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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

波邇夜須的百合作品

友達記念日

作者: 波邇夜須

挿絵(By みてみん)

登場人物紹介

満殊ミコト 沙華サナ:本作の主人公。曼殊沙華の少女

利数トシカズ 理子リコ:沙華の友人。リコリスの少女


パリンと何かが割れる音がした。

「あぁ……!」

私は慌てて床に落ちた写真立てを拾い、その中から一枚の写真を抜き出す。

二人の少女が制服姿で並んでいる写真。

これは中学の卒業式の時に撮った写真だ。

「ふぅ、良かった」

写真に傷が付いていない事に安堵をする。

と、同時に過去を思い出し私の気分に翳りが差す。

私は沈みかけた気分を紛らわせるかのように、鞄を手にし学校へと駆け出した。

ただ繰り返す詰まらない日々。

何の面白みも無い日常だが、私の心を誤魔化す程度には悪くないと思っている。

私の世界は灰色で、私の心はあの日の中を彷徨っている。

進む時間と静止する心。

そんなギャップを日常の忙しさで消し、ただ黙々と生きる日々が続いていた。

学校が終わったら、新しい写真立てを買いに行こう。

そんな事を考えながら、今日も生きる作業を淡々とこなす。

友達など居ない、要らない、必要無い。

あの日の思い出だけ在れば、私にとって十分だった。

全ての授業が終り、私は素早く帰る準備を整える。

「沙華!」

不意に、明るい声が私の名前を呼んだ。

聞き覚えのある声に、私ははっとして顔を上げる。

そこに居たのはふんわりとした長い黒髪の少女だった。

一見大人しそうなその見た目に反し、活気を感じさせる少女。

もし、彼女が生きていればこんな感じに成長していたのだろう。

「理子」

彼女の名前を口に出す。

すると、彼女は嬉しそうに頷いた。

「ねえ、一緒に帰ろうよ」

こんな風に彼女と一緒に下校をしたのは何年ぶりになるだろうか。

相変わらず、元気になんでも話す理子の姿を見ていると、思わず口元が綻ぶ。

「あー、沙華、笑ったでしょ!?」

なんて言いながら、むっと口元を歪める理子。

そんな彼女が私は大好きだった。

「ねえ、沙華は行きたい場所無いの?」

理子の問いに、私は今朝の事を思い出し、また気分が沈みこんでしまう。

だが、彼女の前で暗い表情を見せる訳にはいかないと、すぅと一息深呼吸をする。

「写真立てを買いに行きたいな」

「写真立てかぁ。それなら、可愛い雑貨屋知ってるんだよ。行こう」

理子の言葉に私は頷き、駅前にあると言う雑貨屋へと足を向けた。

私一人では行かないような、きらきらとした雑貨屋。

全体的にピンク色で装飾されており、ぬいぐるみや小物が置かれている。

中学生の頃はこういう店に彼女とよく行ってたのだが、ここ最近はさっぱりだった。

思わず店内を見回す私に、理子が微笑ましいものを見るような視線を向けてくる。

「何よ」

「何でもなーい」

はぁ、と私は思わず溜息を吐く。

しかし、内心ではとっても暖かな気持ちを感じている事に気付く。

こんな気持ちになったのは久しぶりだ。

「あ、写真立てあったよ」

理子の言葉通り、様々な写真立てが置かれているコーナーを見つける。

「色々あるわね」

シンプルな木製の写真立てに、プラスチック製の写真立て、それに可愛らしいキャラクターが装飾されたもの等様々だ。

木目調のプラスチック製写真立てにしようと手を伸ばすが

「沙華、こっちの方が可愛いんじゃない?」

と言う理子の言葉に伸ばす手を止め、理子が指差した写真立てへと目を向ける。

その写真立ては、奇妙な味のある兎の絵が描かれた写真立てだった。

その兎は可愛いと言えば可愛いが、何処と無くふてぶてしさがある。

「何コレ……」

「ええ、ラピッドピット知らないの!?」

ブラッド・ピットなら知っているがラピッドピットなんて生物知らない。

「最近流行ってるんだよ」

本当にこんな生物が流行ってるのか疑問が絶えないが、流行にも色々あるのだろう。

ラピッドピットについて熱弁を振るいそうになる理子を制し、理子に従いラピッドピットの写真立てを購入した。

それから暫くは二人で雑貨屋を見ていのだが、小腹が空いてきたので雑貨屋の隣にあるケーキ屋へと行くことにする。

「ここのケーキ美味しいんだって」

本当、理子は私と違ってこういう情報に敏感だ。

理子がオススメはショートケーキだと言っていたので、二人でショートケーキのセットを注文し席に着く。

「沙華って本当にこういう店来ないんだね」

「まぁ、興味ないしね」

理子の言葉に素直な気持ちを言う。

言ったはずだった。

しかし、理子は首を横に振った。

「嘘。本当は沙華も興味があるんだよ」

理子の言葉を否定しようとする。

だが、何故か否定する言葉が出てこなかった。

「沙華は周りを見ていないふりしているだけで、本当は色々見てるんだよね。私、知ってるよ」

そう、彼女の言うとおりだった。

本当は知っている。

さっき行った雑貨屋だって、今来ているケーキ屋だって、私は知っている。

ずっと思っていた。

彼女と一緒にこんな場所に来れたらどれだけ楽しいだろうかと。

彼女と一緒に買い物をして、ケーキを食べて、そして、そして――

「何時までも一人で居ないで。沙華が寂しそうだと、私も寂しくなるの。だから」

不意に涙が込み上げて来る。

私は今まで、何をしていたのだろうか。

彼女の死から逃げて、世界から逃げて、ずっと一人で何をしていたのだろうか。

「沙華、ケーキを食べよう」

何時の間に来たのだろうか、私達の目の前には一皿のケーキが置かれていた。

「うん――」

優しく微笑む理子の暖かさに頷くと、私はケーキを一切れ口へと運ぶ。

「美味しい」

仄かな甘さが口の中に広がる。

こんなに美味しいケーキを食べたのは、久々だと思った。

ケーキを食べ終り、私と理子は帰路に着く。

「今日は楽しかったね」

理子が言う。

「うん、楽しかった」

私は頷く。

暫く歩くと、私の家の前に着いた。

「それじゃあ、沙華。また明日会おう」

「うん、じゃあね理子。また明日」

私達二人は、そう約束してこの日は別れた。

次の日、枕元に置かれたラピッドピットの写真立てと、その中にあるあの日の笑顔に私も笑顔を向ける。

今日はとても大切な日だ。

彼女と約束をしたとっても大切な日。

私は花束を一つ買うと、約束の場所に向かって足を進めた。

約束の場所は近所の霊園。

その中に立つ、一つのお墓。

「理子――約束通り会いに来たよ」

そう静かに声をかけ、お墓の前に花束を供える。

「今日は二人の友達記念日だからね」

理子のお墓と寄り添うように、一輪の彼岸花が咲いていた。


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