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お兄様とお買い物?

「おはよう、ユーリア」

「おはようございます、姉上」


 朝、食堂ダイニングルームに行くと珍しくラウルスが先に来ていて、新聞に目を通していた。


「今日はお早いお目覚めですね」

「ああ」


 読み終わった新聞を綺麗に畳み、後方に控えていたニゲルに渡す。

 新聞で隠れていて見えなかったが、ラウルスの目の下にはくっきりと隈が刻まれていた。


「あ、姉上、その隈は…?」

「これは溜まっていた書類を徹夜で片付けた結果、生まれたものだ」

「え?」

「これは人工的に生まれた隈で、天然の隈を持つアルゲオの物に比べたらたいした事は無い」


 寝不足のせいか言動までいつも以上におかしくなっているラウルスをユーリアは心配そうに見るが、隈がある以外は変わったところは見受けられなかった。


「そんなにお仕事が溜まっていたのでしょうか?」

「いや、今日はユーリアと出かけようと思って仕事を早々に片付けた」

「え、何でですか?私と出かける事なんていつでも出来るでしょう?」

「いや、今日が最大の好機なんだ。そうだろう?ニゲル」

「ーーはい」


 背後に影の様に控えていたニゲルが頷きつつ返事をした。

 ユーリアは話が見えず、小首を傾げる。

 会話を続ける中、朝食の用意が出来たのか、食事の乗ったワゴンを侍女が押し、一緒に入って来たオクリースもカトラリーを食卓ダイニングテーブルに並べ、配膳の準備をはじめる。 


「フロースが今日の夜帰って来るだろう」

「彼女がどうかしましたか?」

「それが最大の問題だ。今日はユーリアの服を買いに行きたい。しかしフロースが居れば好きなものが買えない。だったら居ないときに買いに行くしかないだろう!」

「……」


 ユーリアやラウルスの洋服などは主にフロースが勝手に選んで購入している。

 かの公爵令嬢はセンスが良く、似合うものを選んでくれるのだが、その際に着る側の意見は無視する傾向にあった。


「数日前にフロースが買って来たばかりですし、他にも洋服は沢山所持しておりますので、必要ありません」

「しかしその服は髪の長いユーリアが着て初めて可愛さが爆発するものだ。それにフロースがこの前買って来た服は少年のものではないか!ユーリアが男の格好など言語道断ッ!!」

「……」


 本日のラウルスの格好は白いシャツに臙脂えんじ色のベストに黒いズボンという完全な男物だったが、自らの格好は棚に上げ「女性が男物など着てはいけない」と声高々に主張をしていた。


「ラウルス、冷める」


 いつの間にか食事の配膳が終わっていたようで、卓上にはパンとスープ、サラダにスクランブルエッグが用意されていた。

 侍女はラウルスの前に置かれた冷えた紅茶を下げ、新しく淹れたものと交換する。


「ああ、済まない。戴こう」


 こうして食事を終え、ラウルスとユーリアは街へと出かける事になった。


◇◇◇◇◇


 朝市の片付けで人の行き交いが盛んな大通りを一台の馬車がゆっくりと走行していた。

 本日はお忍びなので馬車はランドマルク家の家紋が付いた物ではなく、座席は日よけのほろがあるだけで、外にむき出しになっている二輪の簡素な馬車だった。

 キャビンを引く馬は一頭で座席は二つしかなく、馬の手綱はラウルスが握り、従僕であるニゲルは馬車の後方にある荷台に立っていた。 

 そして馬車はとある店の前で止まりニゲルに馬車の手綱を渡すと、ユーリアを連れ店の中へと進む。

 その店は二ヶ月まえに出来たばかりの新しい服屋で、ラウルスもユーリアも来るのは初めてだった。

 フロースが開店前日に偵察に行ったようで、「なかなか良い品を置いている」という報告を受けたのをラウルスは覚えていた。


「いらっしゃいませ~」


 店の奥から従業員が現れる。

 フロースと同じくらいの年齢の女性にユーリアに似合う服を見繕うよう頼み、ラウルスは置いてあった椅子に腰掛けた。

 従業員の女性はちらちらとラウルスを気にしながら、ユーリアに服を選んでいく。


「お兄様とお買い物なんて羨ましいわ」

「…はあ」


 「兄」と呼ばれた「姉」をユーリアは振り返る。

 ラウルスはピンと背筋を張り、胸の前で腕を組みながらユーリアを真剣な眼差しで見つめている。

 あれでは格好も相俟って男にしか見えないだろうと思い、訂正せずにそのまま曖昧に頷いた。

 店員が持って来たのはいつも着ている様なレースがふんだんにあしらわれた生成り色のワンピースだった。

 ハイウエストのワンピースは従業員の見繕い通りユーリアの体にぴったりだったが、髪が短いのでいまいち似合っていないと鏡に映る自分を見ながら思う。


「着替えは終わった?」

「はい」


 カーテンを開けて従業員が試着室に入ってくる。


「サイズはぴったりみたいね」

「はい」

「ちょっと髪もいじるわ」

「?」


 従業員の女性はユーリアの髪を櫛でとき、左右の頬にかかる髪を三つあみにして編みこんでいき、後頭部の辺りでピンで留める。そこに藍色のリボンがついたバレッタを留めれば、長い髪を一つに纏めた様にも見え、ワンピースも違和感が無くなった。


