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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
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第九幕

「お待たせしました。紫堂明梨です」


 現れたのは胴着姿の女の子。急いでくれたのだろう、長いツインテールらしき二つ結びを片方しかほどいていない。また、背が小さい。真白も小柄なほうだが、それよりも小さい。加えて童顔なので高校には見えず、中学生と勘違いしてもおかしくない。だから表現は女の子で合っている。だが、背筋はのびて胸をしっかり張っていて姿勢はかなりいい。 片目が微妙に青いのは気のせいか。


 「はじめましてぇ。私は一年六組の天城真白ですぅ~。以後お見知りおきを~」

 「……はい。こちらこそよろしくお願いします」


 怪しく微笑む真白が差し出した手を躊躇するも握る。


 「あの、ボクに用があると伺ったんですが?」


 ボクっ子だった。ツインテールに加えぼくっ子、二つの萌え要素を持ち合わせている。これでもし眼鏡をしていたら三大萌えが揃い、スーパー萌え萌え少女になる。

 こうなると一人黙っていられないのがいる。

 紅洋と大和に嫌な予感が走った。

 だが、既に遅かった。もう蒼は中腰になり、戸に手をかけている。

 止める間もなく引き戸が勢いよく開いた。当然ながら注目が集まる。


 「ふっふっふ、そこからはわたしが話すよ! 真白は下がってなさい!」


 トランス状態の蒼が仁王立ちで立っていた。紅洋と大和が初めて演劇部の部室を訪れたときも仁王立ちだった。腕まで組んでいる。アニメなら効果音がつきそうな登場シーン。あってもなくても同じ作戦すらぶち壊す空気の読めなさも一級品である。サッカーなら一発レッドで退場ものだ。


 「まどろっこしいのは嫌いなんで直球で! 紫堂さん、演劇部に入っておくれ! あなたの萌えはわたしたちにとって重大な意味がある!」

 「萌……え? 何ですかそれ……?」


 明梨は真白に目で尋ねるも首を横に振られる。


 「萌え。それはこの世の神秘! わたしたち人間の活用元! とある有名な学者は言った。少年よ萌えを抱け!」

 「歴史に残る明言になんてことを……。語呂も悪いですし……」


 真白が普段のテンションに切り替わる。


 「じゃあ、シュレーディンガーの萌えでいい!」

 「それだったら箱の中身絶対萌えだよなあ……。嫌だなー、ワクワクのカケラもねえなあ……」


 大和が想像してうんざりした気分になる。シュレーディンガーの方程式も改ざんさせるとは末恐ろしい。この子だけは内閣総理大臣にしてはいけない。日本が終わる。


 (なれませんけどね……)


 真白が心で呟く。


 「はいはい、あんたはどんだけ暴走すれば気が済むんですかね……。はい交代」

 「こら、よざっち! まだわたしの演説は終わってないよ! あ、髪掴まないで! もげる! ポニーテールがもげちゃう……」


 蒼はジタバタもがくも抵抗虚しく、紅洋によって扉の外に連れ出される。代わりに数々の修羅場を乗り越えてきた、かもしれない大和に場を丸投げした。扉の外でまだ「萌えを舐めちゃいかんのだよ!」など力説が聞こえてくる。


 「……んと、用件はあの子が叫んでたのがまんま直球かな。こっからは追加の説明をするね」


 知的なイメージを与えるためか言葉遣いと体の姿勢を正した。


 「いらないです。ボクは剣道部をやめるつもりはありませんから」

 「まあまあ、そう頑なに拒否しないで話しだけでも聞いてよ。悪いようにはしないからさ」


 さりげない動作で明梨の手にそっと触れる。まるでホストがお客さんに接するかのようだった。

 テレビみたくは光らない八重歯もちらりと見せる。これで巧みな話術を行使すれば限りなくホストである。


 「……もう一度言いますけど結構です。それより手を離してもらえます?」

 「つれないな……。全部じゃなくていい、少しでいいんだ。俺の話、聞いてもらえないかな?」


 表情は穏やかなままで、口調に切なさを混じらせる。そして、握る手に少しだけ力を込めた。嫌がられようと必死さをアピールしている。さすが女ったらしの異名を持つだけのことはある。ホストみたいじゃなく、完全にホストを上回った。というよりこれは、詐欺師に近い。


 「セクハラで訴えますよ?」


 明梨が手を振りほどいて大和につかみ掛かる。女の子であっても武道をしている人間、すぐに襟を掴み首を絞めあげる。といっても、身長差で苦しくはないらしい。


 「女の子の暴力はいただけないな。ほら、手を離して?」

 「いい加減やめてもらえません? まだ続けるならその口縫いますよ」


 目が真剣だった。このまま続けると冗談抜きで裁縫セットを持ってきそうな雰囲気。

 襟を握っていたはずの左手で顎を撫で始めた。

 大和が真白に目で助けを求めた。すると、右手の親指を立て自分の喉元指し、そのまま一気に右へスライドさせた。続けて口パクで「そのまま」と辛すぎる指令を送った。


 (ええー! 自分は動かないで俺に丸投げー!? ええい、考えろ、考えるんだ俺!)


