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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
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第五幕

昼休み。紅洋は律儀に時計塔に向かって足を進めていた。珍しく大和が教室にやってこなかったため、邪魔されることなくやってこれた。

 普通科の教室棟から時計塔へは、裏口を通ってそのまま真っ直ぐ。時間にして三分ほどの距離にある。だから教室棟から時計塔の全体が目視できる。そう、目視出来てしまうのだ。

 紅洋の視線の先にはチャイナ服を来たパンダがいた。近辺に生徒が誰もいないのが幸いだった。視界が狭いからかパンダはまだこちらに気付いていない。


 「行きたくねえ……」


 とは言いつつも足を進める。はっきりと文句を言ってやらなければならない。

 ある程度近付くとパンダが手を振って駆け寄ってきた。


 「昼休みにごめんねー。私体育科だから昼くらいしか時間取れなくてさー」


 着ぐるみからくぐもった声が発っせられる。

 

 「いいよ、聞きたいこととい言いたいことあったし。ここで告白だったらびっくりだけどね」


 「期待してた? 告白してあげようか?」


 「マジで? なら俺は全力でそれを断る!」


 「ひどいよそれ!」


 「それはともかく、いちいち着ぐるみ着る理由あんの?」


 いきなり紅洋は話題を切り替える。

 四月の気候はまだ肌寒い。だが、それは服だけを着ていることを前提にした話し。着ぐるみだと気候に関係なく蒸れるだろう。


 「あるよ! 大あり! 白いパンダは不思議な宇宙パワーで幸運を呼ぶんだよ! あれ、字からだと運ぶかな?」


 「どっちでもいい! あんたが不思議生物だよ!」


 「不思議生物……」


 「ちょっと嬉しそうだし!」


 不思議生物のどこに惹かれたのだろう。手まで胸の前で組んできた。着ぐるみだから手を重ねるか。


 「不思議生物かあ」


 「まだ言ってるし!」


 「これから私の称号は『勇者蒼』でよろしく!」


 「どの流れでそこに行き着いたんだよ! もうやだよ、この人!」


 紅洋に大和並みの拒否反応が出始めた。


 「はっ……! こんなことしてる場合じゃなかった! もうこんな時間!?」


 急にパンダは何かを思い出し、紅洋の手を引いて駆け出す。


 「お、おい! どこ行くんだ!」


 パンダは「お昼だよー!」と一言残し走り続ける。お昼。もしや昼ご飯を食べる事だろうか? 食べることに関して文句はないが、この姿を人前にさらすのは如何なものか……。


 「待てって! どこまで行くんだってば! つかこの先はまずいから!」


 だんだん中庭に近づいている。

 今中庭には何十本もの桜が咲き誇っているため、お花見ついでにやってくる生徒が後を絶たない。つまり、人がたくさんいるのだ。


 「大丈夫、場所は確保してあるから!」


 「そういう問題じゃねえし!」

 

 そうこう言ってるうち中庭に着いてしまった。当然視線はパンダにくぎづけ。一緒にいる紅洋も、まるで街中に現れた役者のように注目されている。

 あちらこちらから「春だから?」とか「変なカップルー」とか「パンダって桜食うの?」など内緒話にもなっていない声が聞こえてきた。


 (恥ずい……)


 紅洋は俯き赤面する。注目されることは構わないが、隣のパンダに手を繋がれているところを見られるのが一番恥ずかしい。遊園地で迷子になった子供のような気分になっていた。


 「こーよー! ようやく来たか」


 幻聴まで聞こえてきた。


 「姉さん、俺もう死ぬかも……」


 「混乱してんなー紅洋。大丈夫だ、俺はお前の中で永遠に生き続―――」


 「コンマ二秒で消え去れ!」


 反射的に目の前現れた人物にミドルキックをお見舞いした。


 「ナイスミドル……」


 左に吹き飛びながら紅洋に向かってグッジョブと右手の親指を立てる。


 「昨日と同じ展開……。いや、まさか―――」


 いた。

 ベンチの傍にある中庭の中でも小さい分類に入る桜の下。そこで真白がレジャーシートに座って弁当を食べていた。これで昨日の部室と同じメンバーが揃った。


 「二人とも立ってないんで座わったらどうです……? お昼の時間は無限ではないんですよ」


 「そうするー!おっ弁当おっ弁当嬉しいなー。わたしはもう腹ペコなのさー」


 パンダがスキップでシートに近づき、着ぐるみの頭だけを脱ぐ。最後に「暑かった」の一言が聞こえた。顔に汗が浮き出ていた。


 「一緒に昼食べるって先に教えてよ。まだ俺何も買ってきてないんだけど」


 紅洋は朝早く起きるのが嫌で昼食は学食かコンビニに買いに行くことにしている。手早く文句だけ言って学食に行紅洋と考えていた。そのため昼食を何も用意していない。


 「そんなことだろうと思っていたさ! 心配無用だ紅洋。俺がお前の分も弁当を作ってきたぜ!」


 「冗談は顔だけにしろ―――ってほんとに二つあるし!」


 大和の両手に赤と橙の包みが握られている。

 紅洋は躊躇うも空腹には勝てず、ありがたく大和の持つ包みの一つを掴んでいた。包みを開くと中身は菓子パンで弁当ではなかった。紛らわしい冗談である。


 「よっし。時間もないしお腹も空いたし、手っ取り早く話を進めちゃうね! 夜桜紅洋君、きみには何が何でも演劇部に入ってもらうね。ちなみに大和君はもう入ってくれたから!」