「とてもお似合いよ」

「あ、ありがとうございます」


 試着室から出て来たユーリアをラウルスは天使の様だと絶賛する。


「なるほどなあ、こういう髪型ならスカートも似合うんだな」

「ええ、髪を編まなくても丈が短くて袖がシンプルなワンピースだとか、背中の開いたドレスとかもお似合いになるのでは?」

「そうか。それでは他にも数着見繕ってくれ。できれば小物も頼む」

「かしこまりました」


 再びユーリアは店の奥へと連れられ、着せ替え人形となる。


「お兄様、素敵ね」

「は、はあ」

「お幾つなの?」

「ええ…たしか三十に」

「そう」


 今日はお忍びだからと性別を訂正しなかった事をユーリアは深く後悔する。

 従業員の瞳は熱っぽく、足を組んで座るラウルスをまっすぐ見つめていた。


(姉上、なんでわざわざ男らしい座り方を…)


 目の前の女性が見せる「燃えるような瞳」は激しく見覚えがあった。


(フロースが居なくてよかった)


 もしもこの場にフロースが居たら嫉妬心を爆発させ、買い物所では無かったのかもしれないとユーリアは思う。

 ここの店員はユーリアが好ましいと思う洋服を選んでくれるのでじっくり選びたかった。 

 こうしてワンピース三着にバレッタやカチューシャを数点、バッグに靴といった買い物を三時間ほどかけて念入りに選び、店を出た。


 買い物が終わる頃にニゲルが店の中へ入ってきて、買った物を馬車運び、座席の後ろにある荷物置きへと並べる。 


「お腹がすいたな。食事にしよう」


 そう言ってラウルスは馬車を走らせた。

 たどり着いたのは行きつけのレストランで、今日はお忍びという事なのでニゲルも共に食事の席につく。


「いらっしゃいませ、ラウルス様!」


 支配人が揉み手をしながら出迎える。


「今日はお忍びだ。あまり構うな」

「は、はい。ではこちらへ」


 「構うな」と言ったが、ラウルスたちは個室へ通された。

 メニューを見ていると先ほどの支配人が再び現れ、軽く挨拶をしたのちに、部屋の外に控えていた従業員へと合図を出す。

 

