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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
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第二十幕

 一旦照明が落とされ、黒子が背景を忙しく交換を始める。多少音がするのは、出演者も観客も目を瞑った。

 その途中、一筋の照明が舞台左を照らす。そこには魔法使い姿の蒼が立っていた。


 『さて、時と舞台を移しまして舞踏会本番。時刻は零時に近づきつつあります。果たして靴屋は勇気を振り絞ってこの場に赴いたのか。うふふ。若者の青臭い活躍に期待して、わたしは高見の見物といたしましょうか』


 魔法使いがマントを翻すと照明が消される。そして魔法使いの退場を確認するなり、舞台全体を明るい照明が照らす。

 背景には貴族がダンスを踊っている風景が描かれている。また背景で目を引いたのは、本物と見間違うほど輝いたシャンデリアだった。


 そのシャンデリアの真下に、純白のドレスに見を包んだシンデレラが舞台右から歩いてきた。

 頭に乗せた銀のサークレットが、眩しいばかりの光を反射している。

 後から黒いスーツを着た大和と、同じく黒いドレスを纏う蒼がシンデレラの左右に付き添う。黒い二人に挟まれたおかげか、シンデレラのドレスが映える。シンデレラは手を胸の前で組み、客席と面として向かい合う。


 「皆様、今日は舞踏会にお出でいただきまして誠にありがとうございます。諸事情によりご挨拶が遅れまして申し訳ありません。僅かな時間ではございますが、有意義な時をお過ごしになられますようお楽しみ下さい」


 挨拶を終え一礼すると、従者二人と共に舞台左端へ移動する。すると軽快なダンスの音楽が流れ、会場が活気づく。

 そこへ白いスーツ姿の明梨扮する公爵が現れるが、身長が十センチ程高くなっていた。それもそのはず、シークレットブーツ装備だったりする。また髪型も変えており、ツインテールを一つに纏めて三つ編みポニーテールにしている。


 「ご機嫌いかがですかシンデレラ。今日も相変わらずお美しいお姿だ。あなたのような方を妻として迎えられる私は世界中の誰よりも果報者でしょう」


 くさいキザったらしい挨拶をしながら、公爵はシンデレラの真横に立つ。


 「そんなことはありませんわ……」


 シンデレラは声を落とし、目を背ける。だが、その態度を拗ねていると勘違いしたのか、公爵は高笑いを上げる。


 「それではシンデレラお手をどうぞ。皆さんに婚約の発表をしなければ」


 「ええ、そうですわね……」


 差し出された手に、嫌々ながらも自分の手を乗せる。公爵の紳士的なエスコートも、シンデレラにとってはただのストレスが溜まる行為でしかない。

 二人はそのまま舞台の中央に歩き、客席と向かい合う。

 そして、公爵が意気揚々と話を始める。


 「皆様方、突然ではありますが私どもから重要なお話があります。どうか耳を傾けて頂きたい」


 ざわつきの効果音が徐々に弱くなっていく。黒子から効果音が完全に消えた合図を確認すると、また話を再会させる。


 「この度、私とシンデレラは婚約をいたしました。それにつきまして、この城の王位継承及び政治の権限を私が勤める所存であります」


 会場に驚きの声が響き、おめでとうございます、と拍手の嵐が会場に広がる。それに公爵はありがとうございます、と手を胸に当ててお辞儀をした。隣にいるシンデレラは無表情で手を振るだけ。


 「それではシンデレラ。誓いのキスと参りましょう」


 「は!? いきなり……!!」


 容赦なく顔を近づけられ遠ざかろうとするシンデレラ。だが、腰に腕を回されて後ろに逃げる術を封じられていた。お互いの顔がどんどん近づいていく。ついに鼻と鼻が触れ合った。

 客席からは小さな興奮の悲鳴が聞こえる。いくら演劇でも可愛い女の子と格好いい女の子の顔が接近したのならば、自然と興奮してしまうものだろう。


 しかし、その興奮の悲鳴はすぐに打ち消されることになる。高さ三メートルはある背景スタンドの真上を飛び越えて靴屋が参上した。着地の際、激しい音がしたのは言うまでもない。それが興奮の悲鳴をぴたりと止ませたのだ。

