第六幕
「じゃあ演劇部の活動内容や最終目標、部員メンバーなんかの詳細な報告をしてもらおうじゃないか。部長だったらそのくらい把握しとかないとダメだろ」
「なら会長であるわたしが話そう! 活動内容はもちろん演劇だよ、演目はまだ決めてないけどね。最終目標は部員百人突破! そのための創立メンバーはここにいる七瀬蒼、天城真白、夜桜紅洋、橙乃大和だよ。ちなみに順不同だから!」
聞いたことのみが返ってきた。もう少し付け加えた情報をくれてもいいのに。
「あんま考えてないってのはよく分かった……。けど、あんたの言った最終目標に達するにはまだ必要なものがあるだろ」
「これ以上必要なものがあんのか? 部室もあるしメンバーも揃っただろ」
大和が首をひねる。どうやら蒼も同じく分からないらしい。
その中で答えを見つけ出すのはやはり真白だった。
「……顧問でしょうか?」
「そう。一部活に一人以上必要になるだろ。演劇部は小さいから一人で十分だけどな」
おおーと、不回答者二名から歓声があがる、と思いきや一人反応は違った。
蒼は得意げに指を振っている。
「わたしを見くびるもんじゃーないよ。これでも会長だからね、部員の一歩も二歩も先を見ているのさー。もう顧問は金崎条先生にお願いしてあるんだこれが!」
これにはさすがの紅洋も驚いた。部員集めだけしか頭にないように感じられたが、しっかり別方向も視界にいれていたとは。一応偉そうに会長を名乗るだけはある。
しかし、金崎条先生は紅洋と真白の担任である金埼条先生に違いない。あの締まらない先生が顧問で大丈夫なのかが心配だ。
「じゃあ次。昨日も言ったけど俺と大和は完璧に素人だ。あんたらに一から教えてもらうしかないんだけど、もう方法は考えてくれてるのか?」
「方法? そんなのないよー」
「自分たちで技術を盗めってことか? そりゃいくらなんでも無理が―――」
「違うよ、知識はあるけど演技に関してはわたしたちも素人だからさ。実際教えられることないんだよねー」
「……………………」
紅洋の行動が停止した。これにはさすがの大和も唖然としている。
昨日は練習を見せなかったのではなく、練習そのものが根本的な意味で出来なかったのか。
蒼は二人を励まそうとしてか、「これ読めばいいよー」と言って鞄から一冊の本を取り出した。『基礎から覚える演劇』の文字が表紙に書かれている。封すら開けていない新品だった。
「じゃあ俺たちを指導してくれるのは金崎先生ってことか……?」
「んーん。先生はただの顧問だよ。演劇のことはさっぱりだってさ」
「あ、天城さんの考えも同じなのか?」
「そうですね……。今初めて彼女が素人だと知りましたから、驚きを隠せないでいますよ……」
無表情で声に感情がないため、とてもそう考えているとは思えなかった。
「……先が思いやられるけど話を進める。俺からあんたらに課題を出す。文句はなしだ。まず七瀬さんは金崎先生と相談して演劇できる人探してくれ。こんだけ学校広いんだから一人くらいは見つかるだろ。そんで天城さんは意味不明な情報力があるんだから演劇のことを詳しく調べといて。明日発表な。そんで大和は勧誘でもしとけ。持ち前のナンパ術でも行使しろ。その中で経験者がいたら是が非でも捕まえろ。以上だけど、質問は?」
テキパキ三人に仕事の指示を与えていく。
部長というより生徒に宿題を出す先生のようだった。
「はい、部長ーいいですかー? っていうか話題変えてもいいですかー?」
蒼が元気に手をあげる。
着ぐるみの手は重そうだ。それよりどうしてまだパンダの着ぐるみを着ているのかが謎である。蒼の額にはまだ汗が滲んでいた。
「……変なことじゃなかったら構わんけど?」
およそ八割方変な発言をすると紅洋にインプットされた蒼だが、気づいていないのか気にしていないのかにっこり微笑み続ける。
「私さ、『さん』とか『くん』とか固い呼び方あんまり好きじゃないんだよね。だからあだ名とか考えないかなー?」
そのほうが結束力も強まるかもーと、付け加える。確かに一理ある。常に考えなしで発言しているわけでないらしい。だが、明らかにタイミングを待ち焦がれた面持ちだった。蒼にとっては部活の中身よりもこっちが大事のようだ。
「あだ名かあ。俺は昔から大和って呼び捨てが多かったな」
「もう紅、白、橙、蒼とかでいいんじゃないですか……。ちょうど色が揃っているわけですし……」
弁当を食べ終えていた真白はいつの間にか読書タイムに入っていた。しかも眼鏡付き。
「どうしてそうめんどくさそうかなー。そんなんだったら私はアオレンジャーになっちゃうじゃん!」
「俺ダイダイレンジャー!?」
「話題そこじゃねえだろ!」
「お前アカレンジャーでリーダーだろうが! それのどこに不満がある! 子供は皆アカレンジャーに憧れてるはずだろ!」
大和が真剣な顔で紅洋な詰め寄る。体は大人、心はまだまだ子供らしかった。
このグループでは喋っていると一分しないうちに確実に話しが脱線する。飽きないだろうがウザくなるのは間違いない。
騒ぎを産んだ張本人は本に没頭して全く騒ぎに関わらない。
「あー、うっさい! あだ名を付けたいんならまともなアイディアを早く出せ!」
「はいはいはい! 夜桜くんは『よざっち』で、真白は『ましろん』、橙乃くんは『番長』がいいと思います! わたしのことは自由に呼んでねー」
(番長……?)