 「はい……?」


 いつもの帰り道を歩いていたら、急に誰が掘ったかしらない落とし穴に落とされた気分になった。 


 「実はそうなんだよなー。演劇のことはよく分かんねえけど、今後も笑いが多そうな部活だから入っちゃった」


 男が可愛らしく言ったところで気持ち悪くしかならないのが世の条理。


 「大和が入部したからって俺が入るとは限らないんじゃない?」


 紅洋が蒼に笑顔を向ける。それに対し、蒼は何かを含んだ嫌な笑みを浮かべる。

 私はあなたを完璧に打ち負かす秘訣を持っています。あなたの返答は全て意味をなしません。そんなことを匂わす笑み。

 蒼一人ならば上手く切り抜けられる自身はあるが、後ろ盾に正体不明な真白がいる。ついでに一応 特進科で頭だけはいい大和もいる。頭脳戦は得意としないがやるしかなかった。

 蒼が合図をすると真白がポケットから四つ折りの小さな紙を取り出した。


 「本名、夜桜紅洋。年齢は十五歳。誕生日は八月八日。血液型は検査していないため不明。家族構成は両親に六歳離れた姉と二歳離れた兄。家は総合格闘技道場をやっており名前は夜桜道場。好きな物はチゲ鍋。嫌いなものは夏に出る黒く光ったアレ。趣味は読書で主に推理小説がお気に入り。高校に入ってからは寮生活を送る……」


 ここまで言って一息つく。別段驚きもしないないただのプロフィール。大和に協力を仰いだのか情報は全て合っている。それでも特に脅される要素はない。

 その矢先、すぐに真白の口が開く。出てきた情報に紅洋は耳を疑った。


 「初恋は小学一年の時の担任、園山花先生。また、三年生まではスカートめくりの常習犯。四年生ではサッカー部に入るも喧嘩が原因ですぐ退部。五年生でお姉さんの―――」


 「待て待て待て待て、それ以上は言うな! つか、どうやって調べた!?」


 一瞬にして五年生次の出来事が頭をよぎり、真白の口を手で塞ぐ。

 中学からの付き合いである大和が情報元なら中学時代からの情報しか出てこないはずである。さらにこの月城学園に紅洋と同じ小学校出身はいない。もしいたとしてもこんな昔のこと、しかも他人事など覚えているはずがない。


 「情報元でふか……? ヒンターネットほ検索ベースほ使いました……」


 真白は口を塞がれながらも、もふもふ声で会話を続ける。


 「個人情報どころか、人生の歴史まで流出中してんの!?」


 「嘘です……」


 「ですよねえ!」


 では一体どんな方法で調べたというのか。そもそも人の過去を詳細に調べることなど可能なのか。

紅洋の額を冷や汗が流れる。


 「さあさあ夜桜君、これ以上バラされたくなければ入部届書にサインサイン」


 蒼に首根っこを掴まれ真白から引き離されるや否や、顔に書類を貼り付けられた。印刷したばかりなのか紙とインクの臭いが鼻腔いっぱいに広がる。


 「ぷあっ。あ、あんたら、どんな手でも使うったってやり方が犯罪チックだぞ!」


 「もし訴えられたときの場合も想定してあります……」


 「そこまでしてんの!?」


 さすがの紅洋も手が尽きかけてきた。訴える気は最初からないが、もしもを想定しているとは思わなかった。ならばこれ以上反抗しても意味を成さない可能性が高い。素直にサインしたほうがいいかもしれないと心も訴えかけてきた。

