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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
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第七幕

 「しっかし、演劇の経験も知識もないのによく部を作ろうと思ったねー。蒼ちゃんの中での演劇って大事なもんなん?」


 額をさする大和が言う。

 三人は真白からきた理不尽な苦情によって、シートから離れることを余儀なくされた。とは言ってもただ目の前にあった別の桜の木の下に移っただけである。


 「ああ、そのこと? 大した理由じゃないよ。私が思いと意思を継いでるってだけのこと」


 蒼は遠くを見つめる。誰かを懐かしんでいる表情で。だが、それもパンダの着ぐるみで台無しだった。


 「誰から、とかは聞いてもいいのか?」


 「だから大した理由じゃないってばー。ただ前演劇部にいた先輩の夢を継いでるだけー」


 空気を読んでみたものの蒼はさらっと口にした。


 単純な言葉だが大した理由だった。いつもヘラヘラしておちゃらけているが、今も変わらず目は真剣そのもの。蒼の真剣さに真白もついて来ているのだろう。


 「そういうのをさっきしっかり教えて欲しかったよ」


 「ならそう言ってよー。遠まわしに言われても分かんないってー」


 「そんなら頑張って練習しなきゃだな。張り切って行こうぜ!」


 大和が腕を組んでブイサインを作る。


 「本番は明日からになりそうだけどな―――」


 ザザ―――


 ノイズがスピーカーを伝って学内に響き渡る。そしてゴトゴトと小さくマイク位置を直す音が聞こえた後『一年六組天城真白、一年八組七瀬蒼、至急理事長室まで来なさい』

 男性の声で演劇部二名が呼び出される。


 「……もう問題起こしたのか?」


 「なっ。信用されてないなー。そんな入学直後に問題起こすわけないでしょー」


 脅しは問題に含まれないのかと言いたかったが止めておいた。それよりも気になったのは呼び出された場所が職員室ではなく理事長室だったこと。普通に学生生活を送っている限り、理事長室にそう関わることはない。


 「とりあえず早く呼び出しに応じたほうがいいですね……。休み時間も無限じゃありませんし……」


 読んでいた本を脇に挟み三人に近づいてくる。眼鏡はもう外していた。


 桜の花びらが頭に乗っていたので大和が取ってやった。


 「ありがとうございます……。それじゃあ行きましょうか……」


 「そうだ蒼、着ぐるみだけは脱いでけよ……?」



 理事長室は特進科校舎の三階にあった。職員室や教室の扉とは違い、黒塗りで金や赤の宝石のような石で彩られていた。はっきりいって悪趣味である。

 その扉を前にし、演劇部四人は誰が扉を開けるかじゃんけんをしていた。最初はグーじゃんけん! の後、四人は一斉に自分の手を出す。紅洋と蒼がグー、真白がパー、大和がチョキ。引き分け。もののみごとに決着がつかない。

 

 やり始めてからもう十二戦目に突入していた。自分の行動に疑問やあほらしさを感じつつも、やってしまったから最後までやってやるしかないみたいな、退くに退けない空気が漂っている。

 このフロアに着いたとき全員誰かが扉を開けてくれると思っていた。だが、いざ扉の前に立ってみれば誰もドアノブに手を延ばさない。職員室ならまだしも入ったことのない理事長室には緊張と同時に畏怖を与えられる。呼び出されたのならなおのこと。誰も手を延ばすことなく数秒が経過したとき、じゃんけんしようの声が誰かから発生された。そして現在の行動に至る。


 「君達こんなところにいないで早く中に入りなさい」


 金崎先生が音もなく現れた。朝の朝礼から変わらない黒い眼鏡にダークスーツを着こなし、黒い革靴を履いている。ネクタイだけは赤いが気弱そうな表情も合わさり、葬式に行く姿にしか見えない。


 金崎先生は四人を避け、扉をノックし「どうぞ」の声で「失礼します」と中に入ってゆく。先生に釣られて四人も真白を先頭に部屋へ足を進める。


 中は明かりは点いておらずブライドがしてあり、隙間から微かに漏れる日差しが部屋をほのかに照らしている。壁には歴代理事長らしき人物たちの顔写真。よく見ると一代目理事長の写真はなく、代わりに鹿の首が掛かっていた。


