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どうなる主人公?
今僕の目の前には予想通りの光景が広がっている。
男が二人に女が一人、男の中(うち)一人は今隣にいる便利屋のことを指している。
室内に入ってから僕は真っ直ぐリビングのようなところに連れて来られた。
構造の分からない僕に後ろから便利屋が指示を出しながらここまで歩いてきたのだが、中は非常に広く部屋も沢山あるようで一度ではどこがどこだか覚えられないだろう。
「お二人ともお待たせいたしました。彼がお話していた青年です」
便利屋が僕の事を二人に紹介する。
二人の視線はまるで値踏みするように僕に突き刺さり、全身が身震いするようだった。
今まで感じたことのない感覚が体の回りを這うように圧迫してくる。
『今すぐこの場から逃げ出したい』
溢れ出すようにこの気持ちが膨れ上がっていく。
そんな僕の様子を見て便利屋が間に割って入った。
「お二人とも、そんな怖い眼つきで見たら彼が怯えてしまっているではありませんか」
「おっ、すまん」
「ごめんなさい」
二人はばつの悪い表情を浮かべ素直に反省の弁を口にする。
それが僕に向けられたのかは定かではないが、「あまり気を悪くしないで下さいね。お二人とも人見知りなんです」と便利屋が耳打ちするのでその言葉を素直に受け止めることにした。
「ではまず自己紹介でもしましょうか、ね、皆さん」
この空気の悪さを換える為か便利屋が部屋にいる全員に問いかける。
自己紹介が必要なのか?という疑問が浮かんだが、今の僕に発言権は無いだろうと思い黙っていることにした。
話は少しずつ進んでいくが僕は相変わらず自分の立ち位置が分からない。
無理矢理ここに連れて来られたかと思ったら今度は自己紹介?
展開が色々急過ぎだろ、と思う。
それに三人は知り合いのようだから結局僕だけが自己紹介するようなものじゃないか。
唯でさえ人見知りの僕にはなんともまあ辛い罰ゲームだ。
そんな僕の気持ちは軽く無視され便利屋は話を進める。
「提案者したのは私なので、まずは私からさせていただきます」
そう言うと男は僕の方を向き話し始める。
残りの二人は若干取り残されいるようだが、黙って便利屋の方を見ている。
「改めてではありますが、私は便利屋と申します。先も申しました通りハッキングと言いますか、コンピューター関連の事が得意で、一応この組織のリーダーを務めています」
話しながら男は優しい笑顔を僕に向ける。
だが僕には今の自己紹介の中に一つ大きな疑問点があった。
”組織”とはどういうことだろう?
そんな僕の思っていることが顔に出ていたのであろう。
奥の男が便利屋に問いかける。
「おい便利屋さんよ、そこの坊主に連れてきた訳を話してやったのか?」
僕の気持ちを代弁してくれた。
そしてにこやかだった便利屋の顔は驚いた顔に変わり二人を振り返る。
「すいません、忘れていました」
二人はやっぱりと言った様な顔をする。
すると女の方が立ち上がり僕に近づいて来てこう言った。
「ごめんなさいね、怖かったでしょ?今から君の知りたいことをちゃんと説明するから許してね」
女性の顔はとても優しく今の僕には聖母の様に見えた。
確かにここまで何も知らされぬまま連れて来られ正直恐怖心ももちろんあった。
だがやっと僕が連れて来られた訳を教えて貰えるらしい。
全面的に信用したわけではないが情報が増えることは僕の心に少なからず好影響を与えてくれるだろう。
それから女性は僕と便利屋を空いていた椅子に座るよう促した。
一つの大きな机を取り囲むように4人が別々の椅子に座っている。
「どこから話しましょうかね」
まず便利屋が口を開く。
「とりあえずさっきの続きで、残りの私たちが自己紹介しましょうか」
