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俺は神様  作者: 彩文
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 神様の独立宣言は認められ、今までは魔術や学問の中心地でしかなかったその都市は、一日にして王国の首都となりました。神様は双子のお姉さんの方を子供として連れていったので、女の子は幼いながらにその王国の女王様になりました。でも実際に国を動かしていたのは神様でした。

 女王様の国には、女王様と双子の弟の方が残りました。男の子にはその王国の王位は継げません。しかし、神様は女の子を連れて行ってしまったのですから、実質、女王となる跡継ぎはいなくなってしまいました。困った女王様はそこで、女王様の弟の娘を養子にしました。男の子に義妹が出来ました。娘には義兄が出来ました。女王様は男の子に、お姫様を守るように言いました。男の子の立場は何ら変わらなかったのです。守るべき女の子が、姉になるか、お姫様になるか、という些細な違いだけで、王冠を被れないことにも、刀しか握れないことにも、変わりはなかったのです。

 加えて女王様は、人が変わったように男の子をいじめました。汚れた血、人間の成り損ない、半人半神なんてばかばかしい、恥を知りなさい、貴方は×人なのです、貴方は半人半×なのです。女王様は神様は神様ではなかった、×だったのだと言い始めました。やはり公言は避けていましたのでそれを耳にするのは近臣や侍女のみでしたが、その中でもその言葉に納得する者と神様を崇拝し続ける者とで分かれました。

 男の子を半人半神と信じる者は、その国を出て行ってしまった神様の代わりに、男の子を崇めましたが、それは専ら少数で、皆女王様に気に入られるために男の子を半人半×と悪く扱いました。等しく愛されたのはお姫様で、男の子の肩身は狭くなっていくのみでした。

「お兄様、お兄様、みてくださいませ」

 男の子のお姉さんのために用意された、王城の中の花畑のお部屋。今はそのお部屋はお姫様のものです。お姫様は色とりどりのお花に囲まれて、頬を緩ませました。金色の髪が揺れて、碧色のつぶらな目が細くなります。

「この花は、お義母様と同じお名前を持っているのです。みてください、ほら、」

「ああ、もう少しで咲きそうだ」

 お姫様が小さな白い手で包み込んだお花は、もう少しで開きそうなつぼみでした。男の子は目を細めてつぼみを見やり、たこで固くなった手でその花びらを撫でました。とてもとても繊細な手つきでした。外で暴れ回り剣を振り回す男の子でしたが、お花の愛し方と女の子の扱いに関しては意外と、繊細で優しいものでした。

 今や城の中の殆どの者が男の子をいじめたり冷たくしますが、お姫様だけは絶対的に違いました。男の子にとても好意的に、明るく優しく笑顔を以て接し、お兄様、お兄様と呼び慕っていました。お姫様の存在は、真っ暗な男の子の日々の中でたった一つの灯りで、たった一輪のお花でした。今はもう会えないお姉さんの影をお姫様に見ました。

 だから兄妹仲はとても良好でした。

「ねえ、お兄様、大きくなったら、わたしと結婚してくださいませ」

 お姫様は隣につくばう男の子に上目遣いに語りかけました。男の子は眉尻を落とします。

「それは出来ない。お母様がお許しにならない。たぶんだめだろう」

「どうしても? わたしが女王様になっても?」

「ああ、きっとお母様は女王様になる前にお前の婚約者を決めてしまうだろうからな。だから、どうしても、だめだろう」

 お姫様は反論が出てこなかったのでしょう、しゅんと静かになりました。その頭を男の子が撫でました。するとお部屋の戸を叩く音がしました。侍女の声です。女王様がお姫様を呼んでいるそうです。お姫様は渋りました。お姫様はお勉強に忙しく、武芸に忙しい男の子とは暇な時間が合いません。だからこの機会を逃せば、次に会えるか分からないのです。立ち上がれないお姫様の背中を、男の子が叩きます。

「行かなきゃだめだろう」

「今行ってしまったら、次はいつお兄様に会えるの?」

 男の子は答えに詰まりました。確かに、しばらく予定が合いそうになかったのを思い出しました。しかしそれは、ここで駄々をこねて女王様のお呼び出しを無視する理由にはなりません。男の子は溜息混じりに微笑みます。

「今夜、会いに行くさ」

 お姫様は満面の笑みを浮かべて、大きく頷きました。男の子が再び催促をすると、お姫様は立ち上がり、駆け足で部屋を出て行きました。男の子はそれを笑顔で見送りましたが、お姫様の姿が消えた途端、それは身を潜めました。子供のものにしては冷たすぎる無機質な目で、先ほどのつぼみを眺めています。敵はそれなのです。男の子はつぼみに手を伸ばしました。開きかけた花びらを片手に閉じこめました。握り締めます。声なき悲鳴が聞こえるような気すらします。気にも止めず男の子はつぼみを握り締めました。

