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困った時のオクリース

「オクリース!オクリースは居るか?」


 主人の叫び声を聞き、丁度近くを通っていたオクリースがラウルスの私室の扉を開ける。

 中には長椅子に腰掛けたラウルスと、傍に控えるニゲルの姿があった。 


「オクリースよ、乙女の部屋を開ける時はノックをするんだ」

「乙女の、部屋…?どこに乙女が」

「目の前にいるだろうが」

「……」


 オクリースの目に前にはラウルスとその背後にはニゲル、念のためもう一度確認をする。部屋に居るのはラウルスとニゲルだ。この空間に存在するのはと残念三十路領主と寡黙な従僕だけで、乙女など一人も居ない。


「っていうか、この広い城の中で叫んでも、今みたいに来れないから」

「ああ、知っているよ。オクリースの足音が聞こえたから呼んだんだ」

「……」


 城の床は石で、気をつけていても足音は響く。ラウルスはオクリースの足音を聞き分けて呼んだと主張していた。


「それで用事は、なに?」

「これを開けて欲しいんだ」


 ラウルスはジャムの入った瓶をオクリースに手渡した。


「ニゲルと二人で開封に挑戦したんだが、開かなくて」

「この城の力自慢の二人が開封出来ないのを、開けれる訳ないでしょ」

「オクリース、少し頭を使いたまえ」

「頭を使えって…はあ」


 念のためオクリースも蓋が開かないか力を込めてみたが、無駄な抵抗だった。

 何か封印の魔術でも掛っているのではとジャムの瓶を持ち見上げるが、不思議な所は無い様に思えた。

 ランドマルク領の筋肉自慢二人が頑張っても開かないジャムだったが、見た目は至って普通で、ガラスの瓶と金属で出来た蓋のどこにでも売っている品だ。

 くるくると瓶を回していたオクリースはある事に気が付く。


「ーーガラスと金属は膨張率が違うから、温めれば、開くかも」

「膨張率?」

「そう。温度が上がれば物質は膨張する。その働きを利用して、蓋だけを温めれば瓶との間に隙間が出来て開くかもしれない」

「なるほど」


 話を聞いていたニゲルがポットに入っていたお湯をカップに注ぎ、オクリースから受け取った瓶の蓋を湯に浸け、しばらく様子を見る。

 数分後取り出して開けてみれば、あっさりと瓶は開いた。

 

「おお!開いた」

「うん」

「さすがオクリースだな」

「…でも、こんな時間になんで?」


 時刻は夜の十一時を回っている。

 夕食は二時間前にきっちり摂ったばかりだった。いちごのジャムをたっぷり塗ったパンをラウルスは幸せそうに頬張る。


「まあ、育ち盛りだな」

「三十路にして?」

「ああ、そうだ。それにユーリアから少し太るよう言われたからという理由もあるな」

「…そう」


 先日教えたパンケーキは、ラウルスに食べさせる水準にまで至っていないらしい。

 そんな不合格のパンケーキ達の行く末は専らアルゲオのお腹の中で、断ればいいもののユーリアが作ったものだからと、無理して食べているのをオクリースは何度か見かけた事があった。


「そういえばオクリース、君はもう二十歳くらいだったかな?」

「二十三」

「君を誘拐したのは十三歳の時だったな、それから十年だから二十三か!」

「……」


 オクリースは何でこんな人に付いて来てしまったのだろうかと、頭の中で己に問いかけていた。


◇◇◇◇◇


 オクリース・アリュキュリマの家庭は酷く貧乏だった。

 アリュキュリマ家の父ドーグと、母親マリアは騎士と貴族の令嬢という身分差を乗り越え、駆け落ちして結婚をした夫婦で、四人兄弟の長男としてオクリースは生まれる。

 物心ついた時から兄弟の面倒をみたり、家の手伝いをしたりなど目の回るような幼少期を過ごしていた。

 母マリアは厳しい人で、特に食事については口うるさく注意され育つ。

 そしてオクリースが十歳の時に父ドーグが過労で倒れそのまま帰らぬ人となってしまった。

 働き頭が居なくなってからというもの、マリアが実家から持ち出した宝飾類や銀の食器などを売って生活費を稼いでいたが、それも半年暮らせば無くなってしまい、路頭に迷う寸前まで追い詰められてしまう。

 そんな危機的状況の中、十歳になったオクリースに魔術師団の適正検査の通達が届く。

 ルティーナ大国では十歳になった子供全員に、魔術の適正があるか調べる事が義務となっていた。

 魔術が衰退した世界では適正のある者は稀でルティーナでは比較的多く、百人に一人居るか居ないかの割合で存在しているという。

 その適正検査でオクリースは魔術の才能を見出され、魔術師団への入隊が決まる。

 