 「遅かったですね、金崎先生。早く来るように伝えたはずですが?」


 部屋の中には最初から二人いた。一人は今喋った年齢推定六十前半のおじさん。人相で嫌味ったらしい人物だと容易に想像がつく。もう一人は理事長。だが、椅子の正面が窓を向いていて、こちらからは顔を確認できない。


 「すみません、やらなければいけない仕事があったもので」


 「普段から仕事を貯めている証拠ですね。これだから若い者は。私の若いときは―――」


 ネチネチ長くなりそうな説教を偽った自慢話しが始まった。金崎先生は嫌な顔一つせずほわーんとした表情で相槌をうっている。


 「教頭、説教はそのくらいにして本題を彼女たちに」


 理事長が口を挟んだ。声を聞く限りでは若い。そして嫌みのおじさんは教頭だった。


 「そうでしたな。では―――いや、その前に。後ろの男子二名は何の用だ?」


 「本日付けで演劇部に入部した新入生ズでーす。呼び出しが演劇部関連だと思って一緒に伺いましたー」


 大和が敬語とおちょくりを入り混じらせる。

 適当な言葉遣いに教頭は「お前その頭はどういうことだ? 当然校則違反だとわかってやっているをだろうな。学年と名前は?」大和の茶色のような金髪に食ってかかる。指摘の部分は間違っていないが、今する話ではない。


 「特進科一年一組の橙乃大和でーす。あ、ちなみに入試二位だったんで、特待生になってます」


 今度は嫌味と自慢を入り混じらせる。これは通訳すると、成績いいんだから校則違反くらい見逃してくれてもいいんじゃね? みたいな感じである。


 「くっ……。ほどほどにしておけよ! それ以上は認めんからな!」


 奇跡か必然か大和の態度のでかさが教頭に勝った。大和は陰で紅洋にブイサインを作って見せる。 どちらにせよ教頭がなにより成績を重視していることがよくわかった。


 「教頭先生、そろそろお話しを進めてもらわなければ休み時間が終了してしまいます」


 金崎先生が催促する。さすがに教師が生徒を授業に遅刻させるわけにはいかない。


 「ふん、じゃあ簡潔に話そう。お前たちの演劇部室の無断利用についてだが、使用を中止し即刻出ていってもらう」


 「え……!? ち、ちょっと待ってください。使用許可証はとっくに生徒会に提出してあります。無断利用になっているはずがありません!」


 「それが通っていた場合の話だがな。そもそも我々学校側は演劇部の存在自体を認めた覚えはない」


 規定人数を満たしていないのだから部として認められていないのは当然である。だが、学校側が演劇部の存在自体を認めていないのはどういうことだろうか。

 活動内容が怪しい部まであるのだ、昨年までの実績が悪かったため再建させないなどの理由ではないだろう。


 「一年生だから知らんか、教えてやろう。昨年の演劇部は演劇部ではなかった。それは―――」


 「それは副部長を始めとする部員の半数以上が遊び目的で部費を横領し、足りない分を他の部との賭け試合で稼いでいた……」


 蒼が震える声で過去の事実を口にした。


 「ほう、まさか知っているとは。なら我々が演劇部を廃止させる理由も理解できるだろう?」


 「でも、わたしたちが同じ結果になるとは限らないじゃないですか!」


 「三年前も紫堂から同じような台詞を聞いたわ」


 蒼の顔が強張り、動きが止まる。


 「皮肉だな、三年前も今と同じように紫堂が潰れた部を設立させた。そのときにお前と同じことを口にした。私たちは先輩とは違う結果を出すとな。まさかそれ以上に悪化させることになるとは思わなんだが」


 教頭の言葉に蒼は俯いて固く手を握りしめている。


 「私たちと……先輩たちは同じ人間じゃありません……」


 「それがどうした? 必ずしも同じ結果になるとは限らないなら、必ずしも違う結果になるとも限らないではないか。お前は確率の問題じゃなく確立の問題だと言いたいんだろう? 違うな、これは確率の問題なのだよ」


