精霊の森
『ねぇ、リリア』
『なぁに、ルルア』
くすり、くすりと木々の間を笑い声が風に乗ってすり抜けてゆく。
ここは精霊の森の奥深く。
森に選ばれたニンゲン以外が近づくことを許されない、神聖な場所。
ここにいるのはリリアとルルアの2人だけ……
ずーっと、ずぅーーーっと2人だけ
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リリアとルルアは双子の姉妹です。
蜂蜜を垂らしたような艶やかな金の髪に、雪をまとったと言われるほどに白く滑らかな肌、若芽を彷彿とさせる新緑色の瞳を髪と同じ金の睫毛で彩って、小さく瑞々しい唇は薔薇色に色づき、いつも楽しそうに弧を描いています。
とてもよく似た、いいえ、全く見分けのつかない同じ顔をした2人は、精霊の森の奥深くに2人っきりで住んでいました。
リリアにはルルアしかいません。
ルルアにはリリアしかいません。
リリアとルルアが住んでいるのは、森でいっとう大きな木の根本にある、とても小さな洞穴でした。
2人が幼い頃は良かったけれど、少し大きくなった今では一緒に入るとぎゅうぎゅうづめになってしまい、ぴったりとくっつかなければ洞穴の中に入ることも、寝ることもできません。洞穴の中には良い匂いのする枯れ葉が敷き詰められており、毎日リリアとルルアが出かけている間に新しい物と交換されています。
ぴったりとくっつくのが楽しくてリリアとルルアは洞穴に入るたびにくすくすと笑ってしまいます。
リリアとルルアは毎日食べ物を探しに出かけます。
採ってきた木の実や葉っぱの根っこや果物などは、まとめて洞穴の前に置いておきます。そうすると次の日には食べられる物だけが残っているのです。
2人は朝起きたら残った食べ物を食べて、また次の日の探しに出かけるのです。
リリアとルルアは日が昇ったら起きて、ご飯を食べて、ご飯を探して、少し遊んで暗くなったらくっついて眠る日々にとても満足していました。
リリアとルルアは自分たち以外のニンゲンを知りません。
なぜ、自分たちがニンゲンだと知っているのかも知りません。
リリアとルルアはいろんな事を知っていましたが、それを誰に教わったのかも知りませんでしたし、不思議だとも思っていませんでした。
ある日、リリアとルルアはいつものように食べ物を探して精霊の森の中を歩いていました。
精霊の森は精霊たちの住みかだということは知っていましたが、リリアとルルアは精霊を見たことがありません。
精霊だけでなく動物も、小さな小さな虫でさえも見たことがありません。
リリアとルルア、2人の世界の中で動くものは、自分たち以外にはいなかったのです。
いつものように木の実などを集め、リリアとルルアが洞穴に戻ってきてみると、なんだか不思議気持ちがしました。
まるで
“こっちに来ては駄目”
そう、誰かに言われたような気持でした。
2人は住処にそうっと近づいて茂みの影からのぞいて見ることにしました。
すると、2本足で立った背の高い生き物が洞穴の前で何かをしていました。
『ねぇリリア』
『なぁに?ルルア』
『あれは何だろう?もしかしてニンゲン?』
『ニンゲン?なら私たちと同じ?』
『髪の色はちがうよ。黒色だ。』
『目の色もちがうよ。青色だ。』
『何かを探しているみたいだよ。』
『ここには私たちしかいないのに。』
『私たち以外はいないのに。』
『『私たちを探している?』』
ひそひそとニンゲンらしきものに見つからないように、リリアとルルアはどうするのかを相談しました。
『探しているなら出て行こうか?』
『出ていけばここ(精霊の森)から連れ出されるかもしれない。』
初めて見た自分たち以外の生き物に興味はありましたが、声をかけたらいけない。見つかってはいけない。とリリアとルルアは強く感じていたので茂みから出て行くことはしませんでした。
しばらくすると、ニンゲンだろう生き物は、ひどく悲しそうな顔をして帰って行きました。
リリアとルルアはニンゲンだろう生き物が帰った後も、茂みの影で抱き合いながらじっとしていました。
ニンゲンだろう生き物が戻ってくるかもしれないと思ったからです。
やがて日が沈み、辺りが暗くなってきたのでもう大丈夫だろう。と、リリアとルルアは茂みから出て洞穴に戻りました。
ぴったりとくっついて寝ていてもなぜかちっとも楽しくありません。
この夜、初めてリリアとルルアはくすくすと笑いながら寝ることをしませんでした。
次の日の朝、洞穴の前に置いていた木の実が寝る前に置いた状態のままでした。
こんな事は初めてで、リリアとルルアはとてもびっくりしてしまいました。
“なぜこんなことになっているのだろう?”