 はぁ、とため息をつき諦めると蒼の手から入部届書を受け取りサインする、ふうに見せかけて紙を小さく丸めて口に放り込む。

 ゴクリ、喉を鳴らす。

 諦めかけていても抵抗心は燃え尽きていなかった。


 「悪いね……。勢いあまって食べちゃった」


 「お前はヤギか!? よし、メェーと鳴けメェーと。俺が責任を持って家で飼ってやろう」


 「ヤギならわたしも飼ってみたいかも! 子ヤギって可愛いよね! あと子羊も飼ってみたいなー」


 「ヤギ汁にヤギの刺身ですか……」


 約一名の言動がおかしい。

 実際今、可愛い子ヤギさんは無表情で冷淡な狼に食べられるかもしれない瀬戸際にある。生きるか死ぬか。デッドオアアライブ。


 「大丈夫だよー。そんなこともあろうかと予備は用意してあるからねー」


 蒼は着ぐるみの内ポケットから辞書の厚さ並みはあろうかという入部届書を取り出した。中の蒸気のせいで気持ちしなしなになっている。


 紅洋の中で何かが弾けた。


 「桜と一緒に散ってしまえーーーーーー!」


 「待て紅洋! それは一番つまらな―――いや、環境にも周りにもよくないぞ!」


 大和が紅洋の両脇に腕を入れ羽交い絞めにする。

 それでも尚、紅洋は絶対に入部届書をばら撒いてやるんだオーラを纏わせて前進する。


 「頑なに拒否しますね……。嫌なことでもあるんですか……?」


 「うぐっ……、それは……」


 「どーせ単純かつ平凡なことだろ? 大勢の前に立ちたくないたとか大きな声を出すのが恥ずかしいとか」


 紅洋の身体が小刻みに震えだす。それはもう小動物のように。


 「……いか……」


 「ん? 聞こえんかったぞ?」


 「……るいかよ……」


 「え? なになに?」


 「恥ずかしくて悪いかよ! ああそうだよ、人前に立ったり大声で演技すんのが恥ずかしいんだよ!」


 「そう言うわりにかなり目立ってますけどね……」


 実は気づいていなかっただけで、中庭にいる大半の生徒の視線はずっとこの四人に集中していた。

これだけ騒いで暴れていて注目されないほうがおかしな話である。

 中でも騒ぎの火に油を注ぐのは他でもなく紅洋だった。本人は依然気づく気配もないため誰も真実は教えない。


 「慣れだよ慣れ! 毎日やってれば抗体もできるから恥ずかしくなくなるって!」


 「毎日大勢の前で演技しろってか……?」


 想像してさらに大和の腕から逃げ出そうと奮闘する。だが、羽交い絞めからは抜け出せない。


 「観念したらどうですか……? 断り続けてもどうせ追われ続けますよ……。そのうち家でゆっくりできなくなるでしょうね……」


 地獄の果てまで追いかけてくる番犬ケルベロスが容易に連想できた。

 番犬だろうとなんだろうと家まで追われたらすでにストーカーの域に達している。通報されても文句は言えない。

 それでも蒼はやります、と真白は感情のない声で言う。

 将来、うちの子はやっていません! と言う親ではなく、うちの子がやりました! とはっきり言う親になりそうだ。

 

 「嫌だなー、わたしは自宅に侵入したりしないよー。精々毎日電話したり、脅迫状送ったり、嫌な噂流したりするくらいだよー。どれも内容は入れー入れー入れーすのカーテンが欲しいなあー」


 「自宅進入よりたち悪いわ! 最後の自分の欲求だし!」


 陰湿すぎてカビが生えそうな嫌がらせだった。イメージは勧誘ではなく別れた彼女からの復縁をしつこすぎるほど迫られる感覚。そのうちエスカレートして包丁やナイフなどの凶器を持って襲ってきたら恐い。なさそうで実にありそうだった。


 「絶対どっか部活に入らなきゃいけないんだぜ? もし他の部活の定員が一杯で朝会ったやつらのとこに入らざるを得なくなったらどうするよ? 悲劇どころか一生後ろ指さされるかもな」


 朝会ったのは犯罪の臭いしかしなかった下着研究部。紅洋の頭の構造が単純なものに変わっていく。

 虚ろな瞳で蒼が持つ入部届書を掴みサインをする。


 「印鑑なかったら指紋印でいいよー。はい朱肉とティッシュ」


 指を朱肉に乗せ、紙にある印の部分に押し付ける。朱い指紋がくっきり残る。


 「はい、確かにー。これで君も演劇部の一員だね! よろしく部長!」


 「はいはい……、よろし―――ん?」


 聞き間違い、ではない。頭のスイッチが通常に切り替わる。


 「部長はあんただろ……?」


 「違うよ、わたしは会長! 部の創立者だからね! 皆をまとめる役は部長の夜桜紅洋君に任せた! あ、拒否権はないよー」


 「俺は拒否権無しを拒否する。ということで退部する」


 「諦め悪いなー。真白ー!」


 蒼が呼ぶと、食べていた弁当を膝に置き、めんどくさそうに四つ折の紙を朗読する。


 「……五年生のときお姉さんの―――」


 「わーわーわー! わかった、わかりました! やればいいんだろ、やらせていただきます!」


 完全に心が折れた。

 というよりも完全に手駒に取られた。この調子が続くとなると先が思いやられる。

 だが、紅洋いつまでもくよくよしていても仕方が無いとポジティブ精神をフルに活性化させ、部長の責務を果たそうと決めざるを得なかった。

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