 教頭は一切の手加減もなく蒼を威圧する。これはもう教師による忠告ではない。精神に直接攻撃するれっきとしたパワハラだ。

 後ろで聞いている紅洋や大和、普段感情を表に出さない真白ですら沸き上がる怒りを抑え切れないでいる。


 キィ。

 

 金属が擦れる音と同時に理事長の椅子が正面へと回る。

 

 若い。

 紅洋の第一印象だった。

 歳は三十代前半だろうか、髪をオールバックにし、灰色のスーツを見事に着こなしている。街中を歩いているだけで芸能人かモデルかに見間違う顔の作り。かっこいいではなく、美しい。英語でならビューティフルだがエレガントと表現したほうが当て嵌まる。


 「教頭、相手は生徒ですよ。もっと言葉を選ぶべきではありませんか?」


 「そ、そうですな……。今後は気をつけます」


 教頭は穏やかに話す理事長に気圧される。

 それでも生徒に謝る気はないらしい。


 「結論から言うと、私の意見も教頭と同じだと思ってもらって構わない。だが、認可できないのはもう一つ―――」


 「結果を出します。今度こそ本当に」


 蒼を後ろに下がらせ、紅洋と大和が前に出る。


 「……ふむ、面白い。聞かせてもらおうか」


 「理事長!」


 理事長の意外な反応に教頭が慌てる。教頭だけではなく、この場にいる全員が愕然とした。

 紅洋が自分の考えを一瞬忘れそうになる。あっさり意見が通るとは思いもしなかった。


 「え、えっと、一週間後にある部活紹介で演劇を行います。バスケ部やサッカー部が試合をするんです。知名度のない僕たちにもある程度の時間なら使えるはずです」


 『文武両道』、『学生に自由を』の二つをモットーにしている月城学園の部活紹介は特殊で丸一日かけて行われる。その日は科に関わらず授業はなく学生はどの部活の見学に行っても構わない。見学するかしないかは自由だが、一年生は必ずどこかに所属しなければいけないのでどんな部活があるのか、活動内容はいかほどかを確認するには絶好の機会なのだ。運動部は強さを生徒に認識させるため試合をするところがほとんどなのである。

 紅洋もそれをなぞったのだ。


 「ああ、君の言う通り全員に時間を使う権利はある。なら場所はどうする? 体育館はパスケ部が使うが?」


 理事長が紅洋を試す。

 真剣な表情の奥に子供のような感情が顔を覗かせている。


 「そこがネックです。全国出場常連であるバスケ部の試合なら人が集まる。場所を早くから取る生徒もいます。ですが始まる前はみんな退屈でしょう。しかも他の人気がある運動部も揃って午後から本腰を入れてくる。そこを狙います。暇つぶしでもいいんです、まずは見てもらうのが第一目的ですから」


 客を集めるなら有名人を呼べばいい。基本的な客寄せ方法だった。

 今回はその逆、有名人が来る場に乗っかる方法を選択した。


 「なるほど単純の中に明確な計画があるな、中々に面白い。なら午前の体育館の使用権利は君たちに渡そう、と言いたいが実はもう一つ条件がいる」


 理事長が右手の人差し指を立てる。そして左手で引き出しから一枚の紙を取り出した。

 その紙はついさっきまで嫌になるほど見せつけられ押し付けられた入部届書だった。

 そういえば紅洋と大和は今日書類にサインしたため、部に必要な部員の届けをまだ出せていない。 つまり届けを生徒会と学園に提出する作業を忘れていたということか。


 「……あれ? その紙、内容が違いますね……」


 真白が紙の違和感に気づいた。


 「そう、本日付けで部の設立内容が変更になった。従来の最低部員数が四人以上に顧問一人以上、ではなく、最低部員数は五人に顧問一人以上、そして部室の保有へと改正されたのだ。さきほどは君に遮られて言えなかったがね」