 有り得ない場所からの来訪に驚いた公爵は、思わずシンデレラの腰から手を離す。その隙にシンデレラは公爵と距離を取った。


 「……とんでもないところからのご入場ですね。意表をつく登場には感服しますが、場を弁えてもらいたいですな」


 着地時の姿勢を保ったまま動かない靴屋を見下ろす形で公爵が諌める。それでも動かない姿を不審に思ったのか靴屋に近づいた。


 「おい、何をしている?」


 靴屋は覚悟を決め、立ち上がる。

 無駄のない動きで、腰に隠し持っていた短剣を公爵の喉元に突き付けた。

 会場に一気にどよめきが生まれる。


 「シンデレラとの婚約を白紙に戻し、この城からお前の配下を引かせろ。加えて今後一切この国の政治、王権に関わるな」


 「ははは! 面白いことを仰る。これは何かの余興ですかな? どちらにせよ、私がここで首を縦に振るとでも?」


 「思うわけないだろ。だからこその実力行使に出ているんだ。そんなことも理解できていないとはな」


 首に突きつけたナイフを、完全に首に密着させる。


 「有無を言わせないということか……。ならば賭けをしましょう。なに、簡単なゲームですよ。どちらかが先に降参というまで剣の技を披露し合う。皆様方への見世物にもなって一石二鳥でしょう? シンデレラには申し訳ありませんが勝手をさせてもらいますよ」


