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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
22/23

第二十二幕

設置されている蝋燭の火が消され何度目かの暗闇が訪れる。舞台では黒子が背景を交換する作業を十数秒で終わらせた。

 背景は森。

 夜の森が暗く、月の光さえも遮るカーテンとなる。

 唯一の道標である蝋燭を持ち、逃げた二人は駆け込んでくる。


 「こ、ここまで来ればもう追ってもこないだろうな。……あ」


 息を切らして駆けて来た二人は、繋いでいる手に気づき、慌ててその手を離した。


 「……あの、どうして私をお城から連れ出したのですか? あなたは昼間の靴屋さんですよね? まさか――」


 靴屋は自分から事実を伝えるために、口に人差し指を当て、シンデレラの言葉を遮る。

 伝えるつもりだが、緊張しているのかすぐに続く答えを言えずにいた。それでも何とか一言搾り出す。


 「無茶苦茶なやり方だったけど、一応約束は果たしたよ」


 「約束って……。やっぱりあなたは幼なじみの靴屋さんなんですね?」


 靴屋は「ああ」と頷き、首に下げていたハートのペンダントの片割れを差し出すだけ。感動の再会のはずなのだが、全くもって淡泊な反応だった。

 それでも、ようやく見つけた探し人を目の前に、シンデレラは涙目を浮かべる。


 「どうして昼間は嘘をついたのですか? 私失礼な発言をしてしまいました? それとも、私のことなんてどうでもよくなりました?」


 ついつい感情に任せて饒舌になってしまう。幼い頃の約束であろうと、今でも守られていると信じていたからだ。


 「どうでもよくなったわけじゃない。でも、今さら名乗っても仕方ないだろう? 会ったところで何をするわけでもないし。それに王女と庶民の靴屋なんて身分が違いすぎる」


 シンデレラは互いの考えの違いに、そんなことはない、と首を振る。頭で理解できても心では理解出来ずにいた。

戸惑う姿を見せるシンデレラの手を、靴屋は自身の両手で優しく包み込み、微笑む。


 「だけど不思議なんだ。ある胡散臭いやつに君を助ける方法を聞いて、心が揺れたんだ。始めのうちは死ぬかもしれない恐怖もあった。それなのに、体も頭も動いていたよ。気づいたら公爵と戦って君を連れ出してた」


 靴屋は今日というとても長く短い一日を思い返す。一言で言えば偶然に偶然が重なった一日。他人から見ればただの無謀な、馬鹿げたことをした一日。自分でもそう思った。だが、そのおかげで思い出を、約束を守ることが出来た一日。

 靴屋は軽く笑みを漏らす。


 「ねえ靴屋さん?」


 「何?」


 シンデレラも口元を綻ばせ、穏やかに靴屋に問いかける。


 「私が困っていたらいつでもどこでも助けてくれる。この約束はまだ続いていますか?」


 「助けに行くよ。どんな時であっても、君がどこにいようとも」


 靴屋は持っていたハートのペンダントの片割れをシンデレラの首にかける。二つのペンダントが一つに重なり、完全なハートが現れた。


 「これからもずっと一緒だよ」


 幼い頃には告げなかった思い。

 まるで子供時代に戻ったような口調で、大人だからこそ言える覚悟で、そう告げた。

 シンデレラは両手を震わせ、靴屋の胸に飛び込んだ。二人はお互いの温もりを感じ合い、強く抱き合い続けた。

 こうして二人の再会劇は幕を閉じる。

 舞台上にある全ての蝋燭の火が吹き消され、舞台は暗闇に沈んでいった。


 最後の語り。

 蒼が最後の登場をする。

 電気が自家発電に切り替わったのか、照明が淡い光を取り戻す。


 『その後二人は親友として、パートナーとして長い時間を過ごすことになります。しかし、隣国との国交問題や城での王位継承についてなど、彼らにはこれからも多々の問題が降り注ぎます。ですが、彼らは降り注ぐ問題、危機を二人で、城の全員で協力し合い解決していくことでしょう。彼らが進む道は彼らの手で開かれるのです。もう、迷いも憂いもない。ただ自分の信じた道を進む。だから彼らには幸せが訪れます。きっと遠くない未来、限りない幸せな日々が、彼らに訪れるでしょう』


 名残惜しそうに劇の後日談を言い終わると、次は部員紹介と観客に閉幕のあいさつを述べる。


 『これで本日の舞台は終了となります。最後に役者の紹介をさせていただきます。靴屋役、夜桜紅洋。シンデレラ役、天城真白。公爵役、紫堂明梨。執事役、橙乃大和。そして、魔法使い役、メイド長役がわたし七瀬蒼となります』


 紅洋、真白、明梨、大和の四人が蒼の紹介に続いて舞台袖から登場する。皆演劇が無事に終わった直後で疲労の色が窺えるも、姿勢をしっかり背筋を伸ばして舞台中央に立ち並んだ。


 『この五人のメンバーで演劇部です。少しでも演劇に興味がおありの方がいらっしゃいましたら、是非演劇部へお越しください。わたしたちはいつでもお持ちしております。本日はご観賞、ありがとうございました』


