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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
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第八幕

「迷わず着いたぞ剣道部!」


 「掲示板もありましたし、迷う要素が見当たりませんが……」


 紅洋と真白が剣道道場前に到着した。門の前には大和と蒼の姿があり、二人を手招いている。

なぜ四人が演劇とほど遠い剣道道場にいるかは、六限目の途中に遡る。 紅洋が今日を締め括る英語の授業をうとうとしながら受けていたとき、ポケットの携帯が振動した。教鞭をふるう教師にばれないようメールを確認したところ送り主は大和。大和も授業中だからか内容は端的だったが、内容は明確だった。


 『中学時代の元演劇部員発見。一年四組紫堂明梨。授業が終わり次第剣道道場まで走ってゴー』

 

 昼休みに頼んだ部員捜しをまさか二時間足らずで完遂するとは、大和も侮れない能力を持っている。

 そういった経緯でここにいた。


 (紫堂か……)


 ついさっきの出来事。昼休みのことを思い出す。


 演劇部を再建させ最悪の形で潰し、蒼に意思を受け継がせた紫堂という人物。この一年生はどう関わっているのか。珍しい名前だし少なくとも親戚関係だろう。


 (でもどっかで聞いたことがあるような……。気のせいか?)


 腕を組み首を傾げる。しかし、すぐには思い出せず途中で打ち切る。今はやるべきことがあるのだ。


 「剣道道場ですか、初めて見ました……」


 「んー。俺もないけど、女子は今後も接する機会ないよな。男子は体育で剣道やるだろうけど」


 剣道部は体育科が保有する格技場の一つを道場へ改装して使用していた。最初から剣道道場を作ればよかったのに、という点には教師も生徒も口を紡いでいる。また、格技場と呼ばれてはいるが、下手な体育館並の大きさがある。道場の門構えには達筆で『剣道部』の表札が立て掛けてある。道場破りがやってきそうな雰囲気があった。門をくぐると奇声にも似た掛け声が盛大に聞こえてきた。


 「おい特進、授業はどうした? 普通科より授業数多いだろ。それにどうやってこんな早く目標を突き止めた?」


 「いっぺんに質問すんなよなー。今週いっぱいは六限なの。遅くなるのは来週から。んで、どうやってかは簡単、五限の休み時間に歩いてた女の子の集団捕まえて聞いたの。十分あれば一クラス分の情報くらい集められる」


 「どうせ女の子限定だろうさ……」


 紅洋が呆れて首を横に振る。蒼も苦笑いを浮かべている。真白は、やはり特に変化なし。


 「こいつ池にいる鯉の餌にしない? 鯉ならうまく食べてくれるはず」

 

 「駄目ですよ……。骨までは食べてくれません……。いっそのこと埋めますか?」


 「おい、俺死んでない? 感謝されるべきなにのこの扱いひどくね? え、俺虐められてんの?」


 「大和、勘違いすんなよな。俺たちはお前を虐めてるわけでも迫害してるわけでもいっその事面白おかしく消えてくれないかなんて思ってるわけでもない!」


 紅洋が両手で大和の肩を掴んで真剣な顔をするが、肩は震えている。内心は爆笑したくてしょうがなかった。蒼は後ろで顔を覆って笑っている。

 しかし反対に大和は紅洋の手の上に自分の手を置き「へ……。ったくしょうがねえなあ。俺がいなきゃ駄目なんだからな」と喜悦満面になる。何がしょうがないかは不明である。


 「そろそろ中に入りませんか……?」


 「くくっ……。そう……だね。開けるね」


 蒼が笑いを堪えて引き戸に手を添える。


 「待った!」


 大和が蒼の手を止める。


 「え、何?」


 「ここは作戦を考えるべきじゃねえ? 部員一人引き抜きさせてくださーい、っていきなり突撃するわけにもいかんだろ。そこで俺はやまとなでしこ作戦を提案したい」


 口を挟ませないためか口早に企画を提案する。しかし、そこまで考え、作戦も作ってあったのなら到着する前に教えて欲しかった。


 「やまとなでしこお? どうせまたしょーもないこと思い付いたんだろ?」


 「まあ聞け。蒼ちゃんでもいいが、中庭の一件で着ぐるみって印象が根付いちゃってるんだ。安全対策でここは真白ちゃんに行ってもらうのが得策じゃないか」


 「この無愛想でか―――痛って!」


 紅洋の足を真白が踏み付ける。やはり表情に変化はないが、目には冷たいものが含まれていた。

 大和は気にせず進める。


 「気にしろよ!」


 気にしない。


 「確かにチェリーくんの言うとおり私は無愛想ですが……」


 夜桜に掛けたのか、それともそのままの嫌みなのか。予想せずとも後者だろう。

 紅洋は黙って流した。


 「そこはほら、演劇部なんだから演技で! 時間もないし日常でも演技していかないとね」


 「いいですけど……。失敗してもしりませんよ……?」


 「いけるいける! お任せしますよー」


 大和は引き戸をゆっくり開け真白を中に促す。大きく面、胴、篭手の掛け声が響いてきた。練習に集中しているらしく誰もこちらに気付いた様子はない。真白が進んでいくのを三人がすき間から覗き見する。


