今有し仔
右の米噛みに付いた銃口は弾て飛び跳ねた。その時左の米噛みに所では、コップを落として割った時に似たガラスが砕けるような音が微かにした。首は左に大きく捻られて、耳は肩に付いた。
寝ぼけた時のように意識が薄れていって目もまともに開けられなかった。しかし、米噛みを貫通した痛みはしっかり感じていた。
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「おい! 大丈夫かよ!?」
「先生まだなの!?」
「血は出てないのか!?」
「意識はあるんだよな!?」
そんな声が頭をよぎる。それと共に、頭を押さえて倒れている少年とそれを取り囲むジャージを着た生徒達、そして立ち尽くす俺の姿が瞼に投影されているかの如く浮かんでくる。産まれたから今に至るまでに得た記憶の中の極一部だ。
俺は中学3年の夏に中体連で大きな応援旗を振っていて、ネジが緩んでいたこともあってか、先端を友人の頭の天辺に落としてしまったことがある。応援旗の大きさは2メートル以上あって、衝撃も痛みもかなり強かったはずだ。
周り生徒の目の冷たさも蹲る友人の姿もパニックになっていく自分の心情も全て鮮明に覚えている。
ネジを締めるためのドライバーの到着を待っていれば、あんなことにはならなかった。大丈夫とたかをくくったせいで俺は他人を傷付けた。
幸い大事には至らず、何の症状もなかった。しかしそれ以降俺は友人を無くし『狂暴』の異名と蔑むような視線を得た。
自業自得とは知りつつも俺は友人と生徒達を恨んだ。
頭に旗の一部が落ちたとは言え、傷も障害もない。ギャーギャー騒ぐだけで何も感じていない。それなのに俺の心の傷はこんなにも深い、と……。
今思えば横暴以外の何物でもない。
あの時の友人だった人の痛みもこんな感じだったのだろうか……?
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過去を考えて思い耽っていると、俺が体を横にしていたことに気づいた。どれくらいの間体が地面と平行になっていたかは知らないが……。そしてこの流れているものに関しても同じだ。
「大丈夫かい?」
「……あぁ」
俺の顔を覆う影が現れた。あいつが俺の脇に座って覗き込んでいる。
「泣くほどかい?」
「あぁ、けっこうね」
頭は大丈夫。痛いのは思い出したことによって掘り返された心に刻まれた傷だ。
正直言えばびっくりしたくらいでそれほど激痛って訳でもない。
「……あぁ」
こいつのことを見ているうちに俺は追想のせいで見失っていた当初の目的を思い出した。時間は戻ったのだろうか?
「きっちり1時間戻ってる」
……ほんとだ。でも俺が倒れてる間に急いで針を戻した、とかって落ちじゃないだろうな?
「そんなことない。今、世界はもう一度1時間前を過ごしているのさ」
「はなっからこれをくれたら、お前の手を煩わせなくて済んだろう」
「それは無理だ。今のは時間を巻き戻しただけで遡った訳じゃない」
意味不明だ。どっちも同じだろ?
「あぁ……人間の概念はそうなのか。厳密には違いがあってさ、遡るって言うのは所謂『タイムスリップ』。並行的に並ぶ時間を、流れに逆らって移動することを言うんだ。でも巻き戻すって言うのは本当に時間を『巻き戻す』だけなんだ」
「何が言いたいんだよ」
「ビデオテープみたいな物だよ。巻き戻すってのは時間だけが戻ったんだよ」
そう言いながら両手の人差し指で円を書くようにくるくるやっている。でも両手が逆だと再生も巻き戻しもゴッチャになってるし、テープが伸びるだろ……。
「そんなのいいよ!」
いいのかよ……。
「今この瞬間のあんたはあの病室にいた時よりも身長も体重もそれ意外全てにおいて、記憶以外は8ヶ月分元に戻ってるんだ。でも時間を巻き戻した今はさっきと何の変化もない。君以外は時間が戻ったことにも気付いてない。つまり君はこの世界の中で唯一、1時間多く年を取った人なんだよ」
「それって要するに……」
「寿命が縮まったのさ。繰り返すと早死にするよ」
「それならこれで歳を戻せば!」
「無理だ。それは時間は巻き戻せても遡ることは出来ない。死人を黄泉帰らせることも、若返らせることも出来ない……。自分自身の存在を変えることもだね。そこまでいけばもう……神の領域なんだよ……」
いつになく真面目で淡々としている口調に気押されてしまった。
「それ以外ならいいのか?」
「もちろん! あ、さっき言ったことは逆なら出来るよ?」
「しねーよ」
また急にいつもの調子に戻った。難しい奴だ。
俺は再び腕を持ち上げて、突起に引っ掛かっている人差し指を引いた。
運動会で聞くような音とは比べ物にもならない。あれ以上に大きい音が響くし、あの時以上に緊張する。
「ふぅ~……」
痛くはない。……強がってないぞ。
「何考えて引き金引いた?」
「……友人と言うか、知り合いが増えればいいな、と」
「うわぁ……リアルだなぁ…………」
「五月蝿ぇ、そんなもんだろ?」
現時点で何人俺を知っている人がいるのかわからないんだから、これくらいのこと考えても普通だろ。結果がわからないが……。
「因みに、1日に三回までが限度だよ。それ以上使い続けると君の存在が衝撃に耐えきれなくなって消滅するから」
「言うのが遅ぇよ!! もう二回も使ったろうが!」
「まぁ、聞かれなかったし?」
「お前なぁ……」
ヘラヘラし過ぎだろう。
「あはははー」
「しかも1日三回って薬みてーだな」
「まぁあくまでも目安だから。たまに四回使っても大丈夫だよ。……たぶん」
投げやりだなぁ……。他人事だからって。
「だって他人事だもーん」
本当に大丈夫かはさておき、俺は出掛ける準備をしながら後一回の使い道を考えていた。まぁ無理に使う必要はないが、どうせなら三回使った方が得だろう。
かなり時間おいてごめんなさーい(>_<)
でもこれで一章は終わり!
読んでくれたら嬉しいかな!