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【幕間】公爵です…天国とも言える自宅に帰って来たら、十年振りに屋敷に戻った顔面が怖い父親と金をせびる目的だけで帰って来ていた可愛くない妹が家に居たとです。あっという間に自宅が地獄になりました…

 先日、仕事先で部下から祖母が危篤だという連絡が入り、早めにその日の任務を切り上げてルティーナ大国の北方の端に居る父親に速達で手紙を送った。一刻も早く帰りたい気持ちはあったが、仕事をほっぽり出して帰ろうものならばユースティティア家の裏家業に誇りを持って就いている祖母に怒られる事が分かっていたので、そわそわする心を落ち着かせながら待機している宿に戻る。

 私が祖母の待つ自宅への帰宅が叶ったのは、父に手紙を出してから六日後の話だった。部下には容態が急変したら呼んで欲しいと伝えていたが、連絡が無かったので祖母は何とか持ちこたえているのだろう。

 王都の門口まで迎えに来ていた部下に馬車の中で纏めていた報告書を押し付け、知り合いの騎士に馬を借りて、自宅までの長い道のりを逸る気持ちを抑えつつ駆け抜けた。

 庭で花壇の手入れをしていた使用人に馬を預け、全力で駆けてくれたのか酷く疲弊していたように見えたので水と干草を与えるよう指示を出し、祖母の寝室へと急ぐ。

 すれ違った屋敷の使用人達は心なしか顔色が悪く見えた。祖母の具合はそこまで悪化の一途を辿っているのだろうか?自然と走るような早足で廊下を歩いていたが、背後から何者かに呼び止められる。


「ちょっと待ちなさい!!」


 ーー今は祖母も元に行かなければいけないから待てない。

 申し訳ないと思いつつも背後の人物を無視して先へと進んでいると曲がり角で大きな影と鉢合わせになった。この時ばかりは度重なる行く手を阻む存在に、気の長い私も多少のイラつきを感じてしまう。そもそもどうして右・左通行が出来ないのかと問い詰めたい。ここは広い屋敷であるが、曲がり角などでぶつからないようにきちんと歩くべき方向が決まっているのだ。どこの家の愚か者だときつく睨みつければ……


「なんだ、帰っていたのか」

「!!」


 私の行く手を阻んでいた人間は私が世界で二番目に怖ろしいと思う父親だった。


「お兄様、私を無視するなんていい度胸じゃない?」

「!!!!」


 そして背後からの声を振り返れば、私が世界で一番に怖ろしいと思う妹が、額に青筋を浮かべてこちらを見ていた。


「どうしてくれるのよ!! お兄様がお祖母様が危篤だというから急いで帰ってくれば……元気じゃない、お祖母様!!」

「!」

「おい、あまり責めるな。こいつも仕事先に居て詳細は知らなかったのだろう」

「?」


 話をよく聞けば祖母の危篤というのは私の部下の誤報らしく、ユーグラッド侯爵家の愛犬が危篤状態だという情報と勘違いして報告に来たらしい。幸い侯爵家の愛犬も峠を越えて快方へと向かっているとか。犬と勘違いされた祖母は大層お怒りで、情報を取り違えた部下は事務官へと降格されたという。


「あら、レグルス、お帰りなさい。早かったわね」

「!!」


 噂の祖母がやってくる。相変わらずの気配遮断は現役の私でも接近に気がつかないことがあった。個人的に心の中で密かに呼んでいる隠密婆オンミツ・ババアの名は伊達では無いのだ。

 祖母はフロースの言う通りピンピンしている。三ヶ月前から具合を悪くしていたので顔色はどちらかといえば青白くしていたが、隣に居る父のほうが不健康そうに見えた。

 不安から解放された私は壁に寄りかかり安堵の息をつく。


「こんなところで固まっていないでお茶にでもしましょう」


 祖母の一言で私たちは居室へと移動し、近況について語り始めた。


「アルゲオは十年ぶりね」

「……そうですね」


 父のこのようなきちんと敬語を使いつつも従順そうな素振りをする姿は初めて見たかもしれない。いつも威圧感たっぷりにまるで相手を見下すような印象しかなかったので意外に思った。


「どう? 久方振りの王都は」

「相変わらずごちゃごちゃとしていて、空気が淀んでいて息苦しく感じます」

「そうね。ランドマルク領のように土地も余っていないし、人口も右肩上がりで増えていると聞くわ。人が増えれば良くないものが蔓延るもの仕方がないことよね。ランドマルクは未開の地だから空気が澄んでいるのかしら? 十年間一回も帰宅したくない程の楽園に移り住めて全く羨ましい限りだわ」

「……」


 父の眉間の間には深い皺が入り、扇で意地悪に吊り上がった口の端を隠す祖母との視線の間には、激しい火花が散っているように見えた。二人の仲が悪いという事は知らなかった。古くからユースティティア公爵家に仕える老執事を見れば、困ったように微笑み小さな声で「大奥様とアルゲオ様のこのような光景は以前は毎日のように拝見しておりました」とこっそり教えてくれた。