 「お前、普段と違うあいつが見たかっただけだろ?」


 「いやいや、まっさかー、……バレバレ?」


 「この作戦、ただ蒼から真白に役が変わっただけで一番重要な接触した後について全く解決されてないし。まんま下心丸みえだし。ていうかあいつもストライクゾーンだったとは……」


 「おまっ! ストライクに決まってんだろうが! 性格はともかくあの顔だぞ! お前の中の雄は何歳だ!?」


 ちなみに蒼も大和のストライクゾーンにばっちり入っている。


 「雄雄夫夫、真白が主将っぽいのに接触するよ」


 読み方はおすおすふうふ。おしどり夫婦ではなく、辞書には絶対載っていないであろう名称で呼ばれた。言い換えなくても男同士で好き合う人の意味。取り敢えずお約束通り紅洋は大和を八つ当たり気味に殴っておいた。



 真白が道場に入って真っ先に感じたのは、むしっとした空気とむあっとした汗の臭いだった。元となる部員は軽く三十人はいた。みんな胴着姿で一心不乱に竹刀を振っている。ほとばしる汗、たぎる情熱は学生の青春だが、真白は急な温度変化に軽い目眩を覚えていた。

 

 それもそのはず、道場の上部にある窓が二枚開いているが、正面の扉が開いていないため空気の流れがうまく循環していない。それで熱気と臭いが外に逃げないのだ。目眩に負けず、先頭で部員全員の素振りを観ている部長らしき男に近づく。さすがに真白の存在に気付いた部長は部員の素振りを一旦中止し、部外者の対応を取る。


 「何だお前は? 入部希望者か?」


 掛け声じみた声量がかなりうるさい。


 筋肉隆々で剣道より柔道向きの体。それに邪魔なものを排除したかのような角刈り頭。顔の堀も深く、ただ目を合わせただけでも気おされそうだった。総称すると熊に近い外見になる。

だが、真白にそんなものは通用しない。


 「いぇ~、ちょっとここにいる紫堂明梨さんに用がありましてぇ。稽古中で申し訳ありませんが、お取り次ぎできますかぁ~?」


 真白が超が付くほど爽やかな笑顔を浮かべる。さらにいつもの『……』が消えている。というよりもぶりっ子を選んだことが理解できない。

 しかし、笑顔の真白に剣道部員はときめいている。ぶりっ子はともかく普段から笑顔でいれば毎日が告白デーになるだろう。


 扉の外で様子を眺めている蒼が「あれが生ける世界遺産か……」などまた意味不明に呟いていた。もちろん真白には聞こえておらず、反応はない。


 「し、紫堂だな。お前連れてこい。まだ更衣室にいたはずだ」


 部長の指示に有無を言わず指名された部員が走る。さすがは運動部、しっかり上下関係が形勢されている。


 「も、ものは相談だが、剣道部は今マネージャーを募集していてな。これも縁だ、なってみないか?」


 紫堂明梨への用件を聞かず、いきなり勧誘をしてきた。大和並に手が早い。どうやら熊はぶりっ子が好みらしい。まさか効果的だと誰が予期しただろうか。


 「残念ながらぁ私はもう演劇部に入っているのでぇ、お断りさせていただきますぅ~」


 真白は真白で爽やかな笑顔を浮かべ、かつ相手の機嫌を損ねない断りかたをする。生ける世界遺産がこの場だけの産物になるのが残念でしょうがない。


 「演劇部? 確か今年から無くなったんじゃ……」


 「えぇ~、だからまた作ったんですぅ。どうです、一緒にやってみませんかぁ~?」


 逆に勧誘した。まず首を縦に振るわけないが、勧誘に勧誘で対抗するとは大胆な。


 「…………。い、いや遠慮しておく。これでも一応主将だからな」


 赤らめた顔を逸らして勧誘を断る。


 「今一瞬悩んだよなあ?」


 「迷ったな」


 「変な間があったよね」


 外で待機組みがつっこむ。


 得たいの知れないぶりっ子の誘惑に躊躇するなんて、主将の立場的にどうなのか。

 一つはっきり言えるのは、精進が足りていない。


 「あ、女の子! もしかしてあの子じゃない?」


 ついに、お目当てらしき女の子が男子部員に連れられて真白の傍にやってきた。

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