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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
23/23

閉幕

体育館に音を浸透させるほど激しく降っていた雨は勢いをなくし、このまま止んでいく気配さえも感じられた。

 外に体を晒すと、まだ寒い春の風が雨の湿気で冷たさを増す。

 紅洋が冷たくなる手を摩りながら渡り廊下を歩いている最中、大和から手伝ってくれた面々に感謝を伝えなくていいのかと聞かれる。それについてはすでに紅洋は蒼と話し合いの末、どうするかを決めていた。


 「ほら、剣道部も下着研究部も部活紹介の準備をしなきゃいけないだろ? 予定を聞いたら、舞台の片づけが終わったらすぐ準備始めるらしくてな。時間的にも無理だったから後にした」


 「なるほど、打ち上げパーティーのときか。あれなら全員参加だからきちんと挨拶できるな」


 「部の代表者に一言礼言えば事足りるんだろうけど、やっぱり手伝ってくれた全員に感謝だしな。ちょうどいいっちゃ、ちょうどいいだろ」


 月城学園には体育祭や文化祭の他にも生徒全員参加の学校行事が多く存在する。そして、行事終了後、必ず打ち上げと呼ばれる後夜祭のようなものが行われる。

 だが、さすがに体育祭や文化祭みたく、キャンプファーヤーを囲んでフォークダンスを踊るわけではない。簡単に説明すると、ただ学校に残れる時間が増え、簡単なお菓子やジュースが学校側から支給されるだけというもの。それでも勝手にキャンプファーヤーもどきを作って、フォークダンスを踊る生徒、花火を持ち込んで盛大にはしゃぐ生徒などがいる。要は学校側の規制が一時的に緩み、生徒側の自己責任能力が利く限りのことが許されるものなのだ。

後ろからとことこ歩いてくる女性陣と紅洋は知らないが、大和はこれを楽しみにしている。何せ自由な行動が学内で取れるのだ。この際、自由権限が聞く限りのことはしてみたい。

 にやけが止まらない。


 「うへへへ……」


 「いきなり笑うなよ気持ち悪いな……。よだれ拭け、よだれ」


 紅洋に指摘されて、おおっといけねえ、と大和は袖口でよだれを拭き取る。

 この天気の調子だと打ち上げは予定道理、全日程が終了する夕方に行われそうだった。それまでは疲れた体を部室なり食堂なり教室なりで癒していくだけ。

 まだ一日は終わっていない。

 そう、まだ最後の今日という一日。最後の審判が待ち受けていた。

 前方から一人の教員が歩いてくる。


 「ふん、演技だけは気力で終えたようだな。あのまま中断すればよかったものを」


 一言目に憎まれ口を叩かれた。

 教頭。

 さっきまでの朗らかな空気が、一気に険悪ものへ変化していく。

 蒼を明梨と共に支えていた真白は紅洋の前にまで足を進め、教頭に笑顔で今日の感想を聞く。


 「わたしたちの演技はいかがでしたか?」


 「演技? そんなもんは知らん。それよりももっと面白い情報を仕入れたのでな」教頭の顔が不気味に、だがとても嬉しそうに歪む。


 「お前達最後の部員を確保したときに賭け試合を行ったようだな? 忠告したにも関わらずこのようなことをするとは。これではそれ相応の対応を取る必要が出てくる。いやはや、さすがの私もいささか心が痛むよ」


 確実に部を潰すと高らかに宣言してくれた。教頭の歪んだ笑顔はどんどん深みを増していく。紅洋と大和が真白と代わって教頭と対峙しようとした。その時。真白の口から「こっちが優等生ぶって対応してやればいけしゃあしゃあと調子に乗りやがって」と普段言いそうにない汚い言葉を微かに、本当に微かに呟いた。真白を庇おうとした紅洋と大和の足は真白の真っ黒いオーラを前に、ぴたっとそれ以上進めなくなった。


 「よくもまあ、そんなに舌が回るものですね……」


 「なんだと?」


 教頭の独壇場は真白の一言によって一瞬で遮られた。そして教頭の顔から笑みが消える。代わりに真白の顔に侮蔑と心底面白いものに巡り会えた、というような笑みが張り付けられていた。


