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フロースの王子様

「二十歳か、若すぎるな」


 執務室で仕事をする中、外出先から帰宅したアルゲオがお見合い写真と釣書をラウルスに投げ渡す。

 ラウルスも受け取るや否や、即座に開封し中を検めたが、お見合い相手は随分と年下だった。

 イーオン・アストリム。

 アストリム伯爵家三男、二十歳。ルティーナ大国・王族騎士隊=第二近衛部隊所属。趣味・演劇鑑賞、特技・ダンス


「お前の縁談では無い」


 本日も目の下にくっきりと隈を携え、不機嫌顔のままアルゲオは言う。ちなみに昨晩の睡眠時間は十二時間と快眠を一人貪っていたという。


「ユーリアのか!?こいつは駄目だ!!まず肌が白すぎだ、そしておそらく実戦経験もほとんど無い七光り坊ちゃん騎士だろう!?趣味・演劇鑑賞、特技・ダンスだと?ランドマルクには劇場も無ければ、舞踏会もない!こいつに田舎暮らしが務まるものか!駄目だ駄目だ、こいつはユーリアに相応しくない!!却下だ!!」


 ラウルスは忌々しいとばかりに見合い写真と釣書を封筒に仕舞い、不要物を入れる箱の中に投げ入れた。


「お前は自分の結婚相手だと気になる箇所は年齢だけだったのに、ユーリアの結婚相手だとうるさいな」

「当たり前だ!私は基本的に来るもの拒まずだが、ユーリアの結婚相手は厳しく選ばせてもらう!」

「そうか、しかし熱弁して貰っといてなんだが、それはフロースの見合い相手だ」

「フロースの?」

「ああ」

「それを何故、私に渡す?」

「……」


 アルゲオは不要箱の中から見合いの封筒を取り出して再びラウルスに渡すと、明後日の方向を向き目の前の領主様から視線を逸らした。


「…俺は忙しい。よって後は任せた」

「待て。十二時間も快眠出来る奴が忙しい訳ないだろう!?それに何故私がフロースに見合いの話をしなければいけない!」

「睡眠時間と忙しさは関係ない。そしてフロースはお前がここに連れて来た娘だろう?」

「その前にフロースはアルゲオの娘だろうが!」

「……」

「……」


 言い合いをしながらも二人の心は一つだった。フロースにお見合いの話なんか振りたくない、と。

 アルゲオは二回結婚に失敗をしており、絶対そこを突かれ拒否する事は目に見えていたし、ラウルスは自分は結婚していない癖にと怒られる事がありありと想像出来た。


「アレが道を踏み外したのは、お前が中途半端に口説いたせいだ」

「何を言っている。アルゲオが離婚をしたからだろう?」

「……」

「……」

 

 両者一歩も引かず、話は平行線のままだった。

 この戦いは長く続くだろう、そう思っていた瞬間執務室の扉が勢い良く開かれる。


「ラウルス居る?」


 現れたのは噂の人物、フロース・ユースティティアだった。


「ねえ、どう?」


 フロースはいつもと同じスカート丈の長い仕着せを着ていたが、くるりと一回転してラウルスとアルゲオに視線を送る。


「あ、ああ…髪を少し切ったんだね、素敵だ」

「ふふ、流石ラウルス!お父様は分からなかったみたいね」

「…そうだな」


 そして室内は不自然な沈黙に包まれる。

 ラウルスとアルゲオは視線で何か会話をしていたが、フロースには何の事か分からなかった。

 二人して嫌だ嫌だと首を振り、見合い写真が入った封筒を渡し渡されを何度も繰り返す。


「何よそれ」

「あ」

「…」


 フロースがお見合い写真の入った封筒を取り上げ、中身を開ける。


「お見合い写真…誰の?」

「……」

「……」


 返事の無い二人を無視してフロースは釣書を読み始めてしまう。


「イーオン・アストリム、聞いた事ないわねえ…騎士なの?ふ~ん」


 イーオンという人物がどんな顔をしているのか気になったのか、写真の入った冊子も見始めた。


「ーーげ。肌白過ぎ、顔決め過ぎ、髪の毛弄り過ぎ。絶対この人<自己陶酔型の人ナルシスト>だわ。騎士なのに最悪。趣味、演劇鑑賞、特技、ダンスですって。騎士の癖にご婦人のような趣味ね」