女性は便利屋ともう一人の男に提案する。
男二人が互いに顔を見合わせ軽く頷いたのを見て女性がまた話し始めた。
「私は名前はカノン、この組織での役割は医療関係ね。怪我などはもちろんだけどメンタルケアなども私の仕事だから悩みがあったら相談してね」
優しそうな笑顔でそう話す彼女は、黒く長い髪が特徴的で眼鏡をかけた綺麗な女性だ。
街中で見かければ迷わず振り向いてしまうだろう。
今の僕には唯一の拠り所、というかオアシスかもしれない。
次にもう一人の男性が話し出す。
「俺は二人から軍人って呼ばれてるからお前もそう呼んでくれて構わない。理由は単純に元軍人だからそう呼ばれてるだけだ。担当は前線で体張る仕事全般だから簡単に言えば汚れ仕事だな」
笑顔で話すその男は、色黒の肌に短髪で服の上からでも分かるぐらい筋肉が張っている。
今まであまり接してこなかったタイプの人種だ。
「汚れ仕事だなんて言わないの。どの仕事も全て等しく大事なんだから」
「いやいや、体張って危険な作業を冒してるっていう意味では俺が一番汚れ仕事だろ」
言い合っているように見えるが、便利屋含め三人の姿は何だか楽しそうに見える。
例えるなら大学のサークルのようなイメージ。
そして驚いたことに思っていた以上に僕に対して二人が友好的だった。
話し方もそうだが、例えるなら醸し出している雰囲気が優しい。
多分それはここに連れて来られた理由と一致しているのだろうと僕も薄々気づきだしていた。
「そろそろ話してあげなさいよ便利屋さん」
先ほどカノンと言った女性が便利屋に話すように促す。
すると便利屋は改めてこちらに向き直り話し始めた。
「まずは私達三人の関係性と、先ほど二人が言葉にした”この組織”についてお話します」
便利屋の表情はさっきまでの笑顔ではなく真剣な表情だった。
それに吊られるようにこの部屋の空気も張り詰め、僕を含めた三人の表情も引き締まる。
「簡単に言うと私達は同じ目的を持った同士とでも言いましょうか、一つの目標に向かって協力関係を採っています。それはこの世界の基準と言われている『人間レベル』を壊すことです。言わば我々はテロリストですね」
男は最後の部分を笑顔で話すが、逆に僕の表情は最後の一言で驚きに変わっていた。
目の前の男は自分たちをテロリストと言っている。
最近では空想の産物と化していたテロリストが目の前にいる。
僕の心はその事実を否定したかったのか分からないが、彼の言葉に対して「僕をからかってるんですか?」と反論してしまった。
すると彼は間髪入れずに「いやいや、全て本当の事です」とハッキリした口調で返してきた。
「私達はそのために集まったのです。じゃなきゃレベルも育った環境も違う私達が一同に会す事なんて、この世界じゃ未来永劫ありえないでしょう」
僕は今の言葉でもまだ信じられず他の二人の顔を見たが、両人とも真面目な表情で僕を見返してくる。
「本当なんですか?」
三人は頷いた。
だけど僕は未だに信じられない。
テロリストなんて最近はめっきりニュースやネットでも存在しているなんて情報は無かったし、世界は今のルールで落ち着いているとばかり思ってた。
もちろんテロリストが自発的に姿を公表するようなことはあるわけが無いけど、今この世界に隠れられる場所があるなんて到底思いつかなかった。
それほど今の世界は安定している。
それがこんな世界の中心の目の前に組織を構えているなんて誰が思いつくものか?
僕の中のテロリストの概念が崩壊した瞬間だった。
そんな僕に便利屋が衝撃的な言葉を投げかけた。
「そこでですね、単刀直入に申し上げますと君に仲間になって頂きたいのです」
僕の思考はその言葉を聞いた瞬間、止まった。
今の言葉を脳が処理し切れなかったのだ。
身体が硬直し、汗が滲み出てくる。
どういうこと?
なぜ僕なのだろう?