 首を絞められている状態で思考を始める。それでも熊と遭遇したときみたく明梨から目は逸らさない。だが、目の奥からは異様な威圧と殺気が立ち込めている。思考がいつものようにうまく働かない。


 「じゃ、じゃあそっちの条件は? 俺たちを追い払うのは簡単だけど、うちには一人しぶといのがいてね。これから落ち着かない日々を送ることになるかもよ。でも、そっちの条件しだいで俺たちも手を引くかもね。どう?」

 「条件? それに意味があるんですか? ストーキング行為や迷惑行為は立派な犯罪ですよ。理事会や警察に相談すれば一発だと思いません?」


 まさに正論だった。やはり咄嗟の思いつきでは歯が立たない。

 もう一度大和は駄目元で真白に救難信号をアイコンタクトで送る。なんと今回はヒントらしき動作をしてくれた。真白は右手の人差し指を紅洋と蒼のいる出入り口に向けた。


 「……紅洋と蒼ちゃんがどうしたっていうんだよ。もうちょっと役に立ちそうなヒントをくれてもいいじゃん……」


 いっそヒントじゃなく助けてよ、と大和はか細い声を漏らす。


 「紅洋? 今紅洋って言った?」

 「へ? 言ったけど?」

 「紅洋って、普通科一年六組の夜桜紅洋?」

 「そう……だよ」


 好反応の手ごたえ。うまくいけばこの状況から抜け出せるかもしれない。

 大和は悪いとおもいつつも、紅洋を囮にさせてもらうことにした。

 だが、その刹那。大和を横滑りに突き飛ばし主将の下へ歩み寄っていった。

 あまりに勢いよく突き飛ばされたため、大和のシャツの第一ボタンが二つちぎれる。

 

 「橙乃く~ん、大丈夫ですかぁ~?」


 真白がぶりっ子モードで転がったボタンを手に、さして心配そうでもなく近寄る。


 「……ましろちゃん、俺が悪かった。もうその口調もやめていいから……」

 「えぇ~? 変ですかぁ~?」

 「もしかして気に入ってたりする……?」

 「いえ別に……。それよりも彼女です……。やけに夜桜君に反応してましたね」


 無表情で明梨を見やる。なにやら話し込んでいるらしく、こっちは全く眼中にないようだった。

 だが、そのおかげで簡易作戦会議はしやすかった。


 「紅洋をダシに使えばいけるってこと?」

 「私たちがしなくても、おのずと向こうからダシにしてくるでしょう……。問題は―――」


 真白が途中で会話をきる。視線の先には話し合いをしていたはずの主将と明梨が腕を組んでこっちに目をやっていた。


 「私たちの勝負が始まりました、慎重に……」


 ぽそっと大和に忠告した後、剣道部側に会話の権利を受け渡す。


 「天城さんや。どうだ、ここいらでいっちょゲームをしないか?」

 「ゲーム……?」

 「ああ、簡単なゲームだ。こっちとお前さんらで試合をする。勝ったほうが負けたほうから部員をいただくってやつさ。双方に利益が働くだろ?」


 真白は眉をひそませる。無表情にまた変化が生まれた。


 「試合形式は剣道ですか……?」

 「ここは剣道部だからな」


 真白が顎に手をあてて思考する。


 (勝っても負けてもややこしくなりますね……。だったら……)


 真白が携帯を胸ポケットから出し、簡単に操作をし始めた。携帯は似合わず可愛いピンク色。

 操作を終えるとポケットに戻し、外の二人を呼んでくるよう大和に頼む。


 「こっちは紫堂だが、そっちは誰が出る?」

 「……一人しかいません。こっちは夜桜紅洋で……」

 「了解した。なら説明と相談に移ろうか」


 三人が戻ってきた。紅洋と蒼はなぜかボロボロになっている。蒼はところどころ衣服が乱れており、ポニーテールがほどけていた。紅洋にいたっては植え込みにダイブしたのか、あちらこちらに葉の残骸や切り傷が目立つ。取っ組み合いになっていたのだろうか。しかし、蒼は息切れしてゼイゼイ言っているが、ほとんど変化のない紅洋はすごい。