「ジュリア」

 つぼみの名であり、母の名でもある、その名を男の子はぽつりと漏らしました。その声の虚ろなことはこの上ないでしょう。つぼみを握り締めたその拳は震えています。

「お前さえ、いなければ」

 押し殺したような声音が、喉の奥から這い上がってきました。次の瞬間、男の子はつぼみを引きちぎりました。


――――


 その日の夜、魔導機灯も消された王城は暗闇に包まれています。懐中魔導機灯を手に、男の子はお姫様の部屋に向かいました。しかしその手の懐中魔導機灯は光を放っていません。男の子は灯りなんてなくても暗闇を歩けるのです。

 夜更かしはよくないと女王様に怒られるでしょうが、うっかり口を突いて出たものとは言え、お姫様と交わした約束は約束なのです。男の子がノックをすると、お姫様は起きていました。名前を告げるとお姫様の弾んだ返事がしました。男の子は静かにドアを開けて部屋に入ります。

「灯りをつけてくださいますか、お兄様」

「それは出来ない。お母様や侍女が気付いて、早く寝ろと言いに来る。そうしたら俺がここにいるのがばれる」

「では、そばに来てくださいませ、お兄様」

「分かった」

 男の子はお姫様のベッドに、刀を抱えたまま腰掛けました。窓から差し込む月明かりで部屋は薄暗く、お姫様には男の子がそこにいるということだけは分かりますが、顔までは分かりません。対して、男の子は暗くても、お姫様の顔までくっきり見えます。男の子には、神様から貰った、不思議な目がありました。男の子の瞳孔は縦長で、真っ暗闇でも物体を認識できる、人間には持ち得ぬ目でした。神様もそう見えていたかは分かりませんが、神様の瞳孔も爬虫類のように切れ長でした。加えて男の子は怪我をしても、お医者様の見積もったのよりもずっと早く完治しましたし、同い年の男の子よりも重いものも持ち上げられましたし、早く走ることが出来ました。だから男の子は、半人半神か、半人半×か、意見は二つに分かれていましたが、どちらにせよ、絶対に人間ではないと思われています。

 お姫様にとっては、そんなことはどうだっていいのです。お姫様を守るナイトも、お姫様の愛するプリンスも、人間でもそうでなくても、この世界に男の子一人しか存在し得ないのです。

「お兄様、では、懐中魔導機灯をお貸しくださいませ」

「それは出来ない。話すだけなら、魔導機灯なんていらないだろう」

「いります。お兄様のお顔が見たいのです」

「照らされたら眩しい。このままでいい」

 お姫様はふくれっ面になって見せました。男の子にはそれが見えますが、お姫様には男の子の苦笑さえ見えないのです。男の子は立ち上がって、お姫様の枕の傍に刀を抱えたまま腰掛けました。お姫様は嬉しそうに口元を綻ばせます。男の子は梳くようにお姫様の髪に指を通しました。

「お兄様、添い寝してくださいませ。わたしは淋しくて眠れないのです」

「それは出来ない。淋しいなら、こうしているだけで十分だろう」

「寒いのです」

「なら、毛布を持ってこよう」

「あっ……」

 男の子は立ち上がります。お姫様の漏らした小さな声を気にも止めず、部屋から出ていってしまいました。お姫様は上体だけ起こして、淋しそうにドアを見つめます。今か今かと、扉の開くのを待っています。

 お姫様にとって、男の子は様々な意味で、初めての人でした。お姫様は本当の家族の元では、家督も継げない、武芸も下手な、いらない子でした。みんなが王族の娘として、政治の道具としてのお姫様しか見ず、必要としてくれませんでした。女王様と家族になってからは、今度は、みんなはお姫様として、未来の権力者としてしか見ず、媚び始めました。お姫様の個性を尊重し、一人の少女として見て、真に愛でてくれる人がいないのには、変わりがなかったのです。そんな中で男の子だけは、お姫様の名前を呼んで、お姫様の好きなことをさせてくれて、でもいやなことはいやと言いました。媚びずに、本当のお兄様のようにお姫様に接した男の子は、お姫様が目一杯甘えられる人でした。男の子の存在は、舞台上で見せ物にされるだけの日々の中で、舞台から連れ出してくれる騎士様で、舞台裏で愛でてくれる王子様でした。

 その上男の子は、お姫様だけが救いだと言ってくれました。みんなが自分をいじめるけど、お姫様だけは優しくしてくれる、と、泣きそうな顔で微笑んでくれました。その、今にも崩れてしまいそうな、とっても儚い微笑みを見たとき、お姫様は知ったのです。男の子にはお姫様しかいなくて、男の子はお姫様を必要としてくれているということを。そしてお姫様は決意したのです。男の子はお姫様の命を脅かす輩からお姫様を守ってくれます。だからお姫様も、男の子の心を脅かす輩から男の子を守るんだ、と。