 「天城真白だったな。教師に向かってその態度はどういうことだ?」


 「どういうこともこういうこともないですよ。滑稽なものを見ると自然とこうなるタチなんです……」


 「貴様、……っ?!」


 教頭が反撃の兆しを表す前に、真白がすかさず眼前に何かを突き付けた。

 携帯電話。

 その場にいた全員、携帯電話が何を意図するのか分からず困惑する。


 「それがどうしたというのだ?」


 「携帯電話って録音機能が付いているんです。ご存知ですか?」


 演劇部メンバーはその意図に気づいた。

 録音をしていた。剣道場での蒼と剣道部部長の会話を。

 

 「教頭先生が言う賭け試合は、持ち掛けた方に原因があるらしいですね」


 「ああ、そうだ。学内での賭け事など言語道断だ!」


 「実はこの試合、剣道部から来たんですよ。もちろんその時の会話はこの中に。確か教頭先生は剣道部の副顧問でしたよね? いくら期待の剣道部でもバレたら大変でしょう。もちろん顧問も方々も」


 真白も普段とは違い、饒舌になっている。

 しかもいつもより黒い。

 さすがの教頭もたじたじな反応をみせる。


 「き、教師を脅すつもりか!?」


 「いえ、事実を述べただけです。脅迫なんてそんな。PTAに言うなんて誰も言っていませんよ。先生の取り方が悪いのだと思います……」


 教頭は何かを言おうと口をぱくぱく開けるも、全く返す言葉が出てこない。

 そもそも教頭の言い分自体、教師としてあるまじきこと。ここでPTAを持ち出されては口を閉じるしかない。


 「では部の存続を再度検討してもらえますか……?」


 イジメぬいて満足したのか、真白から笑顔が消え、いつもの無表情になる。


 「そ、それは許――」


 「ええ、構いません。条件も満たしたことですし、許可しましょう」


 教頭の言葉を遮ったのは理事長。その後ろから金崎もやってきた。

 許可。

 ついに、ついに部存続の許しを得た。


 「っっっ!!」

 

 蒼が喜びの声を噛み締める。その代わり真白に抱き着き、骨が軋むほどに締め上げる。

 珍しく真白が救いの目を仲間に向けたが、そこは皆暖かく見守るだけにした。


 「覚えておいて……くださいね……」


 真白は最後に恨めしげな目で仲間を睨みつけると蒼の拘束を解きにかかる。

 死闘を繰り広げる二人を横目に理事長は話を続ける。


 「今回私が部の成立を許可しましたが、それでもまだ反対の声は消えません。出来るだけ早く業績を出してください。そうすれば反対の声もなくなるでしょう。ここからが演技の本番です」


 別段にうまいことは言えていないのだが、少し得意げに微笑む理事長。

 何はともあれ、話は良い方向でまとまった。と思いきや、やはり教頭が話に割り込んできた。


 「理事長! 何度も申し上げましたが私は反対です。前演劇部部長の妹に教師を脅す生徒。それに今日の劇も危険な場面が多々ありました! いつかまた賭け事や暴力事件を起こすに決まっています!」


 止めなければ教頭の力説は耳の奥が痛くなるほど延々と続く。紅洋と明梨が反論しようと口を開きかけた時。金崎が教頭と紅洋達の間に割って入る。


 「教頭先生。彼らは先生が思っているような事態を招く生徒ではありません」

 

 「何故そう言いきれるのですかな? 金崎先生。あなたは名ばかりの顧問で演劇部の活動には関わっていないと聞いていますが。そのあなたに何がお分かりで?」


 同僚の教師に対しても、嫌みとしか取れない発言をしてくる。金崎は多少奥歯を噛み締めるも、冷静さを欠くことはない。


 「教頭先生こそ彼らの何をご存知なのですか? 先生がおっしゃっているのは紫堂さんの家族の経歴と、今行われた劇の内容だけです。私のような第三者から見れば、先生の言い分はただのエゴに他ならないと思いますが? どうでしょうか、理事長」