 蒼が胸に右手を置いてお辞儀をすると、四人も蒼に続いてそれぞれ頭を下げて挨拶をする。


 沈黙。


 最後の挨拶が途切れると、完全な静寂が体育館に訪れた。

 蒼の耳に聞こえるのは自分の心臓の鼓動や息遣い。拍手どころかブーイングすらも聞こえてこない。演劇部のメンバーに焦りが生じる。

 その時だった。


 パチパチ。


 たった一人の、拍手の音が、鳴らされる。

 メンバーが溜まらず顔を上げる。

 それで堰を切ったかのように拍手の嵐が巻き起こる。加えて所々から、指笛や歓声が聞こえてきた。耳を澄まして聞くと、中には大和への告白や、明梨や紅洋への他部からの勧誘の声も混じっていた。それは演劇部の評価の声ではないものの、個人個人に送られる評価には間違いない。

 蒼、紅洋、真白、大和の、明梨の五人は、高校での初めての拍手喝采、歓声に喜び合いたい気持ちを抑え、もう一度頭を下げる。それに合わせ、赤い弾幕がゆっくり五人を、そして舞台を隠していった。



 舞台袖に降りたメンバーは、真っ先に部員同士で握手を交わす。

 というか、女性陣は抱き合っていた。主に蒼が真白と明梨を抱き寄せている形になっている。さらに、いつもなら胸に顔を埋めて擦り付けているのだが、今はただ二人の胸の間に顔を埋めているだけ。この時は二人とも嫌がる素振りをしなかった。

 その様子を見て、紅洋は演技を本当に無事に終わらせることができたと実感する。


 「大和ー、飲み物くれ」


 荷物置き場用に設置されている机の上にあるスポーツドリンクを、大和は紅洋に投げてよこす。もちろんこれは自分たちで用意していたものである。紅洋はそれをサンキュと言って、辛うじて落とさずキャッチした。幾度となく剣を打ち合い、振るっていたため握力がなくなりかけているのだ。


 「あー、しんどい……」


 紅洋は壁にもたれかかり、スポーツドリンクを一気に飲み干す。我慢して整えていた呼吸も緊張が解けたせいか、今は肩で息をしている。今回の演技でまず間違いなく一番の運動量をこなしていたのは彼なのだ。しかも明梨との打ち合いは体力を激しく消耗する。最後まで疲れを観客に気取られず演技を続けられたのは、最後までやり切ろうとする気合に他ならなかった。


 「よざっちとばんちょ――やまちんもありがとう」


 蒼が真白と明梨の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声を出す。泣いていたのか声もやや鼻声になっている。だが、大和だけ注目点はそこではなかった。


 「今言いなおしたよね? 番長っていいかけたよね? そのネタここでも引っ張って来るんだ!?」


 「番長のおかげで感動の場面も台無しになったな。責任取れよ番長」


 「紅洋! お前まで敵なのか!?」


 「勘違いするなよ。俺は誰の味方でもない。お前を面白可笑しくいじれるやつの味方だ!」


 「いまいち意味が理解できないし!! この浮気者!!」


 大和の言動に紅洋は言い返すより先に手を出した。グーでこめかみを一発。


 「誰が浮気者だ。気色悪いこと言ってんじゃねえよ、この変態が」


 紅洋は罵倒の言葉を大和に浴びせ続けるも、当の本人には効いておらず、ただ身をよじっていた。言うまでもなく彼は変態である。罵声の方向性を変え、痛みを快楽に変換する力があるらしい。もし彼を好いている女の子に大和のこんな姿を披露したらどうなるのか。

 解答、絶対に面白くなる。

 さりげなく公開方法を考えていた紅洋は、公開する日が近づいたなと胸中で呟いた。


 「ぷっ……。ふふふ……。はは、あはははは!」


 達成感を感じて泣いていた蒼だったが、思わず吹き出してしまう。


 「あっははは。二人とも相変わらずだねー。あー、お腹痛い……」


 紅洋と大和の他愛無いやり取りも、抱きしめている真白と明梨の体温も愛おしく感じる。

 いつでもこのメンバーで集まることは出来るが、こうやって学校で演劇を披露する機会はこれで最後かもしれない。それもこの後に待つ、理事長の判断しだい。それを思うと蒼は胸が苦しくなってくるのだ。このまま理事長の判決が出されなければ、ずっとこのままで――


 「大丈夫ですよ。蒼さんはずっと頑張ってきたじゃないですか。夜桜君曰く、努力は自分を裏切らないらしいですしね……」


 「ボクが今回の演技を評価するなら、満点ではないにしろ意外といい点を付けるよ。アクシデントも跳ね除けたしね。ま、まあ、結果がどうあれボクらの関係が崩れたわけじゃないし、いつでも何度でも名前を変えて部くらい立ち上げるさ」


 蒼の笑い声が止まる。

 珍しく素直に励ます真白と、やっぱり間接的に励ます明梨。


 「皆には、敵わないなあ……」


 蒼の頬を静かに涙が伝っていく。泣き声こそ漏らさなかったものの、真白と明梨の体をより一層強く抱きしめた。


 「あの、演劇部さん。舞台の片づけが終わったようです。それと、そろそろ次の部活紹介が始まりますので、場所を移動してもらってもよろしいですか?」


 空気を読んで告げるタイミングを見計らっていたらしい実行委員の一人が、紅洋と大和に耳打ちする。

 蒼が落ち着くまでここに居たかったが、きちんと落ち着かせてやるなら部室などの静かな場所に移動したほうがいい。

 紅洋は仕方なく女性陣に移動を告げ、衣装を着たまま体育館から教室棟へ繋がる外の渡り廊下へ足を進めた。



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