 オクリースの師事を任されたのはポール・ハーバーという四十代の男で、教育が面倒だったのか、魔術書を渡した後はそのまま放置されてしまった。

 よってオクリースの魔術は完全に独学で、普通の魔術師が簡単に行う事も出来ない未熟者として、周囲の足を引っ張る事もあった。

 さらに最悪な事に名ばかりの師匠であるポール・ハーバーが問題を起こし、魔物が多数生息する要塞への移動が決まり、オクリースも同行を余儀なくされる。

 何かをやらかした魔術師や騎士達が送られる、地獄とも呼ばれた要塞での生活は苦労の連続だった。

 このリーフィート要塞と呼ばれる場所は、隣国ダルエルサラートとの国境にあり、立地は完全にルティーナではない。したがって配属の際は隣国に遠征という形で辞令が下される。

 魔物の群れが出現すれば夜中だろうと召集がかけられ、皆ふらふらになりながらも討伐に向かう。討伐が無くても見張りという名の夜勤があったり、人手が足りないので炊事・洗濯は各自で行わなければならないなど、地獄顔負けの生活を送ってきた。

 唯一の救いといえば、要塞に居た魔術師達は口は悪かったが皆親切で、ポール・ハーバーが放棄した魔術の教育をしてくれたりなど学べる場を提供してくれた。


 要塞に配属されてから半年後、何かをやらかしたらしい騎士が左遷され、オクリースの居る小隊に加わる事となる。

 その者の名はラウルス・ランドマルク。頬にかかる位の短い金色の髪と、青空の様な瞳が印象的な騎士だった。


「あの騎士のお兄ちゃんは何をやらかしたんかねえ」

「ああ、なんでもこの国の王子に剣を向けたらしいぞ?」

「なんて物騒な事をするんだ…」

「女絡みだとよ~」

「うはは、色男は辛いねえ」

「しかし一緒に来ていたガタイの良いお兄ちゃんは何なんだ?」

「ああ、お供の者だとよ。ボンボンは羨ましいねえ、何でも従者が面倒を見てくれるんだろうなあ」


 まるで酒場に居るゴロツキのように喋る魔術師達は、昼間から酒を呷っている。

 オクリースは待機部屋の隅で小さくなり、うつらうつら船を漕いでいた。


「おいボウズ!見張りの時間だ、騎士の兄ちゃんと交代して来い」

「うう…」


 魔術師にどやされ、おぼつか無い足取りでオクリースは見張り台まで歩いて行った。


 塔のように突き出した見張り台は全部で二十箇所もあり、二十四時間体勢で魔物の監視をしている。

 支給されたコートを羽織り、長い梯子を上がっていく。頂上まで登りきると見張りをしていた騎士に交代だと声を掛けた。


「君みたいな子供も見張りをするんだね」

「…大人とか、子供とか、関係無いから」

「ーーそうだったね」


 見張り台の上は風が強く肌寒い。オクリースはフードを被り、少しでも風から身を守ろうと努力をする。


「君、名前は何て言うの?」

「オクリース」

「そうか。私はラウルス・ランドマルクだ」

「ランドマルク領、の人?」

「ああ、そうだ」


 ルティーナの北方に位置する枯れた領土の噂話は遠く離れた要塞まで届く事があった。しかし毎日のように流れる噂の一つなので覚えている者も居ないだろうとオクリースは考える。


「君はランドマルクの地を知っているのかい?」

「少しだけ、どんな所なの?」


 噂話では、冬は寒く夏は暑い。急激な温暖さにより農作物は育ちにくく、実入りの少ない土地で、若者離れも深刻な寂れた場所だと聞いていた。

 生まれ育った人からすればどんな風に見えているのか、オクリースは少しだけ興味があった。


「何にも無いな!」

「え?」

「驚くほど何も無いんだ。大地は枯れ、人もどんどん他の領地へと移り、人口も減り続けている。おまけに領主である父の統治能力が壊滅的で、財産もほぼ尽きかけているという」

「……」


 ランドマルク領は噂通り最悪な場所だった。しかしラウルスに悲壮感は無く、むしろ清々しい笑顔を浮かべていた。


「何で、騎士してるの?故郷をどうにかしたいって、思わなかったの?」

「ランドマルクで私だけが出来る事など無いのだよ」

「何故?」

「君は質問ばかりだな」


 そう言ってフードの上からオクリースの頭をぐしゃぐしゃと撫でる

 

 ラウルスは、街から通って来ていた元騎士から剣を習ったという。

 みるみるうちに剣の才能を開花させ、自警団の一員として魔物退治に出かける事もあった。

 そしてある日、元騎士の使用人から騎士になるべきだといわれ、言われるがままに従騎士となり、今に至るという。


「騎士になった私をランドマルク領の人々は喜んでくれるんだ、それを誇りに思っている。それが私にしか出来ない事だと…ん?」

「……」


 オクリースは本日二隻目の船を漕いでいる途中だったが、支えの無い体がくりと体が揺れ、目を覚ます。


「眠いのかい?」

「う…ん」

「少し眠ると良い。お姉さんが特別に膝を貸そう」

「ん?お姉さん、どこ…」


 オクリースは膝を貸してくれるお姉さんを寝ぼけ眼で探した。目の前にはラウルスという騎士しか居ない。もう一度念の為確認をする、膝を貸してくれる素敵で親切なお姉さんはーー居ない。 


