とあるお姫様の物語
むかしむかしあるところに王子様とお姫様がいました。
王子様はお姫様が大好きで、お姫様もまた、王子様が大好きでした。
二人はいつも一緒。
ずっと一緒。
いつまでも一緒に暮らしましたとさ、めでたしめでたし。
「なにこのくだらない話」
「くだらないなどと仰らないでくださいまし。この国唯一の童話でございますわ、姫様」
「王子様がいて、お姫様がいて、ずっと一緒に暮らしましたとさ……何も起きてないじゃない。起承転結なんて無視されてるし最初から完結されてるわ」
とても不機嫌な表情で絵本を睨むのはこの国のお姫様です。
「だいたい、王子様とずっと一緒なんて息が詰まるわ。少しは一人の時間が必要よ」
「愛する方と共にある時間はいくらあっても足りないものでございますわ姫様」
「……だって分からないわ。王子様がいないんだもの……愛なんて、もらったことないんだもの」
そう、このお姫様はまだ愛を知らないのです。
「陛下からの溢れんばかりの愛がありますわ、姫様」
「お父様はお母様しか愛していないわ、私は国を豊かにする道具でしかないの」
この国の王様は、お姫様をとても大切にしていますが、それはお姫様の価値を大切にしているだけでした。
「それでも、愛は愛ですわ。姫様」
「お前もよ、私のことを名前で呼ばない。私はただのお姫様。お姫様以外の名前なんて、教えられたときにしか呼ばれてないのよ………いいえ、あの時も教えられただけ。呼ばれたことなんて一度もないわ!」
そう、お姫様は誰に呼ばれてもお姫様。お姫様はお姫様。この国のお姫様はお姫様ただ一人だけなので、あえて名前を呼んだりしなくてもお姫様でいいのです。
「素敵な王子様なんているわけない。童話なんてつまらない!物語なんて始まらない!!最初から終わってるのよ!!!」
「そんなに取り乱しては舞踏会で踊れませんわ、落ち着いてくださいまし。お姫様」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!私はお姫様じゃない!お姫様なんかでいたくない!!お姫様なんて嫌!!誰にも相手にされない名前も呼ばれないいてもいなくても変わらないような!まるで空気と同じなんて人間じゃないわ!!そうよ!私はお姫様であって人間じゃないの!人間じゃない!!お姫様は人間じゃな」
かくん、とお姫様は肩を落とし、何も喋らなくなりました。
「そんなこと、皆わかってますわ。お姫様が人間ではないことくらい……。お姫様だけですわ、お姫様が人間ではないことを知らないのは」
そう、お姫様はお姫様ですが、人間ではないので愛をしらなかったのです。
「さて、このお姫様は壊れてしまったし、今日の舞踏会はどうしましょう」
部屋に残された女性はお姫様のドレスがたくさんしまってあるクローゼットを開きました。
「ああよかった、予備があったのね」
そう言ってクローゼットの奥の方に手を伸ばすと、なんと眠っているお姫様が出てきました。
女性はお姫様の閉じられた瞼に手をかぶせると
「おはようございます、お姫様。今日は舞踏会ですわ」
と声をかけました。
すると、眠っていたお姫様の目が開き、ぱちぱちと瞬きをしたのです。
「お、姫様?」
「そうでございます。あなたはこの国のお姫様、トワ様ですわ」
女性は目覚めたばかりのお姫様に、お似合いのドレスを探し始めます。
「ねえ、あれはなあに?」
お姫様は壊れてしまったお姫様を指さして聞きました。
「ああ、あれは………お姫様、でしたわ」
「お姫様なの?」
「いいえ、だったものですわ。今のお姫様はあなた様、さあ、舞踏会のドレスを選んでくださいまし」
「はーい」
お姫様がドレス選びに夢中になると、女性はそっとお姫様から離れて、壊れてしまったお姫様に近づきました。
そして、壊れてしまったお姫様の頭を掴み、ベッドの下に隠しました。
「あとで燃やしてしまいましょう」
きっと明日には眠っているお姫様がクローゼットの奥に仕舞われます。
そしていつの日にか目を覚ますのです。壊れてしまったお姫様の、次のお姫様として。
これは、永遠に続くお姫様の物語。
指が勝手に動いたという言い訳しか出来ない。
特になんの意味もありません。
お読みいただきありがとうございました。