。

 いつだって「今日部屋行ってもいい?」なんて確認を取って、浩介の帰りの方が遅くなる時にだけ使っていた。

 今日みたいに無断で入ってなにかいけないものを見るのが怖かったからじゃない。

 ただ、もし自分だったら無断で部屋に入られていたら嫌だと思ったから。ただ、それだけ。



 きっと、美咲は絶対に連絡してから来るから。部屋に女の子を連れ込んでも大丈夫なんて思ってたんだろうね。

 その通りだよ。ほんとに、知らなかったよ。あんたが浮気してたなんて。

 女の子は浩介の事を「こうちゃん」って呼んでたし、どうせ今日初めて関係を持ったとか。一夜限りの過ちとか、そんな関係じゃなかったんでしょ。



「ありえない……」


 午後8時。

 近くのコーヒーショップ。

 今までぼんやりと前を見つめていただけの女が、突然放った言葉がそれだよ。

 そりゃあ近くに座っていた人達も「大丈夫かあいつ……」なんて表情でちらと私を見るに決まってるよね。


 随分前に頼んだホットコーヒーはもう冷めてしまって、飲む気になれない。

 私のななめ前でやけに優雅なソファーでコーヒーを飲んでいる女性は、明日のスケジュールの確認を行っているのか、難しそうな顔でスケジュール帳とにらめっこ。

 ひとつ開けて左隣の女子高生は楽しそうに部活の話をしている。

 右隣の男の子は、丸いテーブルに肘をついて文庫本を読んでいる。


 凄く羨ましい。みんな、普通の人間だ。



 浮気現場を目撃してしまって、部屋から逃げ出した私を浩介が追いかけてくる事はなかった。

 そしていま、何回スマホを見ても連絡がくる気配がない。


 私も私でほんとに、バカだよなぁ。

 さっさと帰って泣けばいいのに。

 もしかしたら、連絡が来るんじゃないかって。

 浩介が私に弁解しに来てくれるんじゃないかって。

 そんな淡い期待をして、浩介のマンションの近くのコーヒーショップに居座ってしまう。



「あ゛り゛え゛な゛い゛」


 恐ろしいくらいに、涙があふれてきた。

 一回泣いたら、止め方が本当に分からなくなってしまう。


 ありえないけど、ありえてる。

 恋人が浮気をしていた、これはもう揺るがない事実。

 女子高生ちゃんたちが「え、マジあの人ヤバくない?」なんて困り顔。

 いや、本気でヤバいよ。と心の中でマジレス。


 どうしよう、本当に涙が止まらない。なんて思っていた時だった。

 スマホの画面にぽんと現れる「新着メッセージ一件」という文字。


 突然、今ならまだ許してやってもいいかもしれないな。なんてバカな考えにシフトチェンジしかける自分が怖い。

 そして、画面を見ればそこにあったのはやっぱり「高原浩介」という名前。


 震える指で、画面にタッチしてみる。

 すると、そこに表示されたのは……。



「美咲、結婚の話はなかった事に」


 清々しいくらいの、クズメッセージであったのである。

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