「夢、か…」

「夢じゃない」

「だってお姉さん、居ない」

「居るだろう目の前に」

「ラウルスしか、居ない」

「……オクリース、一応言っておくが、私は女だ」


 騎士の衝撃的な告白によってオクリースの眠気は一瞬で冴え渡った。


「ほら、膝を貸してやるから少し眠れ!」

「いい、いいから」

「子供は遠慮するな」

「本当に、大丈夫だから」


 そんな出会いから一年、オクリースにとってリーフィート要塞は相変わらず厳しい環境だったが、騎士のおかげで少しは穏やかに過ごせるようになっていた。

 この生活はまだまだ続くものかと思っていたが、ラウルスに突然帰還命令が下る。

 ラウルスは上官に掛け合いオクリースも一時的に帰れるよう手配をしてくれていた。おかげで一年半振りに王都へ帰れる事となる。

 しかしながら、オクリースを出迎えたのは母親からの無慈悲な手紙で、再婚し兄弟達は皆養子に出したから仕送りは必要ないという事と、住んでいた家も売ったので帰る場所はありませんという内容が書かれていた。

 オクリースは魔術師団から逃げ出す準備を始める。

 休暇として王都に居る事を許されたのは一ヶ月間だった。その間に出来る限りの用意をし、辞表を自室の机に置いて、人が少ない時間を狙って部屋を飛びだした。が、部屋の前には人が居て、体がびくりと震えた。


「オクリース、大荷物を持ってお出かけかい?」

「ーー!!ッ…何だ、ラウルスか」


 部屋の前に居たのはラウルスだった。何故か一人では無く、銀髪の少女に腕を組まれ、オクリースを見下ろしていた。


「誰?」

「彼女はフロース。フロース、彼がオクリースだ」

「ふ~ん」


 フロースと呼ばれた少女は面白くなさそうにオクリースを見つめ、目が合うと外方そっぽを向いた。


「オクリース、もしや夜逃げではないよね?」

「……」


 返事に無いオクリースの様子を見て、無言の肯定とラウルスは判断した。

 ラウルスはオクリースの家の事情をある程度知っていたので、家で何かあったのだろうと勝手に推測する。


「そう。行くあてはあるのかい?」

「……」

「こんな誘いをするべきでは無いと思うんだけど」

「?」

「よかったらうちの領に来ないか?」

「え?」


 地面に顔を向けたままだったオクリースが顔をあげ、驚きのあまり声を失ってしまう。


「父親が死んでしまってね、騎士を辞めて帰らなきゃいけなくなったんだよ。領の状態は…まあ、一年前よりも最悪な状態になっていて…きっと行っても苦労すると思うんだ」

「あら、大丈夫よ!お金ならお父様に貰ったものがあるから!」

「しかし限りがあるだろう?お金はいくらあっても足りないと思うーーと、まあこんな誰も得をしない場所だ。食べるものは…そうだな、森に行けば鹿や猪が居るから狩って来ればいいか。川には魚も居るし。ああ、睡眠は好きなだけとってもいい、十時間でも十二時間でも眠れば良いさ」

「……」

「子供が一人で生きてくには辛い世の中だ。だから君さえよければ共にランドマルクへ行こう」

「ーーいい、の?」


 震える声でラウルスに問う。もちろんだとラウルスは十三歳の少年を荷物ごと抱き上げた。


「ちょっと!なんでその子を抱っこするのよ!」

「逃げられたら困るからな」

「はあ!?」

「フロース、うるさい」

「な、なんで呼び捨てなのよ!<フロースさん>でしょ!!」


 喧嘩を始める子供達を連れてラウルスは待たせてある馬車へと急いだ。

 抱き上げる少年は荷物と共に抱いていても軽い。きっと栄養が行き渡ってないのだとラウルスは思った。


「オクリース、君はもっと沢山食べないとな。私より大きくならないと」

「うん」


 こうしてラウルスは子供二人と青年一人、中年を一人かどわかして故郷へと帰る事となった。


◇◇◇◇◇


「オクリース、どうした、眠いのか?」

「別に」

「ジャムの蓋を開けてくれたお礼にお姉さんが膝を貸してやろう!」


 ラウルスは組んでいた足を戻して、太ももをぽんぽんと叩く。


「ラウルスはお姉さん、なの?」

「なんだ、またその質問か。私はお兄さんでは無いと言っているだろう」

「違う」

「ん?どういう…!!ああ、そういう事か。ーーそうとも私はお姉さんだ」

「……」

「ユーリアもフロースもオクリースも皆、可愛い私の妹と弟だよ」


 そう言って立ち上がると、オクリースの頬に口付けをした。


「いつの間にか私よりも大きくなっていたんだな。気が付かなかった」

「ーーうん」


 オクリースは静かに姉の抱擁を受け入れた。

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