 公爵の言葉は自身の命が危険に晒されているために出た無謀か、それとも必ず勝つ保障がある自信か。

 どちらにせよ靴屋にとっては都合がよかった。口を上手く使えたとして、対価のない口車に貴族が乗るはずがない。

 ならば身を危険に晒すも、実力行使のほうが目的を達する確立が上がると確信したのだ。


 「それと、いい加減ナイフを離してくれないか、首が冷えてかなわない。とても不快だ」


 靴屋がナイフを引き、腰のホルスターに仕舞う。

 すると公爵が舞台袖に寄ってゆき、黒子に剣を用意させる。持ってこさせたのは二本の剣。そのうちの一本を靴屋に投げて寄越す。


 「構えたまえ」


 公爵が構えるのはレイピア。斬ることではなく突くことだけに長けている武器。対する靴屋が持つのはエストック。

 レイピアと同じく突くことに特化した剣だが、こちらは凪ぐ、斬るといった通常の刀剣より拙いものの同じ働きも可能。

 つまり公爵の粋なハンデというわけだ。


 「楽しませてくれよ」


 二人は間合いを取りながら相手の出方を伺い、隙を見つけては攻撃を仕掛ける。または相手の繰り出す剣撃を弾く、紙一重で避けるなど一太刀も傷を受けることはなかった。

 両者無駄のない攻防を続け、勝敗はどちらに転んでもおかしくない勝負がしばらく続く。

 だが、すぐにその均衡は崩れる。公爵は一歩踏み込み、体を敵にほぼ密着させた。そして剣ではなく足を靴屋の顔目掛けて伸ばす。

 至近距離から放つ上段回し蹴り。


 「……ちっ!」


 靴屋はなんとか上体を逸らし回避するも、バランスを崩して後ろによろける。

 そこに僅かな隙が生じた。公爵はすかさず振り上げた足を、踵落としの要領で相手の左肩へとそのまま振り下ろす。


 「なろっ……!」


 それを靴屋は紙一重で回避するも、すかさず次の一撃がきた。

 公爵は足を地面に着けることなく靴屋の左肩を蹴り飛ばす。苦痛の声を漏らす暇も与えない連続攻撃に、靴屋は半回転して顔から床に崩れた。


 「これで私の勝ちだな」


 剣を振りかぶる公爵のモーションに合わせて、靴屋は体のバネを使って飛び起きる。剣が突き刺さった場所は寝ていた靴屋のちょうど喉元のあたりだった。


 「避けたか……。だが、時間の問題だろう。もう観念して降参したらどうかね?」


 靴屋は答えない。代わりに視界にシンデレラの姿を入れる。口に組んだ手を押し当て、祈るように二人を見守っている。

 その時、不意に時計が目に入った。


 「ちっ……」


 針は時刻深夜十二時を、まさに今指そうとしているところだった。

 遅刻を敢えて遅らせたため時間の計算まで追いついていない。


 「もう十二時か……。このままだと魔法が解ける……」


 焦りを感じつつも、慌てる様子を見せることなく構えを取る。

 舞踏会に訪れる時間を十二時間近にしたのには理由があった。

 開会の時間に合わせて来ることも出来たのだが、それでは標的が挨拶やら談笑やらで周りに邪魔者が多い。ならば人が離れてゆき、気も緩む婚約発表が襲撃にベストだと踏んだ。さらにシンデレラを近くに置くことで公爵の動きを制限するだろうとさえ考えていた。

 目的を達する前に取り押さえられる危険性を考慮すれば、十二時間近の来訪というものは致し方ないものだといえる。

 しかし、無情にも時は刻まれてゆく。ひっくり返した砂時計の砂はとめどなく流れ落ちていくように。


 「独り言か? それなら後でゆっくりするといい。楽になれ!」


 公爵の力強い踏み込みに靴屋も一歩前に踏み込むことで対応する。剣がすれ違い、勢い余って体をぶつけあう。公爵という男役をしているものの、体重の軽い女性である明梨のほうが紅洋よりも反動が大きい。なんとか剣を杖のように使い転倒を免れた。そこに体勢の崩れていない紅洋が切り込もうと軸足に力を込めた瞬間。

 

 ついに秒針が、短針が、長針が、十二の数字の上で一つに重なり合ってしまった。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 鐘の音が高く遠く夜の世界に。まるで物語の終わりを示唆しているように。

 

 ――魔法が解けた。


 「くそっ……!」


 鐘の音を聞いた一瞬に魔法使いの言葉が思い出された。そして、踏み込みを急遽バックステップに変更した。

 魔法使いに言わせれば、十二時になるまでは魔法が自身を危険から守ってくれているという。

 だがそれも今の鐘の音によって、無効化されたと示唆された。つまり、これからは僅かな油断が死に繋がると言っても過言ではない。


 最初から魔法など胡散臭いものだと訝しんでいたが、城に忍び込んでここまで無事にいられている事実は疑いようがない。

 しかし、魔法が解けたのは間違いないらしく、「そういえば、貴公は何者だ? 貴族の顔はだいたい見知っているが、貴公の顔に見覚えはない。貴族ではないな?」と公爵から恐れていた言葉が飛び出した。


 「……だいたいなんだろ? だったら知らない奴に含まれてるのが正解じゃないのか。それかあんたが忘れているだけ――」


 「仮にそうだとしても、貴公はこの城に侵入をしてきた。貴族ならば紹介状を持っているはずだ。見せてみたまえ」


 会場が驚きと見下しの声でどよめきだす。

 その中シンデレラが何か思考を巡らしていたのだが、誰も気づいた様子はない。


 「見せられないのだろう。ならば貴公は貴族ではない。ではその正体は? 決まっている。平民以外にありえない!」


 正体が完全に暴かれてしまった。

 その事実に靴屋は軽い眩暈を起こし、視線を一度だけ大きく逸らしてしまった。

 公爵は隙を見逃さない。すぐさま靴屋の剣を弾き飛ばし、足払いで地面に仰向けに倒す。そして抵抗する暇を与えず喉元に剣を突き付け、動きを止めた。


 「どのように城へ忍び込んだかは知らないが、死で精算をしてもらおう。さあ、己の罪の深さを知るといい」


 公爵は剣を逆手に持ち直し、微塵の躊躇も感じさせない瞳の色を見せた。

 靴屋は死に直面してただ息を荒げるだけ。

 何も考えることができず、何も行動することができない。

 その開かれた眼には剣の切っ先のみが映っていた。


 「死ぬ前に何か言うことはあるか?」


 「……シンデレラとの婚約を破棄しろ」


 「またそれか。残念だが、貴様の命程度では何も得られはせんよ。しかし、命乞いをしなかった潔さは覚えておこう。では、さらばだ平民」


 公爵は慈悲の心も命を奪う恐怖もなく、ただ害虫を排除するかのように、ただ自分の欲望を満たすだけのために、剣を――眼前の標的に振り下ろした。

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