 金崎は横で教師同士の激突を傍観していた理事長に話を振る。

 理事長は教頭の肩に手を置いて一言告げた。


 「お二人とも勘違いなさらず。誰がどんな講義をしようと、今回の件が覆ることはありません。」


 「くっ……! ですが今後は私も教頭として監督させていただきますぞ! そこで少しでも校則や人道的に外れた行為をしたら即刻廃部だ。構わないな?!」


 教頭の最後の悪あがき。これにはメンバー全員が頷くしかなかった。それでも事実上敗北宣言。これで完全に再部が公認されることになる。

 紅洋は密かに右手を握り締め、ガッツポーズを作った。

 教頭はやりきれない気持ちを抑えるように、足を地面に叩きつけながら職員室へ戻っていった。


 「では金崎君、私たちも戻ろうか。書いてもらいたい書類がいくつかある」


 部に関しての書類だろう。部活の監督指導、部費の件や舞台の使用許可などの承認もある。金崎にとってもこれからしばらくは忙しい時期が続く。金崎は自身の仕事と両立させる最善の方法を考えながら理事長の後について行く。

その後姿を「金崎先生!」と明梨が呼び止める。

 金崎は理事長に先に行ってくださいと告げ、明梨の呼び止めに応えた。


 「あの……、演奏ありがとうございました!」


 勢いよく頭を下げたせいでポニーテールが跳ね、鼻の頭を叩く。


 「いえ、こちらこそありがとうございました。久しぶりに演奏が出来て嬉しかったですよ」


 迷惑をかけていなかったことに安堵した明梨は頭を上げ、もう一つの心配事聞く。


 「指は大丈夫ですか?」


 「それはご心配なさらず。利き手とは逆で弾きましたから大丈夫ですよ」


 金崎は故障のない左手を目の前にかざす。右手とは真逆のすらっと伸びた綺麗な指だった。


 「やはり利き手と逆だと演奏は難しいですね。劇の不快要素になっていなければいいのですが」


 返って金崎に心配されていたことを知って明梨は苦笑を漏らす。

 あの演奏が無ければ劇の臨場感が薄れていたのは間違いない。さらにバイオリンを入手するにあたっても苦労をかけたはず。最初演奏を断ったのだから、用意をしているわけがないのだ。

 功績を鼻にかけない金崎の態度に、明梨は思わず微笑ましさを感じてしまった。


 「不快なんてとんでもない。素晴らしい演奏でしたよ。是非今度また聞かせてください」


 「なら、リハビリも兼ねて練習しておかないといけませんね。でないと次の公演で舞台に立てませんからね」


 金崎は悪戯っぽく冗談を言う。金崎が冗談を言うとは驚きだったが、明梨もわざと冗談で返してみる。


 「期待して待ってます。その時は先生専用の台本も用意しておきます。舞台構成もしっかり指導させてもらいますね」


 「これはこれは。どうぞお手柔らかにお願いしますよ」


 それを別れの挨拶として、演劇部の面々と金崎は別々の方向へと歩き出した。何やら歩きながら今のやり取りを真白が紅洋と大和に説明をしている。明梨と蒼が直談判しに行ったときにはいなかった真白が、何故知っているのは相変わらず不思議だった。

 明梨はふと空を見上げる。いつの間にか雨は止み、太陽が雲の隙間から顔を覗かせていた。

 雨上がりの澄んだ空気が肺を満たす。

 剣道部からは疲れているだろうし、今日の部活紹介には参加しなくていい、と言われていたので今日の仕事はこれで終わり。


 「さてさて、打ち上げではどうはしゃごうか」


 夕方から始まる行事の想像をする明梨。

 とはいえ、やることの一つはもう決めている。とりあえず夜桜紅洋をいじっておくのだった。


 「べ、別に好きとかそんな理由じゃないぞ。うん。日頃の鬱憤を晴らすだけだ」


 誰に言い訳するでもなく、自己解決の道へ進む。

 頬を薄い朱色に染めたまま紅洋に関しての思考は打ち切り、剣道部の礼をどうするかに考えを移行させた。



 控え室で着替えた後、紅洋は一人部室で待機することにした。

 女性陣は化粧室へ。女の子は色々とお手入れが大変らしい。大和は出待ちをされていたらしく、ファンの女の子たちに拉致されていった。

 静かな時間。

 最近は慌ただしい学校生活を送っていたので、このようなゆったりした時間は貴重なのだ。

 窓際に椅子を置いて、深く腰掛ける。

 雨はまだ止まず、窓を叩く音が妙に心地好い。

  