「本日は特別な食材が入ったので、是非ラウルス様に見ていただこうと思いまして」

「特別な食材?」

「ええ、東国から輸入したもので、珍味だと言われております」


 従業員は二つの布が掛けられた箱を押して入ってくる。

 ラウルス達の目の前まで運ぶと、支配人の指示と共に布を外す。


「きゃ!」

「これは」

「……」


 布の下の二つの<食材>はまだ生きていた。

 ユーリアは軽い悲鳴をあげ、ラウルスの腕に抱きつく。

 <食材>の片方はかなり大きい。座った状態でも一メートルはあり、白い体毛と黒い縞模様のある動物だった。口元は犬や猫の様に大きく、耳は熊に似た形状をしていた。


「こちらは中ノ国産のベンガルホワイト・トラという種類の…」


 支配人はベンガルホワイト・トラの入った檻を、恐る恐る覗き込む。


「えー猫…い、犬?」

「にゃあ」

「あ、猫です」

「適当だな!」


 いい加減に語る支配人にラウルスは思わず突っ込んでしまう。

 檻の中のベンガルホワイト・トラは大きな青い瞳を不思議そうに瞬かせ、長い尻尾をゆらゆらと動かしている。


「ご、ゴホン。えー気を取り直してこちらは、ニッホン産のシロタヌタンという…えー」


 今度は小さな檻に入れられた動物を覗き込む。

 中にいるのは全長五十センチほどの小柄な獣で、ベンガルホワイト・トラ同様に体毛が白い。胴が長く全体的に丸っこい。

 長い鼻筋を持ち、三角の小さな耳はふるふると振るえ、萎縮していた。円らな黒い瞳は不安げに周囲を見渡している。


「えー犬!いや、猫?」

「ぽ、ぽんぽーん」

「……犬です!」


 支配人は怪しまれないよう胸を張って答えた。


「ちなみにベンガルホワイト・トラの名前が<ヤマーダ>でシロタヌタンの名前は<ヤジーマ>です」

「個人的な名前の付いた食材とか斬新だな」

「ええ、懐っこい生き物の様で、輸入前の業者が可愛がっていたとかで」

「そうか。調理はどのようにして食べる?」

「……丸焼きです」

「ほう。随分原始的な調理だな」

「はい、その調理法が一番おいしいそうです」


 正直に言えば調理法が分からないが正解だったが、それは支配人のプライドが許さなかった。

 ユーリアはメニューで食材が視界に入らないよう努力をしていた。

 そんな妹の様子に気が付かないラウルスが声を掛ける。


「ユーリア、どちらを食べたい?」

「ーーえ?」

「ヤマーダとヤジーマ。どちらがいい?」


 メニューの端から少しだけ食材を視界に入れたが、ヤジーマの潤んだ瞳と目が合ってしまいユーリアは動揺する。


「い、いえ。どちらも食べたく、ありません」

「生きている食材は怖ろしいかい?」

「そんな、事は」

「ラウルス様、無理にはオススメしませんよ」

「そうだな。…今日はキノコのリゾットにしよう。それを三つ」

「かしこまりました」


 支配人はメニューを預かり、一礼すると従業員と共に退室していく。

 ユーリアの頭の中には先ほどのヤジーマの潤んだ瞳が離れずにいた。


「ユーリア、前に狩りをした時にも教えたはずだったが、私達は生き物の命を奪って生きている」

「……」

「あの獣達は私達が食べなくとも別の誰かの胃に収まるだろう」

「は、い」

「その行為に嫌悪を抱くのも悪くはない。しかし私達は様々な犠牲の上で生きている事を忘れないようにするんだ」

「はい、姉上」


 ラウルスは基本的にユーリアには甘い、というのが周囲の認識だったが、時に厳しい面を見せる事もあった。

 俯き涙を浮かべるユーリアの頭をラウルスは優しく撫でる。

 そして何事も無かったかのようにユーリアやニゲルに話しかけ、支配人が居なくなった個室が気まずい空間となる事はなかった。

 十分ほど待つとワゴンを押した給仕が現れ、食事の準備が始まる。

 ラウルスが注文したのはキノコのリゾットで、ほんのりとしたバターの香りが食欲を刺激する。

 

(キノコのリゾット…)


 動物の肉は入っていない。

 ラウルスがユーリアに気を使って注文した事を考えると申し訳なく思った。


(ミルクにバター、卵ににんにく、キノコに…他には何が使われているのだろう?)


 料理をした事が無いユーリアには全ての食材を把握する事は出来なかった。


(ーー全ての食材に感謝を)


 いつもの様に胸の前で手を合わせ、目の前に用意された食事に祝福と感謝の祈りを捧げ、食事を始めた。


◇◇◇◇


 ユーリアの一日は半日アルゲオの手伝いをし、その後三時間ほどは勉強に充て、残りは自由時間と決まっている。

 あの日からユーリアは料理に興味を持ち始め、料理について書かれた書物を読みふける毎日を送っていた。

 そんな趣味の時間に控えめに扉を叩く者が現れる。叩き方からして大人しい方の侍女だろうと返事をする。


「はい」

「ユ、ユーリア様。お届け物が」

「贈り物?誰からでしょう」

「ご主人様からです」


 姉は何を買ったのだろうと首を捻りながら、贈り物が届いているという広間へと侍女と共に歩いて行く。

 広間には何故かレストランの支配人が居て、見覚えのある布がかかった二つの檻があった。


「お久しぶりです、ユーリアお嬢様」

「はあ…」

「この度はお買い上げありがとうございました」

「え?」

「病気を持っていないかなど調べるのに時間が掛かってしまい申し訳ありませんでした。何しろ東国の珍獣でしたので」

「あ、あの話が全く見えないのですが」

「届いたか!!」


 ユーリアの後方の扉をラウルスが勢い良く開きながら入ってくる。


「姉上、何事ですか?」

「これはユーリアの誕生日プレゼントだ!ちょっと早いがな」

「??」


 ユーリアの誕生日は来月だったが、早めの贈り物だと言って檻に掛けられた布を外す。


「にゃあ!」

「ぽ、ぽんぽ~ん」

「あ!」


 中に居たのは一ヶ月前にレストランで見た、ヤマーダとヤジーマだった。

 ラウルスは支配人に檻から出すよう命じる。


「可愛いだろう!よく懐いて…」


 ラウルスがヤジーマに触れようと手をかざしたが、避けられてしまう。


「おや?」


 再び頭を撫でようと近づくが素早い動きでユーリアの後ろに逃げ込み、怯えた瞳を向けていた。


「怖くないぞ!」

「姉上、怯えています」


 ユーリアは背後に隠れるヤジーマに手を出してみた。

 ヤジーマは怯えながらも差し出された手を受け入れる。


「わ、私も<もふもふ>したいのに」

「にゃー」


 膝をついて途方に暮れるラウルス周りを巨大猫ヤマーダがくるりと一周する。


「君は触らせてくれ…」


 ラウルスの伸ばした手は空振る。

 ヤマーダもユーリアの元へ行き、自分も撫でろとばかりに大きな頭を差し出していた。


「撫でられるなら可愛い女の子の方が嬉しい、か…」


 ラウルスは近くに居た支配人を見上げる。

 支配人はどう返事をすればいいのか分からなかったので、曖昧な微笑みを浮かべその場を凌いだという。

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