「……」

「……」


 先ほどラウルスも批判をしたが、それ以上に辛らつな言葉をフロースは吐いた。

 「で、誰のお見合い相手なの?」というフロースの質問に対して、依然として視線で攻防を続けていた二人だったが、埒が明かないとラウルスが男を見せる。


「それは…フロースのお見合い相手だ」

「何ですって!?」

「フロースのお見合い相」

「聞こえているわよ!」


 フロースはぎっとその場に立ち尽くしていた父親を睨みつけた。お見合い話の出所はバレていたらしい。


「お父様がこんな下らないお見合い話を持ってくるなんて意外だったわ。まさかこの男と結婚しろだなんて言うのかしら?」

「いや、それは…」

「ラウルスもラウルスだわ。自分はとっくの昔に嫁ぎ遅れているのに、お父様と共謀して結婚させようとするなんて」

「いや、私は…」


 予想以上のお怒りにアルゲオもラウルスもたじろいでしまう。

 互いに顔を見ながら、お見合い話をこちらで潰してしまうという第三の選択を選べば良かったと後悔の渦に苛まれていた。


「じ、じゃあ、その見合いは私が受けよう」

「そんな事許さないわ」

「でも、私もいい年だ。私が結婚をしたら、フロースもしてくれるのだろう?」

「イーオン・アストルムは嫌!!」

「そうか?…そ、そうだ!アルゲオと結婚しよう!これで全ての問題が解決する!!」

「お父様はもっと嫌!!」


 アルゲオは本日二回目のフロースの恐怖の睨みを受けてしまった。フロースの睨みは胃にダメージが来るのだなと娘の特技を身をもって体験する。


「嫌か?一年に三度は求婚するほどに好いているんだが」

「おい、やめろ」

「?」


 フロースの殺意の視線を感じ、アルゲオは瞳を閉じる。これで怖くない、と。


「とにかく、お父様は絶対駄目!こんな中年と結婚する位なら私と結婚しなさいよ!」

「フロース、落ち着け、アルゲオは取らないから大丈夫だ」

「何言ってんのよ!お父様なんていらないわ!」

「そうか?だったら私にくれ」

「嫌ッ!!」

「どっちなんだ…?」


 アルゲオは胃どころか頭までも痛くなり、退室を希望したかったが、何故か先ほどからフロースに足を全力で踏みつけられていた為、身動きが出来なかった。


「フロース、何故お前はそんなにもラウルスに執着する?他にいい男は居た筈だろう?」

「アルゲオ、その言い方は私の性別が男みたいに聞こえるから止めてくれ」

「王子さまなのよ」

「え?」

「…」

「ラウルスは私の王子様なの」


 フロースは少女だった日の思い出を語り始める。


◇◇◇◇◇


 貴族の結婚とは、家同士の繋がりを結ぶものであり、そこに愛は無い。

 貴族の娘達の間で当たり前のように話されていた事実をフロースは身をもって体験している最中さなかだった。

 父・アルゲオはフロースの母親とは再婚で、近々離婚するらしいという使用人の噂話も耳に入っていた。

 お茶会に集まった令嬢達は、あの騎士様が素敵!だとか、あの家の執事がカッコイイわ、などとお花畑にいるようなふわふわとした会話を続け、暢気に笑い合っている。

 その様子を心底面倒くさいと十二歳のフロースは思っていた。


 そんな甘ったるいお茶会から三日後、フロースの結婚についての話が進んでいる事を告げられる。

 母親が持ち帰って来たのは、ルティーナから遠く離れた国の王子とのお見合いだった。

 王子がフロースの事を気に入れば即座にその国へと行かなければいけないという母の言葉を、まるで他人事の様に聞き流していた。

 一週間後、王子とお見合いをする事になり、気の進まないまま当日を迎える。

 フロースはお見合い相手の釣書などに目を通していなかった事を、王子を目の前にして後悔していた。

 会場に現れた王子は今年で三十で、国に側室が二十人も居る事を自慢げに語っている。


「もちろん君が正室だから心配いらないよ?」

「……」


 綺麗な顔をした王子だったが、自分の自慢ばかりしていてつまらない男だとフロースはぼんやり見つめていた。

 もしも気に入ってこのまま国に連れて帰られたら自分はどうなるのだろうかとも考える。

 他国には十三や十四で出産をする妃の話を思い出して、鳥肌が立ってしまった。

 王子が散歩をしようというので、薔薇が咲き乱れる庭園を並んで歩いていた。