「フロースはランドマルクにはもう帰らないのよね?」

「ええ。お祖母様のお仕事を手伝おうと思っているわ」

「そう。私も話し相手が居ないから寂しかったのよ、嬉しいわ。レグルスはこの通り大人しい子だから」

「まあ、お祖母様はお優しいのね。お兄様は大人しいんじゃなくて根暗で口下手なのよ」

「……」


 たしかに他人と会話することは苦手だし人付き合いも悪く、一人で過ごす休日が一番心安らぐ時間だ。フロースの言うことは間違ってはいなかったが、繊細な私の心はちょっと突いただけで深く傷ついてしまう。彼女の言葉の短剣はいつでも私に刃を突きつけ、ズタズタにしていくのだ。

 しかしそんな私にも初めての友達が出来た。父と祖母、フロースには内緒だが、ランドマルクのラウルス君と密かに文通をしている。前に領地へ寄った時にばたばたしていてきちんとお礼を言えなかったので、こちらから手紙を送ったのがはじまりだった。それ以降一ヶ月に一、二通は文を交わしている。これから世にも怖ろしい妹も共に暮らしていくので、手紙のやり取りがバレない様に対策を練り上げなければと、壮大で緻密な工作を頭に浮かべてた。


「それはそうとお祖母様、御目出度いお知らせがあるのよ」

「あら、何かしら?」


 父と私は何の話だろうと揃ってフロースを見る。その表情は先ほどの祖母のように口の端を上げ、悪い事を企む悪女のような顔付をしていた。


「お父様、結婚するのよ」

「!!」

「!!」

「!!」


 私と祖母と父は驚愕の面持ちでフロースの発言に言葉を失っていた。

 --いやいや、何故当事者の父まで一緒に驚いているのか。


「な! アルゲオ、結婚ですって!? どこの馬の骨よ!? ま、まさか商売女ではないでしょうね? 私はこんな事をする為に辺境の地へ行くのを許した訳ではないのに」

「お祖母様、ラウルスは馬の骨じゃないわ」

「ラウルス!? あ、相手は、あのラウルス・ランドマルク!? ーーアルゲオ!! ちょっと黙ってないで質問に答えなさい」


 祖母は畳んだ扇でバシバシと父の肩を叩いて情報を提示しろと攻め立てる。


「いや、まあ…そう、ですね。いずれ」

「曖昧な物言いね、はっきりなさい!!」

「お父様はラウルスと結婚するわよ。ーーそれでお祖母様、お願いがあるんだけど、お父様を公爵姓に戻して欲しいの」

「!! お前は何を言い出すんだ!?」

「まあ!! 自分から捨てた公爵姓を元に戻して欲しいですって!?」

「いや、それも……」

「お祖母様、お願いよ!」

「……そうね」


 フロースに懇願され鬼の形相を浮かべていた祖母の表情が多少和らぐ。かの『鉄の仮面を被った側妃』と恐れられていた祖母もフロースの前ではごくごく普通の優しいお婆ちゃんなのだ。


「その件についてはじっくりと考えておくわね」

「ありがとう、嬉しいわ!!」

「……」

「……」


 フロースの事だからラウルス君と家族になりたい一心で提案をしているのだろう。父や次代の跡取りの居ないユースティティア公爵家を思っての行動でないことは確かといえる。

 祖母と妹の間で板ばさみになり、とんでもない事を暴露された父はこめかみ付近を押さえて、ぎゅっと瞼を閉じて苦悶の表情を浮かべていた。この時初めて私は父親に親近感を覚えてしまう。

 

 その後、私は天国から真っ逆さまに堕ちるように地獄となってしまった屋敷から…もっと細かく言えば父と妹と祖母から逃げるように職場へと行き、部下の仕事を奪って再び王都を後にする。


 それから三日後、もう父もランドマルク領に帰っただろうと思っていたら、「まだいらっしゃいます」という予想外の答えが使用人から帰って来て酷く驚いた。


「あら、お帰りなさい、お兄様」

「……」


 弾んだ声で迎えたのはフロースだ。機嫌が良いのか微笑みながら近づいて来て、珍しく、というか初めて私に労いの言葉をかける。

 正直「フ、フロースちゃん、ど、どど、どげんしたとね!?」と問い詰めたいほどのこの上ない機嫌の良さだ。全く怖ろしい。


「あのね、お兄様、今日はお客様がいらっしゃっているの。あとでご紹介するわね。うふふ」

「……」


 妹がここまで有頂天になるほどの客人とは何者なのだろうか。なんとなく不安を感じながら客間まで通され、思いがけない人物に出会う訳だが、またそれは別の話である。


 【幕間】公爵です…(題名以下略)完

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