不思議に思いながらも2人は食べられると分かっているものだけを食べて、いつものように食べ物を探しに森の中に入って行きました。
“ニンゲンだろう生き物と出会うかもしれない。”
そう考えると自然と2人の体はこわばり、手を固くつないでそうっとそうっとしか動くことができません。
そのせいでしょうか。いつもなら少しの時間でもたくさん見つかる木の実が、今日はどんなに探しても少ししか見つかりませでした。
リリアとルルアはくたくたになって洞穴に戻るとぎゅっと抱き合って、笑うことなく静かに眠りました。
次の日の朝です。
食べ物はまた、そのままの状態で置いてありました。
リリアとルルアは泣きそうになりながら、食べれるものだけを食べました。
前の日から置いたままだった食べ物に小さな虫が集まっていることに気づくことなく……
こんな日が何日も続き、リリアとルルアはすっかり笑わなくなってしまいました。
毎日お腹がぺこぺこで、食べ物を探すのがとても大変だからです。
それと同時に、リリアとルルアに小さな虫や、鳥や、動物が近づいてくるようになりました。
知識では知っていても初めて見る自分たち以外の生き物に、リリアとルルアは戸惑い、怯えました。
“このままだと大きな、肉を食べる動物も近づいてくるかもしれない。
そうしたら私たちは食べられてしまう!!!”
それはとても恐ろしい考えで、2人はそんなことあるわけない!と笑い飛ばそうとしました。ですが考えれば考えるほど怖くなり、ついにリリアとルルアは洞穴から出ることができなくなってしまいました。
『ねぇ…リリア』
『なぁに、ルルア』
『私たちこれからどうなるのかしら?』
『食べ物は無くなってしまったわ』
『水もあと少ししかないわ』
『お腹が空いたわね』
『喉も渇いたわ』
『このままここにいると死んでしまうのでしょうね』
『そうね、きっと死んでしまうわね』
『『死ぬのはイヤね』』
死なないためにはどうすればいいのか…リリアとルルアは一生懸命考えました。
そして、リリアとルルアは決心しました。
“あの日のニンゲンだろう生き物に会いに行こう!!”
ニンゲンの住んでいる場所は知っています。
リリアとルルアが住んでいる洞穴の前にある道を、ずーっとずーーっとまっすぐ進むとニンゲンの街に出るのです。
あの生き物がニンゲンならば、きっとそこにいるはずです。
ちらちらと舞落ちる雪の中のことでした。
リリアとルルアは洞穴から出て〈今までそこにあったはずなのに見えないし気づかなかった〉ニンゲンの街へと続く道を、しっかりと手を繋いで歩きはじめました。
死なないために。
いいえ、生きてゆくために。
2人が居なくなった洞穴の横にあった木が、さわり…と微かな音を立てて朽ち落ちたのは、誰にも気づかれることはありませんでした。
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ここは精霊の森
不思議な森
不思議な力に守られた森
森に守られたモノは飢えることも悲しむことも考えることもなく、森が与えた幸せに酔いしれる。
だがしかし、森の力は他の力に破られた。
2人を守る力は日々弱くなり、残っているのはあと少し。
ここは精霊の森
不思議な森
森から出ていく双子たちに沢山の幸せがあらんことを!!!