 メンバー五人、部室。

 演劇未経験者のみに加えて三日で魅せられる演技を作らなければいけない今。そこに部員と部室探しの労力が加わってしまった。時間の猶予がない絶望的な状況だった。


 「理事長、部室は彼女たちに返してやってもらえませんか? 置いてある荷物を片付けるだけでもあっという間に時間を消費します。それでは機会を与えたことにはならないのでは?」


 金崎先生が希望の手を四人に差し出した。

 理事長が顎に手を当て数秒目を閉じる。


 「分かりました。退室の件はなかったことにしましょう。その代わり事件を一度でも起こせば即刻演劇部は廃部にします。心がけてください」


 「理事長、話を一人で進めていかないでもらいたい! 既に決まった話を覆すなどもってのほかです! あなたは学園のトップですが理事会の面々にはどうご説明するつもりですか!」


 ついに教頭の怒りが爆発した。額に青筋がくっきり浮き出ている。


 「教頭。私たちが教師であることをお忘れになるな。教師は生徒を導くもの。私たちが子供たちの持つ可能性を率先して潰してどうするつもりですかな? 彼らを職員室でなく理事長室に呼んだのは、理事長として直接彼らの可能性を生かしてやりたかったのですよ」


 理事会くらいどうとでもなります、と付け加えた。

 冷ややかな視線を教頭に送る。どこか真白に似た雰囲気があったが、違うのは学園のトップとしての威厳と威圧。この人の気まぐれで一つで、学園の職員全員へ職探しに明け暮れる日々を与えることもできる。権威はまでは行かずとも権力は侮れない。

 教頭はそれっきり黙ってしまった。


 「それでは改めて正確な要求を聞こう。書類にも記さなければいけないしね」


 「ありがとうございます。真白お願いできる?」


 「はい……」


 真白は紅洋に頼まれると大まかな予定すら立てていないにも関わらず、条件をその場で考え口にする。つい昨日知り合ったばかりの間柄でも彼女の持つ能力は十分に信頼できるものだった。

 

 「場所はバスケ部と同じ第三体育館、時刻は午前十時から……。舞台使用時間は準備も含め四十分ほど……。演目や役者、裏方の配役はまだ決まっていません……。準備と練習には部室を使います……。その際に学園に泊り込む可能性もあります……。今は以上です」


 「了承しました。そう書類には書いておきましょう。生徒会にも私が話をしておくので、君たちは演技に集中してください」


 「ありがとうございます……」


 真白を先頭に演劇部メンバーが頭を下げ礼をする。


 「では、そろそろ授業も始まりますので私たちはこれで失礼します。さ、皆教室に」


 今度は金崎先生を先頭に失礼しますと理事長室を後にする。


 「君たちも授業に遅れないよう早めに教室に戻るんだよ」


 先生は授業の準備があるらしく駆け足で職員室に戻っていった。

 残された四人は疲れた顔で廊下をとぼとぼ歩く。

 重い空気が漂う。紆余曲折があったものの、やっと部として成り立つはずだったものが再度危機に晒された。

 紅洋が最悪の事態の一歩手前で止めたものの所詮は付け焼刃。発言を成功させる確信などない。だが、ああでも言わない限り教頭は確実に部を潰しにかかっただろう。理事長は元々チャンスをくれる 予定だったのかもしれないが、生徒を試す気でもいた。試合に負けて勝負に勝っただけなのだ。


 「紅洋」


 「ん?」


 大和が沈黙を破った。いつもとは違って神妙な面持ち。


 「経験者探しは俺に任せてもらえないか? 俺なら今日中に探し出せる自信がある」


 「それ信じていいんだな?」


 「当然だ。豪華客船に乗ったつもりでいてくれよ」


 「タイタニック号なら最後に沈んだけどねー」


 「ルシタニア号もドイツの戦艦に沈められました……」


 「要するに失敗は死あるのみってことだ」


 紅洋が肩をすくめる。


 「毎度毎度俺の扱いヒドすぎんだろー! 頑張るやつには激励くらいくれよー!」


 大和が頬を膨らませ可愛くもない仕草を取る。

 四人に笑顔が戻った。

 人生において試練、難関は当たり前。それでも今回の試練、時間はないがこのメンバーなら不可能も可能に出来る。紅洋にはそう思えた。

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