 ゆったりと呼吸を繰り返すうちに、紅洋のまぶたが重くなる。

 しかし、そんなまどろみがいつまでも与えられるはずなく、すぐに騒音が部室を襲撃した。

 よざっち発見、と一番に入ってきたのは蒼。数十分前のしおらしい姿が嘘のように、すっかり元気を取り戻していた。相変わらず一人でやかましい。


 「俺の憩いのひと時が今潰えた……」


 紅洋は目頭が熱くなるのを感じて手で覆った。

 お決まりに蒼の後ろから残りの三人も入室し、早々にお茶の準備を始める。


 「よざっちー。そんなに落胆しないでよ。可愛い女の子に囲まれて幸せだと思わなきゃ!」


 可愛い女の子に囲まれる。

 今この場にいるのは、無表情少女、常にハイテンション少女、どっちかというと男勝りボクっ子の三人。蒼の言うと おり三人とも顔は可愛い分類に入るはずなのだが、問題はそこではない。

 どうせならもっと性格が良い子がよかった。

 その言葉を紅洋は必死に飲み込んだ。つまらない一言で青春を暗黒の園へ墜とさせるわけにはいかなかった。


 「ならば落ち込むよざっちを元気にする最後の手段!」


 じゃかじゃかじゃーん、と蒼が効果音を口ずさむ。

 スカートのポケットに手を入れて中を探っているが、なかなか最後の手段とやらを取り出せないようだ。しばらくスカートの両ポケットを探ってみるも見つからないらしく、次に制服の上着を脱いでひっくり返す。それでも発見できない蒼は、半ばヤケになって着ている服を脱ぎ始めた。まずは手始めにブラウスのボタンを外しにかかる。開始二秒で第三ボタンに到達。


 「色んな意味で最終手段!? まだ探すところあんだろ。胸ポケットとか、鞄とかさ。とりあえずボタンを直せ!!」


 少しもったいない気もした紅洋だったが、一応常識人という自覚を捨てずに蒼を止めた。

 うー、と唸る蒼だったが、紅洋に腕を掴まれつつ、指示通り外したブラウスのボタンを付け直していく。それから蒼は指摘の通り、胸ポケットを探る。すると八つ折にされた一枚の紙を高らかに摘みあげた。


 「よもやこんなところにあろうとはな。わたしには想像もしていなかったよ。あっはっはっは」


 「普通の人なら服は脱がないだろうけどな。そんで? その紙が最終手段か?」


 「そうだよん。皆に素敵なお知らせ! 一昨日見つけ――おおっとこれはシークレットだった」


 お茶を飲んでいる三人は、また始まったよ、とため息混じりに蒼に目を向ける。


 「ででん! 『演劇部の皆さんに生徒会から新入生歓迎会のお知らせ。この度は(略)つきましては来週演劇部の皆さんにおいては演劇を一本お願いします。短い準備期間とは思いますが、これまでの練習の成果を精一杯発揮して頂けると期待しております』という内容なのです」


 そこで文が終わっているのか、紙をまた折り畳む。

 空気が固まる、というかまるで時間が切り取られたように全員の動きが止まる。ただのお知らせがここまでの力を持つとは、この学園の生徒会は末恐ろしい。

 真っ先に元の時間に戻れたのは明梨だった。


 「ちょっと待って。(略)はともかく、そのお知らせはおかしい!」


 「おかしい? お菓子がなければ笑えばいいじゃない!」


 蒼はどっかの傲慢貴族の台詞にギャグを混ぜて言う。


 「上手くないし! 誤魔化すところじゃないんだけど!?」


 「そう言われても、誤魔化しようがないような……。言葉通りの意味だよ、あかりん」


 つまりそういうことらしい。今回部を再設立、存続に向けて獅子奮迅の思いで練習を重ねた。大根役者の紅洋に至っては、睡眠時間を返上してまで取り組んだ。それをもう一度、しかも今回よりも少ない時間でやれと言う。