大和の顔が若干曇る。
どれも単純なあだ名だが、一つだけ名前を捩ったものではなく名称になっていた。
「じゃあ俺はあんたのことをセブンスブルーと呼ぼう」
「ちょっとカッコイイんですけど!?」
冗談で言った紅洋だが、大概ネーミングセンスがない。それで喜ぶ蒼も付けるのが面白いだけで、案外呼ばれ方なんて気にしていないのかもしれない。
「なー、ちょっと俺の番長変えてくれない?」
あろうことか付けられたあだ名に不満がある大和は二人に変更の申し出をした。
「あん? しゃーねえな、俺がつけてやるよ。そうだな……犬とか?」
「人権を尊重してもらえるとありがたい……」
「人権ねえ……。じゃあ下僕?」
「人間にしてくれただけありがとう……」
大和が顔を手で覆う。
横で手を満面の笑顔で手を上げている少女が紅洋の袖を引っ張る。
「どうぞ、七瀬蒼さん。そこの犬が喜ぶさっきとは違うのをお願いします」
「はい先生。ちょっと可哀想なので簡単に『やまちん』はどうですか?」
「決定! やまちん最高!」
しおらしくしていた大和が一気に元気になる。あだ名一つで元気になったり落ち込んだり忙しいやつだった。
刹那、パタンと本を閉じる音がした。
三人がゆっくり音のしたほうへ顔を向ける。
「そこの三人、ちょっとうるさいんで……。黙ってくれません……?」
真白が静かに三人を睨んだ。鋭い眼光はまるで獲物を狩ろうとせんばかりにぎらついている。このまま機嫌を損ねさせれば確実に狩られる気がした。
「もうー、ツンデレなんだからー。うちの萌えキャラクターにでもなるつもりかねー?」
「ツンデレ……? 私にデレはありませんが……?」
「ツンオンリーですか!? 適度にデレないと取っ付きにくい人になっちゃうよ! いいよ、お嫁においで。わたしが貰ってあげる。萌え要素バンザイ!」
蒼が萌え萌え叫んで真白に抱きつく。そこで無表情の真白に珍しく変化が生まれた。眉間に、しわが寄っている。
「ぶっ!」
蒼の顔に本がぶち当たる。近くにいた紅洋と大和にはそんなモーション微塵も見えなかった。ゆえに真白は二人の動体視力を超えた動きをした。一瞬紅洋と大和に殺気が向けられると、本と共に弁当箱が至近距離から投げられた。これにもモーションは見えない。
「がっ!」
弁当箱は見事大和にクリーンヒット。本は紅洋に難なくキャッチされた。
「これって感動モノの小説じゃん。俺も読んだことあるけど、あんたが読むのか……?」
「私が泣ける小説を読むのは変ですか……?」
「変じゃないけど。……泣くの?」
核心をついた。無表情さんが泣くとは考えにくい。それよりも全く想像がつかない。
「失礼ですね……。私だって感動くらいします……。……泣きませんけど」
「結局泣かないのか……。まあ、泣く泣かないは人それぞれだからアレだけど、もうちょっと表情豊かにしてもいいんじゃないか?」
「……考えておきます。では私は続きに集中するので、どうぞお話は離れたところで」
本を取り戻すなりシートに戻っていった。残骸を残して。
「ホント食えないやつ……」