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ユーリアと古代の力ー2

 夕食時、ユーリアの顔色は悪く食欲も無かった。しかし周囲の深憂を余所に、勿体無いからと言い詰め込むようにして食べていた。

 そんな様子を心配したラウルスが喋りかけても上の空で、会話もまともに成立していない。

 最終的には「考えたい事があるから」と言って、ユーリアは早々に部屋へと戻って行く。その姿を不思議に思い、ラウルスは部屋まで行こうとしていたが、フロースに若い子にはこんな日もあるのだと言われ、行動を止められてしまう。


「ユーリアはどうしたんだ?」

「反抗期なのよ、きっと」

「反抗期?」

「そう。私にもあったわ。親の言う事全てが鬱陶しくて、<お父様なんて頭のてっぺんから禿げてしまえばいいのに!!>って毎日思っていたし」

「…ではユーリアも私が<頭のてっぺんから禿げればいいのに!!>って思っているんだな」

「その辺の反抗は個人差があるわ」

「そうか、もうそんな年齢か。ーーしかしだ!反抗期の呪いで己の頭が禿げようが、私はユーリアを愛している!!」

「……」


 どうやらユーリアへの愛は禿げても変わらないらしい。そんな気の抜けるような主張をしてくれたラウルスを前に、フロースはあさっての方向を見上げ、なんでこの人はこんなに妹馬鹿なのだろうとため息をついた。

 このようなユーリアの反抗期も三日と同じ様子が続き、ラウルスへ反抗する様子も無い事から、もしかしたら違うのかもしれないとフロースは憶測した。

 城内の使用人に話を聞いて回り大方の原因を突き止めると、ユーリアがおかしくなった元凶と思わしき人物を呼び出す。


「何?」

「何?じゃないだろ」

「何が?」

「……君は本当になってない!!ーーというかこの会話は前にもしたな!!」

「うん」

「……」


 呼び出した容疑者、オクリースは欠伸をしながら目の前に居るラウルスとフロース、夜の十二時を指す壁掛けの時計を見て首を傾げる。


「ユーリアの事よ」

「ユーリア?」

「ここ三日間、彼女の食事量は半分になったわ。自分で厨房に行って食事の量を減らすよう言いに行ったらしいの」

「……」

「なんでも食欲がないそうよ」


 今が夏季の一番温度が上がる時期なら、バテて食欲が落ちる事は珍しくも無かったが、ここ最近は少々肌寒く感じる日もあり、暑さによる食欲の減退とは無縁の時期だとフロースは言う。


「なにか気落ちする事があったんじゃないかって、ラウルスに話していたのよ」

「……」

「ユーリアが今まで食事を少なくする日は無かったから、おかしいと思っているの」

「…フロースって」

「なによ?」

「ラウルスしか眼中に無いのかと、思ってた」

「う、うるさいわね!っていうか、こういう話はこちらから話を振らない限り、黙って聞いとくものよ!」

「……」

「私だって十年も一緒に暮らしている子を、何も思わないほど冷酷じゃないわ」

「そう」

「そうよ!ユーリアは嫌がるかもしれないけど、妹みたいに思ってるんだから」


 フロースにもラウルス以外の他人を思いやる心と謙虚な気持ちがあるのだな、とオクリースは感心したが、また怒られると思い口には出さなかった。


「で、本題だオクリース、率直に聞こう。君、何か知っているだろう?」

「ユーリアが、おかしい理由?」

「そうだ」

「……」


 オクリースはユーリアとの約束がある為、ラウルスに事情を話す訳にはいかなかった。

 口を開こうとしない執事にフロースは実力行使という名の脅しをかけようとしたが、ラウルスに腕を取られ止められてしまう。


「オクリース私はね、ユーリアの姉である以前にこのランドマルクの領主なのだよ」

「ーー?」

「もしも跡取りであるユーリアがやりたいと思う事に危険が伴えば、嫌われてでも止めなければいけない」

「……」

「彼女が歩く場所は、領民達が長年苦労を重ねて築いてきた道で、歩みを止める事も、楽して近道をする事も許されないだろう」


 ラウルスは言う、そんな決められた道を正しく歩くしかないユーリアに、自分は「あれも駄目、これも駄目」だと反対する事しか出来ないと。


「私とてユーリアに嫌われたくは無い。常日頃から普通の姉妹の様に仲良くお風呂に入ったり、一緒に寝たり、手を繫いで出かけたり、したい…!!」

「ラウルス、それは普通の姉妹じゃないわ」

「フロースには妹が居ないから分からないのだよ」

「……」

「本当に、出来る事なら嫌な言葉はアルゲオに全て言わせて、落ち込むユーリアを優しく抱きしめ、慰めたりしたいんだ。そして<お姉さまぁ、だ~い好き>~<私も大好きだーー!!ユーリアッ!!>という素敵な姉妹生活を送りたいと毎日思っている」

「ーー今のユーリアの声の真似、どっから出したの?」


 オクリースは粘着性のあるユーリアへの愛の妄想よりも、似てない裏声ものまねの方が気になってしまったが、「オクリース、こういう話はこちらから話を振らない限り、黙って聞いとくものだよ」と怒られてしまった。