「君は美しい、本物の<フロース>のようだ」


 そう言って王子はフロースのかぐわしい花のような香りを楽しむかの如く、首筋に顔を押し付けた。

 父親がつけた<花>という意味のあるフロースという名前を気に入っていたが、この時ばかりはそれが恨めしいと思った。

 そして何故か周りには供の者達の姿は無い。


「ジョルッジェ様、供の者とはぐれました。戻りましょう」

「フロース…可愛いよ」

「ーー!!」


 ジョルッジェは膝をつき、フロースの首筋に顔を押し付けたまま、太ももを撫で始める。


「あ、あの…やめて」

「大丈夫だよ、人払いはしてある」

「えっ?」

「誰も来ない」

「や、やだ、やめて!!」


 服の上から弄るのでは物足りなかったのか、ジョルッジェはフロースのスカートの裾に手を掛けようとした。


「何をしている!!」


 凛とした声が静かな庭園に響き、ジョルッジェは声の主を振り返る。


「誰だ!!」


 薔薇の苗の茂みから出て来たのは一人の騎士だった。

 フロースの居る方は逆光で顔は見えなかったが、自国の紋章が付いた服を着ていた為、安堵の息を吐く。


「名乗る程の者では無い。何をしていた?」

「騎士風情が大きな顔をするとは」

「犯罪だ」

「え?」

「この国で十五歳以下の子供に淫らな行為を働く事は犯罪になる」

「何を言ってるんだ、この娘は僕の物になる!僕はダルエスサラートの第二王子だ、意味は分かるな?」

「ーー法とは国民も守るものでもあり、国を守るものでもある。この国で犯した罪は、誰であろうとこの国の法で裁かれるべきだ」 

「そう。そうか、よく理解したよ…」


 ジョルッジェはゆらりと立ち上がると、腰に差していた剣を抜き、騎士に向かって斬りかかった。対する騎士も剣を抜き、応戦する。


「お前を殺せば問題ない!大丈夫だよ、フロース。心配はいらないッ!!」


 軍事の国ともいわれるダルエスサラートの王子とだけあって、ジョルッジェの剣の腕はかなりのものだった。

 騎士は一方的に押され、ついに手にしていた剣も弾け飛ばされてしまう。


「さて、死んでもらおうか」

「や、やめ」


 止めとばかりに剣を振り上げた瞬間、騎士の前で何かが閃光し、ジョルッジェは一瞬視界を奪われる。

 その隙に騎士はフロースを抱き上げ、一目散に逃げた。

 人通りの多い場所まで行くと、フロースを下ろして怪我か無いか騎士は確認をする。


「…大丈夫」

「そうか、よかった」


 フロースを助けた騎士は金色の髪に青い瞳という、貴族の娘達が夢見た王子様に似た容姿をしていた。


「少しかっこ悪かったね。私も修行が足りなかった」

「そんなこと、ないわ」


 騎士が少女の手を引こうとした時、背後から声が掛かった。


「フロース?」

「!!お父様ッ」


 父親の声に安心をしたのか今まで我慢をしていた涙が溢れ、止まらなかった。

 様子のおかしい娘を抱き上げ何があったのか訊ねたが、言葉になっていない。


「あ、あの騎士様が、た、助けて」

「騎士?」


 父親の胸から顔を離し、振り返るがフロースの背後には誰も居なかった。


◇◇◇◇◇ 


「それでその後、金髪碧眼の王子様のような騎士を必死に探してたけど、見つからなかったのよ」

「……」

「……」

「まさか女性だとは思いもしなかったわ」


 そう語りながらフロースはお見合い写真をゴミ箱の中へ放り込む。


「でも…こんな歳になっちゃったけどね、私幸せよ?」

「フロース」

「私には王都での煌びやかな生活よりも、ここでの穏やかな暮らしがあってるみたいだから!それに結婚をする事が全ての幸せに繋がるとは言わないでしょ、お父様?」

「そう、だな」

「だったら、この話はお終い!」

「…はい」

「……」


 こうして嵐のような女性は部屋を去って行った。

 残されたラウルスとアルゲオは互いに苦渋の表情を浮かべている。


「アルゲオ」

「なんだ」

「済まなかったな」

「いや、お互い様だ」


 フロース・ユースティティア。

 彼女こそが、ランドマルク家最強の存在である事を再び認識することとなった日の話である。

 

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