 大和が口の端をひきつかせながら聞く。


 「そのお知らせって、いつもらったの?」


 「一週間前くらいかなー。言おうと思ったけど、皆シンデレラの練習中だったでしょ。だから……ね? 怒らないで?」


 声が弱々しいものになって、手を合わせて謝った。

 蒼以外のメンバーは額を押さえて首を振る。これは怒るというより、呆れてものが言えない状態。

 蒼の一昨日お知らせを見つけた、と言いかけた言葉は全員の耳に入っている。


 「結局最後まで問題が発生するんだな……」


 紅洋が椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぐ。


 「この部活はそういう運命なのかもねー」


 あはははと笑い、蒼は自分の失態をごまかそうとする。その背後から「もっとも、問題の発生源は全て蒼さんなんですけどね……」と真白がおもむろに蒼の頭をわしづかみにする。


 「いたたたたたたた! すいません、わたしが全部悪いんです! わたしがやりました! ギブギブギブ、本当にギブ! 脳が、脳が中で混ざるから! 前にも同じような展開があった気がするし……!!」


 教頭と対峙したときに蒼から受けた締め上げの仕返しか、真白は力を緩めてやるものの、締める手を解く気配を見せない。

 それを残りの三人はやっぱり生暖かい目で見つめる。


 「事情はどうあれ、また徹夜で練習しなきゃいけないわけね」


 そう言って大和は全員と視線を合わせて、肩を竦める。だが、その表情には僅かに楽しみにしている感じも窺えた。


 「時間もないことだし、今日中にボクが演目と練習方法を決めるよ。何かアイディアがあったらすぐね」


 明梨は真白に手を向ける。その仕種を視界に入れた無愛想さんは、順番に回す必要があるのかと、口をへの字に曲げながら迷惑会長様の頭から手を離す。


 「辛い練習じゃなければ構いませんよ。まあ、また芸人さんたちが私を笑わせてくれるのならば文句はないですけど……」


 その言葉に、笑わないだろ、とのつっこみが紅洋と明梨から入る。

 真白は口の端を吊り上げて、笑う。だが、目が全く笑ってないのでとても恐い。


 「冗談はさておき、打ち上げが始まるまでまだまだ時間がありますね。どうしましょうか。夜桜君の過去でも漁って楽しみます……?」


 「うおい! もっと他に時間潰す方法があるだろ! いちいち俺で遊ぶんじゃねえ!」


 「あなたほど遊び甲斐――いえ、いじり甲斐のある人はいませんよ……」


 「意味同じだから! 言い直した意味ねえし! ……ああもう!」


 紅洋が真白の首根っこを掴んで部室の扉へ歩いていく。ついでに近くにいた大和も蹴り飛ばして扉の外に押しやる。残った二人にも早くついて来い、と呼びかけた。明梨に何をするかを問いかけられ「練習に決まってんだろ! 劇の内容ができなくても基本練習くらいはできる。時間の有効活用だ。そんで頃合みて打ち上げに参加すんぞ!」と答え、目的地も告げずに紅洋は廊下をずかずかと進んでいった。

 今はまだ部活紹介で体育館が使われているので、使用はできない。外も雨こそ降っていないが、寒いし、ぬかるんでいて危ない。一体どこで練習をするのかという疑問が明梨に残る。


 「どう考えても恥ずかしい過去をばらされないための練習だよね。練習するに越した事はないけど、動機が不純すぎるなあ」


 蒼も紅洋の行動を不振に思ったらしく、こめかみを手で押さえてため息をつく。


 「ボクも言いたいことはあるけど、それは本人に直接言ってやるさ。それより早く追いつかないと完璧に取り残されるよ。あの様子だと、ガミガミと説教食らいそうだ」


 「げ、もうよざっちの姿見えないし! お説教って名目でストレス発散されるのは嫌ー! 待ってよ、よざっちー!」


 説教を逃れるべく何処へ消えていった紅洋の影を、二人は全力疾走で追っていった。

 こうして彼らが織り成す最初の物語は終わりを告げた。だが、彼らの物語はまだまだ始まったばかり。

 

 さあさあ、次の物語の――幕を開けよう。

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