 ノックの音がしました。男の子です。お姫様が返事をすると、ドアが開きました。男の子は両腕いっぱいに毛布を抱えています。お姫様の目も暗闇に慣れて、うっすらとそれだけは見えました。男の子は脇に刀もしっかり抱えています。男の子はとりあえず部屋に入って、お姫様のベッドに布団を持っていこうとしました。開け放しのドア。お姫様が目を輝かせていると、男の子の向こうに何かが見えました。暗闇に、何か。人影のようなものが。お姫様がそれを人影と認識した途端、男の子も察知しました。毛布が腕から落ちます。暗闇を見通す目が見開かれます。刀の柄に手をかけて振り返ります。そこに人が立っています。この国の軍服を着た男が立っています。男の子にはそれが見えます。だからこそ困惑しました。お姫様の命を狙う軍人がいるはずがないですが、しかしこんな時間にこんなところにいる軍人も怪しいです。一瞬の迷いが男の子に隙を生みました。男は大きく踏み出します。その勢いで何かを横に薙払いました。窓から差し込む月明かりを受けて、それが銀色に煌めきました。ナイフでした。

「あっ……」男の子にも何が起きたのか分かりませんでした。「うあああああぁぁぁぁぁっ……!」

 男の子の絶叫。何が起こったのか判らないことが、男の子を襲った激痛で、やがて解りました。刀の柄を握っていた左手で顔を押さえます。ねっとりと、生温かい液体の感触がしました。そして、今までは何かしら見えていた暗闇が、今はもう何も見えない暗闇です。

 男の子は、両の目を斬られたのです。もう何も見えません。ただ、音が聞こえるのみです。お姫様の小さな悲鳴が聞こえました。恐怖に震える小さな声です。次に、足音が聞こえました。きっと軍人のものです。男の子は自分の血を服で拭いて、刀の柄を握りました。足音だけを頼りに、軍人の男の場所、相手までの距離を察します。

 抜き放つは、一瞬。斬った感触がありませんでした。その代わり足音がしました。避けられたようです。

「シャルロット、助けを呼べ」

「だ、れを……」

「誰だっていい! とにかく叫べ! 誰か来るはずだ!」

 男の子はお姫様を振り返って怒鳴りました。男の子の血に濡れた凄惨な顔を、月明かりは照らし出します。何が起こったのか、お姫様は瞬時に理解しました。

「きゃああぁぁぁぁ―――!」

 お姫様の悲鳴が暗闇の王城に響きます。軍人の男は舌打ちをしました。男の子はもう諦めました。斬ることは圧倒的に不利です。一か八か、男の子は軍人の男に飛びかかりました。案の定当たりました。男の子もまだ大きくはないので、腰に腕を回して拘束するしか出来ません。軍人の男は腕は自由に動けますが、それでも、お姫様に歩み寄ってお姫様に斬りかかれないだけましです。例えそのナイフが、何度も何度も男の子に刺さっても。男の子にとっては、お姫様に刺さらないだけ、ずっとましなのです。

「お兄様! いやっ……お兄様!!」

 お姫様は泣き叫びます。男の子は痛みに悲鳴を漏らしながらも、腕だけは絶対放しませんでした。軍人の男も男で、混乱しているのか、男の子の急所には中々当たりません。男の子は気絶することも死ぬことも出来ずただ痛みに耐え続けました。毛布に血が飛び散ります。

 とうとう耐えきれなくなったのか、男の子がぼろ雑巾のように毛布の上に捨てられた時でした。突如として魔導機灯が灯って、お姫様の部屋が明るくなりました。王城を守護する騎士が駆けつけて来たのです。騎士達が次々とお姫様の部屋に入ってきて、軍人の男を囲みます。女王様も後から入ってきて、ひたすらにお兄様、お兄様と泣き叫ぶお姫様を守るように抱き締めました。


 騎士達に囲まれた軍人の男は諦め、牢獄へと連行されました。女王と王女を殺し、王族を潰し、国を神様の国の庇護下に置くことで、神様の恩恵を得ようとした、とその男は話しました。軍服は、軍人を襲って脱がせたものを着ていたそうで、男は一般人でした。

 男の子は毛布に赤黒い染みを作りながら、ぴくりとも動きませんでした。女王様の腕の中にいたお姫様が飛び出してきて、男の子に駆け寄ると、男の子は僅かに動いて、お姫様の方に顔を向けようとしましたが、顔は上がりませんでした。上げようとしなかった、の方が正しいでしょう。男の子は自覚しています。今の自分の顔も、体も、とても九歳の女の子に見せられるものではないことを。それでもお姫様は男の子の名前を涙声で呼んで、泣きじゃくりながら、血を拭おうとしました。すぐに女王様の鋭い叱咤がして、お姫様は手を引っ込めました。

「今怪我を治療する魔術師を呼んでいます。触ってはいけません」

「でもお義母様、こんなお怪我、お兄様が死んでしまいます……!」

「大丈夫です。魔術師が治療すれば、元気になります」

 女王様の声は落ち着き払っていました。男の子の母の声として聞くには、あまりにも冷たすぎるほどに。女王様は男の子に歩み寄り、その傍らにしゃがみ込んで、男の子を見下ろしました。

「クリス、そうでしょう?」女王様はしゃがみ込み、人ならぬものを……本当にぼろ雑巾を見るような目で、男の子を顔を覗き込みます。「貴方はこの程度の怪我じゃ、死なないのでしょう?」



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