「ユーリアへの妄想を聞かせる為に、呼んだの?」

「そうだ!」

「ラウルス、違うでしょ」

「ああ、そうだったな。違うぞオクリース」

「……」


 壁掛け時計を見ると三十分も経っていた。出来れば早く部屋に戻って寝たい、お風呂は疲れたから朝入ろう。そんな事を考えつつ、オクリースはラウルスの話に頷いていた。


「ーーまあ、それで私はユーリアのしたい事に対して反対しか出来ない。しかしオクリース、君は別の事が出来るのではないかね?」

「別の、事?」

「そうだ。ユーリアを元気にする方法を、君はきっと知っている」

「知らないよ、そんなの」

「オクリース、頭を使いたまえ」

「……」

「<協力>してくれるなら、ユーリアを頼むと頭を下げよう。<反対>するというのなら、ユーリアを説得し、納得させる事も君なら必ず出来るだろう、そう信じている」

「……」

「答えは急がなくてもいい、君だけが頼りなんだよ」

「……」

「フロースはユーリアの事を妹みたいに思っていると言った。オクリース、君はどうだね?」


 その会話を最後に深夜の<オクリースをお呼び出し~知ってることはお姉さんに全て話しやがれ~会談>は終了する。

 自室に戻ったオクリースはジャケットを脱ぎ捨て、そのままの格好で布団に倒れこむと、一分も経たないうちに眠ってしまった。


 翌日、オクリースは午前の仕事を終え、ユーリアの部屋の前に居た。彼女も今の時間ならアルゲオの手伝いを終え、休んでいる頃だと知っていたからだ。

 扉を叩こうと腕をあげたその時、何者かによってその扉は開かれた。


「にゃあ!!」


 ユーリアの部屋から勢いよく飛び出して来たのは巨大猫ヤマーダだった。オクリースに遊んでくれと顔を押し当てじゃれ付き、黒いジャケットに白い毛がごっそりと付いてしまう。仕方が無いので大きな頭をぐりぐりと撫で、ごろんと絨毯の上に寝転がった隙に部屋に入る。「え~もう終わりなの~」とばかりにヤマーダが後を追ってくるが、オクリースは無視をする。こっそりと扉の影から遊んでほしそうな表情を見せるヤジーマも居たが、同じく無視だ。

 ユーリアは窓辺に置いてある椅子の上に膝を曲げ、三角座りでうずくまっている。膝の上にはノートが置かれ、何かを一心不乱に書いていた。


「ユーリア」


 返事は無い。まだ怒っているのだろうと、椅子の前に片膝をつきながら腰を下ろす。眉間に皺を寄せ、細められた青い瞳は苦渋の色に満ちていた。


「ユーリア」

「うわ!オクリースッ」


 どうやらユーリアは周囲の状況を理解していなかったらしい。突然のオクリースの登場に驚いた顔を見せるが、すぐに先程と同じような表情に戻ってしまった。


「ユーリア、怒ってる?」

「いいえ、別に」

「様子が、おかしい」

「おかしくありません」

「おかしい」

「……」

「……」


 気まずい沈黙が辺りを包み込む。しかしながらオクリースの藍色の瞳はユーリアをまっすぐに捉え、離さなかった。


「何をしに来たんですか?」

「用事、ここに来た理由?」

「そうです。ご機嫌伺いだったら出て行って下さい。私は忙しい」

「質問をしに、来た」

「え?」

「ユーリア、君は何がしたい?ここで何が出来ると思う?」

「何って何が…?」

「今ユーリアが、考えている事」

「!」

「教えて、ユーリア」

「私は……」

「うん」

「ーーまだ、良く分かりません」

「そう」


 オクリースは瞳を閉じて決心をつけた。


「だったら、一緒に見つけよう」

「ど、どうやって?」

「まずはあの部屋が何か、をつきとめようと思ってる。あの場所は、おそらく凄い」

「!!」

「それと、ユーリアの古代魔術、なんで発動したか、あれは使える物か、調べよう」

「オクリース!!」


 ユーリアは信じられないとばかりに椅子から立ち上がり、床にしゃがみ込むと座ったままのオクリースの両手を取った。


「オクリース、ありがとう!!ありがとうございます!!」


 ユーリアの表情は暗いものから笑顔に変わり、喜びが伝わったのかヤマーダとヤジーマまでオクリースの周りではしゃぎ始める。


「待って、毛が付くから、…はあ」


 いつもの様にやる気の無い表情を浮かべているオクリースだったが、ユーリアの微笑む顔を見て自分にも出来る事があるんだなとぼんやり考えていた。


「はあ、これで少しすっきりしました!」

「ーーえ?」

「未来の事を考えていたら、思考が止まらなくて」


 数日前の地下室で思いつき考え始めた結婚相手の事や、新しい使用人の事、身を守る方法などでユーリアの頭の中はいっぱいだった。


「お金の事とか考えると食欲も無くなってしまって」

「え、えー……」

「まさかオクリースが協力してくれるなんて思ってもいませんでした!」


 ユーリアはオクリースとの言い合いを気にして怒ったり、へこんだりしている訳では無かった。脱力した執事は思わず近くにあった壁に力なく寄りかかってしまう。


「あれ、オクリースどうかしました?」

「ユーリアって、本当に、ラウルスの妹」

「何当たり前の事を言ってるんですか?」

「……」


 とりあえず次期領主様の元気と笑顔を取り戻すのには成功したが、何かを失ってしまった気がするとオクリースは思い、大きな吐息を吐いた。


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