 真白は紅洋と蒼に賭けに発展した経緯を説明する。


 「そんで俺がやるはめになったのね……」

 「ええ……。私たちの中で戦えるのはあなたくらいですから……」

 「確かにね。でもま、負けたら俺が向こうに入部するんでしょ? なら頑張らせてもらいますよ」


 のん気に腕を組んで頭の後ろに回す。


 「夜桜君……。勝率はどのくらいでしょうか……?」

 「勝率ねえ……。ちょっと聞きたいんだけど、剣道部で一番強いのは誰?」


 一番近くにいた主将に尋ねた。大体は部の大将が一番強いはずだが、試合に自分を出さないことに疑問を感じた。

 しかし、部長は言いづらそうに堅く口を閉じている。その代わり、全剣道部員の視線が一斉に明梨に向けられた。


 「へえ……」


 意外ではあったが、想像通りでもあった。そうじゃなければ、か弱そうな女の子を試合になど出さない。もしくは邪魔だからこの機会に退部させたいだけなのかもしれないが。主将の性格からそれはないだろう。

紅が明梨を上から下までじろじろ眺める。鬼の形相で睨まれた。いつでも暴力行為に走れる体制、握りこぶしを作っている。

 途中、大和が変態がいる! と横槍を入れてきたので、紅洋は竹刀をピストルの玉に見立てて投げた。見事剣先が腹部のど真ん中に突き刺さる。


 「なあ、どうして俺にだけ態度急変させんの? 俺なにか失礼なことでもしたか?」

 「もしかして……忘れたのか……?」

 「忘れたもなにも、俺ら初対面だろ?」

 「なっ……。お前、お前が道場をやめる十二歳までボクと組まされていただろ!」


 紅洋が首を捻る。

 特徴は長い髪、幼い顔立ちに低い身長。若干青い右目に鋭い目つき。

どんどん記憶が甦っていく。

 確か当時自分は軽い加虐心にかられていたような気がした。

 当時のあだ名はサド紅洋。

 カチリ、スイッチがオンになったような気がした。


 「あー、あんたロリロリか。身長は変わってないけど髪型変わっててさっぱりわかんなかったな。すっかり男口調になっちゃって、お兄さん悲しいわ」


 あっさり思い出す。キッカケは大事だ。

 思春期の妹の成長を悲しむ兄のように、明梨の頭をわしゃわしゃ撫で回す。 

 明梨は手を振りほどこうとするも身長差で悪戦苦闘する。。


 「ロリって言うな! お前だって昔はピーチクパーチク泣いてたくせに! 冬の道場でお姉さんに―――ほふほひ」

 「黙れ」


 紅洋が瞬時に明梨の口をふさぐ。

 抵抗する間が存在しなかった。腕の動きが早すぎる。とても剣術から離れてブランクがある人間の動きではない。


 「真白、勝率だったな。十割、百パーセント。今ので動けないようじゃ俺には勝てない。昔みたいに虐めてやるよ」

 

 手を口から離し試合の準備に取り掛かる。準備とは名ばかりで、ただ靴下とカッターシャツを脱いだだけ。紅洋は黒のアンダーシャツ、指定のズボンに素足の服装になる。

 防具を使う気はないようだった。


 「なあ大和……あれ、大和? あ、お前ら!」


 紅洋の周りには誰もいなかった。代わりに敵側に三人が集まっている。


 「ねえ、あかりん。冬の道場でよざっちがどうしたって?」

 「俺も是非知りたいね」

 「いいネタになります……」


 仲間であるはずの演劇部三人が明梨を囲む。

 敵の戦意を削ごうとしているわけではない。ものすごくいい笑顔だ。

蒼が手を動かし、くすぐる体制を。大和は目標を押さえつける体制。真白はメモ張を持ち、脅す体制。どんな手を使ってでも聞き出す気満々だった。


 「どうって……。十歳くらいから夜桜のお姉さんが寒いだろうって夜桜にフリフリのゴスロリ服を無理やり着せて、あまつさえモデルみたいにポーズさせて写真を撮りまくってたんです。そういえば新人に型を教えるときもゴスロリだったっけ。いや、冬はずっとゴスロリ服だったかな。それが原因で道場辞めたんですよ」


 場の空気が二秒ほど凍りついた。

 しかし、それもすぐに溶ける。


 「だっせー! 紅洋だっせー! 写真ないの写真?!」

 「わたしも見たい見たい! アルバムに保存しとく!」

 「十二歳までゴスロリですか……。こんどはメイドですかね……?」


 大爆笑が起こる。三人だけでなく道場内にいる紅洋を除いた全員が笑う。

 笑いの元はいつかの演劇部部室のときのように、部屋の隅で丸くなり ぶつぶつ一人で自分を叱咤している。

 トラウマは簡単には抜けないが、ここまで極端に落ち込むのは一種の病気と相違ない。他にどれだけトラウマを抱えているのだろうか。

いずれにせよ、試合に打ち込む意気は完膚なきまでに崩された。しかも、仲間に。

 この後の試合が思いやられる。

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