搾り出すように僕は質問をした。
「どうして僕なんですか?唯の高校生ですよ?僕には何も特別な力なんて無いし、テロをする理由も無い。どうして…?」
すると諭すようにカノンさんが質問に答えてくれた。
「私達はあなたにこの組織の”絵描き”になってほしいのよ。言うなればシナリオを書いてほしいということ。今はまだこの組織にはそれができる人がいない。だからできそうな人を便利屋さんが持っているネットワークを駆使して探してくれたの。そして見つかったのが君って言う訳、理解してくれたかな?」
表面的な理由は理解した。
簡単に言えば足りないピースを見つけたからその枠に填ってほしいということだ。
だけど二つ返事で”はい”と言えるほど納得できる理由でもなかったし、そもそもテロリストの仲間に自分がなるなんて考えたことも無かった。
「僕にはシナリオを書く力なんてありませんし無理です、できません」
「そんな嘘は聞きたくないわ。それにその言葉が嘘だってばれる事位便利屋さんの特技を知っていれば解るはずよ」
それはそうだ。
この便利屋と名乗る男はハッカーなのだ。
一個人の、ましてや一般の人間の個人情報を見るぐらいお手の物だろう。
それでも僕は否定した。
この人達は僕を過大評価しすぎだ。
僕は無力な一般人、多数のうちの一人でしかない。
俯いている僕に便利屋は言う。
「イエスと言ってもらわなければ困ります」
彼のその言葉は今までのトーンとは違い有無を言わさぬ迫力があった。
「私達は籤の様に偶々(たまたま)あなたを選んだわけじゃない。私達なりに吟味し貴方のことを調べ、そして貴方の本を読み決めたのです。君には他の誰とも違う、誰にも真似できない特別な才能があるではありませんか。ですから私達と共にこの世界を変えましょう」
便利屋は僕に右手を出し協力の契りとも言える握手を求めた。
僕はその手を見つめる。
ここまで評価してくれた人は確かに今までいなかった。
それに初めて目の前にこの世界に対し疑問を持った同士がいる。
僕の心は揺れていた。
でも仲間になるということはテロリストになるということ。
それは国家反逆罪であり捕まれば大凡死刑だろう。
それでもここでノーと言ったら、これから先の僕の人生は平凡なものになるに違いない。
もちろん平凡な生活を否定するつもりは無い。
恋をし結婚して幸せな家庭を築く、そんな人生も悪くないと思う。
だけど僕はこの世界に疑問を持ってしまった。
きっとその瞬間から僕の運命は決まっていたのかもしれない。
周りとは違う何かをする、しなければならないという妙な使命感さえ今は湧き上がってくる。
しかしまだ心の留め具は全て外れたわけではない。
唯一であり一番大きな鍵が残っている。
「仲間になる条件として最後に一つ訊いておきたいことがあります」
僕の真剣な表情に三人も真剣に向き合ってくれる。
「僕を選んだ理由に僕の書いた本を読んだと言ってくれましたね。その本の感想を聞きたい。それから仲間になるかどうかを決めたいと思います」
僕の言葉を聞いて何故か三人は嬉しそうな顔をした。
「その質問をしてくれると思っていました」
便利屋がそう言う。
ん、どういうことだろう?予測された質問って事?
「自分の本を愛しているのね」
カノンさんも言葉を並べる。
「そういうところがお前さんを選んだ理由だよ」
ここにきて軍人までが喋りだす。
話の読めない僕に便利屋が説明してくれる。
「貴方の本を読めば作者自身がご自分の本を愛していることはすぐに分かります。私利私欲ではなく心からこの世界を変えたいと思っている、だけど一人ではどうすればいいか分からない。あの本からはそういう強い想いを感じました。だからこそ是非貴方に仲間になって頂きたかったのです。だから貴方が感想を聞きたいと仰るなら私達三人、夜通し語れますよ」
そう話す便利屋の表情はとても優しかった。
他の二人も同じ表情で頷く。
「大丈夫?」
カノンさんが僕に言う。
最初は何を言われているか分からなかったが、気づくと僕の頬を涙が流れていた。
僕の本を理解し、評価してくれる。
愛しているんだねって言ってくれる。
初めて他人から言われた。
当時はあんなに周りから否定されて人間不信にさえ陥った。
あれからやっと最近立ち直ることができた。
そんな矢先にこうやって連れて来られ正直殺されるとさえ思っていたのに、今は理解してくれる人が目の前にいると思うだけで妙な落ち着きさえ感じる。
『嬉しい』
こんな気持ちを抱いたのはどれぐらいぶりだろう?
心が温かい。
この瞬間気持ちが固まった。
「微力ながらお手伝いさせていただきます」
涙を拭いながら返事をした僕は、同時に大事な事を思い出した。
「そう言えば聞き忘れていたことがあったんですけど、この組織の最終的な目的は何なのですか?」
僕としたことがこれを聞き忘れていたなんて。
その質問に便利屋がハッキリと答えた。
「それは”今とは違う世界平和です”」
この言葉を聞いた当時は想像もしなかったが、仲間になったことでこの先の僕の未来は過酷なルートに突入した。
できることならその事を過去の自分に忠告し、仲間になることを止めるよう言いたい。
一応第一章と言いますか序章的な部分が終了です。
次からはさらに話を動かしていきたいと思います。